まるで掃除機のように、いや、掃除機ならば詰まってしまうような勢いで食べ物をかき込む男を目の前にすれば、誰の食欲も減退するものだ。鬼兵隊の人間は皆、興味深そうに、目の前の華奢な体躯の青年を眺めていた。




「注目の的だね。」




 は何の感慨もなく自分の食事とともに、皮肉を口にする。



「人気者だからネ。」




 神威は一瞬白米をかき込む手を止めて、言って見せた。

 あまりに呆然として、鬼兵隊の人間たちは食事をする気にならないようだ。もその気持ちは理解できる。目の前でバキュームのように食べ物を口の中にかき込む人間がいれば、普通は気分も悪くなると言うものだ。



、てめぇ、よくこれの前で平気こいて飯食えるもんだ。」



 神威との向かい側に座っている晋助も不快感をあらわにそう言った。煙草を吸う気もなくしたらしい。



「うん。慣れちゃったね。」



 最初の頃、確かにこの食欲にたじろいだものだったが、彼と出会って早数年。は既にその光景になれてしまったため、別に不快感もない。彼の莫大な食事を調理するのですらも慣れてしまった。というかどちらかというと、彼のための大量の食事のついでに自分たちのご飯を用意するのになれたと言うべきか。



「やっぱ、地球人のご飯って美味しいよ。」



 は久々に食べる他人の作った食事に素直に感動し、神威の食欲を前にしてもむしろ順調に箸が進んでいた。

 第七師団という荒くれ者ばかりの船に来てくれる料理人なんて言うのは、料理人という言葉に毛が生えたくらいの肩書きしか持っておらず、油もの中心で中身も酷い。白米すらまともには炊けないレベルで、団員たちの希望の炊飯器を導入したら破壊された。

 そのためと神威は食事をほとんど食堂でとらない。自動的にが神威と自分、今は寄宿舎にいるが息子の食事を全て作っている。が熱を出せば冷凍庫に入っているものを食べることになっていた。



「本当だよね。おかわり!」

「…おいおい、こいつぁまだ食うのか。」

「晋助。安易にご飯くらい食べさせてあげるとか言っちゃ駄目だよ。」




 呆然としている晋助に、はあっさりと助言しておいた。このままの状態で第七師団の母艦にたどり着く前に、どこかで食糧を補給しなければ、成り立たないだろう。

 気の毒だが、格好をつけてそんなこという晋助に同情するつもりはない。



も食べなよ。ほら。」

「いや、ほらじゃないよ。もう食べたって。」



 としては、山のように盛られた米を差し出されても困る。は終わった食器を片付けて、水をもらってきた。一応増血剤は鬼兵隊の医務室にいる医者にもらったのだ。



「何それ。」

「増血剤。」

「そんなに貧血気味なの?」



 神威は茶碗から顔を上げて尋ねてくる。



「いや。ま、怪我したし?」




 倒れてふらつくほど体調が悪いわけではない。ただ、銃撃されて血も結構失ったし、輸血もしていないので、念のためだ。元々薬はあまり好きな方ではないが、飲んだほうが良いだろう。はじっと手の平にある赤い錠剤をぼんやりと眺めた。



「じゃあ、いらないんじゃない。やっぱり薬は良くないよ。」



 神威はその錠剤をぱっと取り上げた。



「いや、鬼兵隊でもし倒れたら困るでしょう?」

「別に?俺が殺せば良いよ。健康な子供を産むためには、薬は良くないよ、ネ!!」

「まってーーーー!」



 が静止するが、神威は欠片の遠慮もなくその錠剤を壁に思い切り投げつける。夜兎の腕力で思い切り投げつけられた錠剤は一部壁にめり込み、粉砕されていた。



「人の言うことを聞かない子は、薬をつぶされるんだヨ。」

「つぶしたのはアンタだ!…もう良いよ。」




 すました顔で食事に戻る神威に、は机に肘をついたまま、諦めることにした。錠剤をわざわざ医務室にもう一度もらいに行く気にもなれないし、またつぶされて終わりだろう。無駄な労力はかけないに限る。

 晋助が目の前にいるとは言え、と神威に向けられる鬼兵隊の人々の目は絶対零度の冷たさだ。やはり地球人にとって地球を侵略した天人の海賊と、かつての攘夷志士の裏切り者に寄せられる目が厳しいのは仕方がないことだろう。

 だからも警戒しているわけだが、確かに神威が手助けをし、が宇宙船のプログラムに進入すれば、あとは神威と二人で船を離脱すれば良い。皆殺しにする必要もないので、晋助がいるとは言えそれほど難しいこととは思えなかった。

 それはもちろん事を構えるならばと言う前提つきだが、神威が晋助に借りがあるとはいえ、神威は宇宙海賊・春雨の提督、所詮鬼兵隊の頭領でしかない晋助がよって立つのは所詮神威の気分だ。だからことを起こす可能性は低い。

 そう、の心配はすべて言ってしまえば、最悪の想定であり、杞憂なのだ。



「またいらないこと考えてるでしょ。」



 神威の指が、ふにっとの頬を人差し指でつつく。



「あぁ、うん。」

「うん、じゃないよ。は本当に心配性だね。」




 どちらかというと、は悲観的、神威は楽観的だ。の想定は神威からして見ればいつでも考えすぎで、神威の行動はからして見ればいつでも無計画である。は小さくため息をついて、




「神威よりも考えるからね。いろんなこと。」

「目標なくてぺらいのにね。」

「否定できないね。」





 神威の台詞はの本質を実に端的に見抜いていた。

 は賢い割に、根本的に望んでいるのは自分の周りの幸せのみだ。確かに第七師団でも食事の支給や医務室の完備、生命保険や健康保険を作ってみたり、宇宙船保険に入ってみたりとなかなかやり手で八方美人、団員たちからの信頼も厚いが、中身としてはどうでも良い。

 ただ単に医務室内と不便だとか、生命保険入っていないと自分が子供に残すお金がないとか、健康保険ないと医務室作った手前、医務室の費用を賄うのが面倒とか、そういう自分の面倒を減らし、神威と自分の子供に対する思いやりのついで程度のものだ。

 は機械工学、生命工学に関して天才的だし、驚くほどに頭も良いわけだが、今のには自分の力を試して見たいなんて安易な発想はなく、自分の大切なものを効率的に守れれば良いな、としか考えていない。目標もなく、向上心もなく、日々を過ごしている。

 それに対して一見あほ神威の方が、誰よりも強くなりたいとか、強い奴と戦いたいとか、海賊王になるとか言っているのだから、ある意味で上昇志向の塊だ。

 もそれに合わせているから、色々考えるのだ。




「ごちろうさま。もうお腹いっぱい。」

「そりゃそうだろうよ。こんだけ食やぁ、」




 晋助は腕を組んだまま言い捨てた。



「仕方ないよ。神威はわたしのご飯食べてるから入らないけど、夜兎はよく食べるよ。うちのエンゲル係数、半分超えてるから。」



 誰も神威の華奢な体躯で毎食一升近い米を食べるとは想定できないだろう。ただ夜兎は皆そんな感じで、第七師団の予算の内、半分は食費に持っていかれ、25%は船の破壊の修理に持っていかれるのが実状だ。



「エンゲル係数ってなに?」

「うちの師団でご飯が一番重要ってことだよ。」

「あははは、確かにね。みんな食い意地張ってるから。」

「いや、それが貴方が言うなよ。間違いなくその一人でしょ。というか頂点に立ってるくせに。」




 はため息をつく。




「よく言うよ。も頂点の一人だろ。」



 基本的に第七師団では弱肉強食。一番強い神威がルールだ。女であってもは強いからこそ団員たちに認められる。神威の隣にあっても許される。

 はきょとんと一瞬瞳を丸くして、ゆったりとそれを細めた。




「そうかもね。」









隣り合う