晋助が見るに、は数年の内に随分と変わっていた。

 昔はあれほど落ち着きがなく、思ったことは何でも口にしていたのに、今の彼女は一瞬宙を眺めて考える。外向きに驚きを見せることはなく、感情も読み取りにくい。天真爛漫で無邪気だった昔とは、まさに別人だと言える程落ち着いている。

 子供を抱えて、苦労したのだろう。

 攘夷戦争が終わって、次々とかつての仲間たちは処刑されていった。晋助ですらも何度も裏切りにあった。今まで晋助や銀時に守られ、何の経験もなかったであろうにとって、幕府から逃げ切るのはその頭脳を持ってしても簡単ではなかったはずだ。



「早い段階で乳飲み子を抱えたわたしを神威が宇宙に連れ出してくれたから、本当にひとりでどうにかしたのは一年くらいだけだけどね。」



 ふらふら揺れていた、意志の弱かった彼女の瞳には、今は一つの芯がある。それは何があっても子供を守る、誰かを背負うと言うことを、知ったからだ。彼女には元々、松陽が目をとめるほどの頭脳があったが、守られて育ったはまさに“空っぽの天才”だった。

 理想もなく、守るものもなく、ただ無邪気に目の前にあるものに興味を持つ。まさに子供そのもの。精神的な幼さは、明らかに頭脳に見合わないものだった。

 攘夷戦争はの頭脳をまさに披露する格好の舞台となった。技術的に劣るはずの攘夷派を補うのに、はこれ以上ないほど重要な存在となり、たくさんの天人の宇宙船を墜落させ、多くの天人を虐殺した。やったことは、まさに修羅だった。

 彼女は恐らく、天人を同じ人だとは思っていなかっただろうし、犠牲になることも、数として把握はしていても、現実として理解できなかった。それがわかっていたら、傷つきやすい彼女は、現実に耐えられなかっただろう。

 しかし結果的に、それは彼女と同い年であった弘敏が死ぬことによって、彼女に突きつけられた。




「悪いな、守ってやれなくて。」



 晋助の口から出たのは、そんな言葉だった。

 彼女との結婚は、晋助が望んだものだった。幼い頃から一番近くにいて、話も合う彼女を選ぶのは自然なことで、当たり前のように未来も隣には彼女がいて、自分が守っていけるものだと思っていた。

 なのに、攘夷戦争が始まれば、彼女の身を守るのが精一杯で、心を守る余裕なんて、なくなっていた。弘敏の死に狼狽える彼女を、たったひとりの死で何を言っているのだとすら思って、彼女の話を聞いてやることもしなかった。寄り添うことは、なくなってしまっていた。

 彼女の妊娠にすら気づかなかったのは、晋助がを見ていなかった証拠だ。隠し事の苦手な彼女は、顔に出していたはずだろう。実際に銀時はがいなくなる前には様子がおかしいことに気づいていた。



「それは、根本的な思い違いだよ。晋助。」




 はくるりと晋助の方を振り返って、静かな漆黒の瞳で彼を映す。




「別にさ、守ってもらおうとか、どうでも良かったんだよ。ただお兄や晋助、小太郎と、一緒にいたかっただけだから。」




 いつも、はそうだった。

 江戸や宇宙に憧れていたくせに、彼女は兄や幼馴染みから離れたがらず、晋助に嫁いだ。松陽が捕らえられた後、彼の塾生の多くは攘夷戦争に参加した。皆と離れたくないが、ついて行くのは当然の成り行きだった。



「…ただの金魚の糞か、」

「その通り。馬鹿だったからね。まあ、白金のフンだったかも知れないよ。」

「そりゃそりゃ、俺は大層丈夫なもんを守ってたもんだな。」



 晋助は煙管をくわえて、煙を吸い込む。

 彼女を娶ったのは純粋に恋愛感情だったが、彼女の価値を理解していなかったわけではない。いや、本質的には理解していなかったからこそ、彼女を安全な籠の中に入れていたのかも知れない。そんな必要なんて、本当はなかったのだろう。

 松陽に“空っぽの天才”とまで言われた彼女は、晋助が守るほど、弱くなんてなかった。その証拠に彼女は子供を抱えてもまだなお、生きている。それが彼女の強さそのものだった。



「おかげで、わたしは宇宙で逞しく生きているわけだから、良いじゃない。」




 過去には確かに大きな闇がある。殺してきた天人や仲間たちの死体は重くのしかかる。だがの瞳は晋助とは異なり、過去など一片たりとも見てはいない。

 全てをなくした銀時や晋助とは違い、彼女は子供という守るべきものを己の手で、生み出した。それを守るためにたたき上げた強さを片手に、彼女は宇宙でまた背負うものを見つけ、それを守って生きている。今の彼女にはたくさんのものを背負うだけの強さがある。



「往くのみの、戦のありし、時鳥ってね。」



 は自分の腰の刀を眺めて、清々しく前だけを見て笑う。



「夜兎と一緒に行く道は、日の当たる所じゃないけど、わたしはわたしのやり方で今度こそ上にいる奴らを全部たたき落とす。」



 攘夷戦争の頃、彼女がたたき落としたのは目の前にある天人の宇宙船だけだった。だが今の彼女は違う。より高い視点で全てを見て、判断を下す。今度こそ、彼女は目の前のものではなく、根本にあったしがらみの全てをたたき落とすつもりだろう。



「はっ、血になく声は有明の、月より他に、知る人ぞなきってか。」



 結局の所、地球なんて籠の中などで留まるような女ではなかったと言うことだ。晋助は口角をつり上げ、大きな漆黒の瞳を眺める。確かに随分と感情の色を映さなくなってはいたが、上を見上げるその無邪気さは、ちっとも変わっていない。

 過去を見ている晋助では、もう役不足なのだな、と恐ろしい程に強くなったかつての妻を見て、目を細めた。そこには守ってやらなければならない、小さな少女はもういなかった。





不如帰