晋助と話している途中に、ふと袖の中の携帯電話が鳴ったのに気づいて、は袖の中からスマートフォンを取り出す。



「阿伏兎からだ。」

「阿伏兎って、副団長のか?」

「そ。多分神威に仕事押しつけられたんだろうね。」



 電話も入っているが、メールからも十分彼が困っている様子がうかがえる。

 日頃第七師団の団長の判子を持って仕事をしているのはだが、が不在になると自動的に阿伏兎が事務処理を行うことになる。は副官たちが代行できるように、規則的な書類処理をしているが、こなすその量は莫大だ。

 仕事人間のを心配して、神威はたまに阿伏兎にの仕事をどっさり押しつけ、を連れ出すというのはよくある話だが、要領の良くない阿伏兎が簡単にこなせる量ではない。右往左往していることだろう。



「神威は戦うのは好きだけど、書類仕事はしないから。良いんだけどね。それはそれで。」




 はスマートフォンの画面を叩きながら、言う。




「おまえが年下の自己中につきあえるほど面倒見の良いタイプたぁ、思いもしなかったな。」



 晋助が僅かに目を見開く。そんなに驚くほどのことだろうかとは心中で首をひねる。

 確かに晋助や兄についてまわっていたため、周りは年上ばかり。寺子屋にいた頃は確かに手習いを年下の子供たちに教えたりもしていたが、わざわざ追いかけて面倒を見るようなマネはしなかった。




「晋助、それも勘違いだよ。わたしは神威の面倒を見たことはないし、むしろ面倒見られてるくらいだよ。宇宙に来た最初の頃、わたしを養っていたのは神威だしね。」



 本質なんて、そう変わるものではない。現在でも変わらず、は息子に対しても放置プレイの気があり、神威からも何度も怒られているくらい、面倒見が良くない。



「確かに神威の自己中には多少つきあってるかも知れないけど、神威の望むことはわたしにとって別に難しいことじゃない」




 強い誰かと戦いたい、とか、あいつ殺せないかな、とか、神威の望むことははっきりしている。彼の願いを叶えることは、他人にとっては苦慮するが、としては別段難しいことではない。





「あまり細かいことは言わないし。戦いに関してはすごく強いし、鋭くて勘はびっくりするくらい良いよ。気に入らない時は力尽くで来るけど、そのくらいしないとわたしもやめないし、裏も探すから…仕方ない。気楽だし、率直ではっきりしてて、うん、一緒にいて、気持ちが良いね。」




 つらつらと神威に対する感情を並べるの漆黒の瞳には、彼に対する敬意と感謝、そして確かな愛情が浮かんでいる。



「おまえから惚れた好いたを聞くのは初めてだな。」



 晋助は心底興味深そうにを眺める。

 晋助とは幼馴染み同士だ。しかも縁あって結婚までした。だが結婚を望んだのは晋助で、は晋助と話すのが楽しいとか、そういう感情はいつも示したが、恋愛としての好意を理解している風は全くなかった。

 年頃になっても、いつもは晋助たちと一緒にいるのが当たり前だったため、それ以外の人間と一緒に彼女が過ごすことはなかっただろうし、一緒にいて心地が良いなんて、彼女の口から聞いたこともなかった。



「惚れた、好いた?」

「そうじゃないのか?」

「そうなのかな。」

「知らねぇよ。俺に聞くな。」




 晋助は素っ気なく答えて、考え込んでいるを見て、煙を吐き出した。



「ひとまず、神威をマネして素直に表現するなら、神威の言う訳のわからない海賊王とか言う夢を一緒に追って、隣に立ってる今がすごく満足で、充実してて、楽しいと言うことだよ。」

「そりゃ結構結構。他人ののろけほどうざってぇもんはねぇ。」




 晋助が持っていたに対する罪悪感や後悔なんて吹っ飛ぶほど楽しんでいることが伝わってきて、げんなりだ。しかもそれが盗み聞きしている相手が聞きたがっていることなら、なおさら。

 晋助は目線だけを廊下の方へと向ける。




「面白い話し、してるネ。」




 気づかれたとわかった神威は、隠す様子もなくに歩み寄って、座っているに後ろから抱きつく。



「神威?」

「何、勝手に部屋から出てるのさ。」

「ごめん、だけどなんか、わたし抱き殺されそうだったからさ。」

「殺さないよ。一応動いたら腕緩めるようにしてるだろ?」

「内臓出そうになってからだけどね。」





 が言い返すと、「そう?でも生きてるから良いじゃないか。」と神威は軽く答えて、問答無用での腕を引っ張る。




「帰ろう、話は終わったんだろ?俺は眠たいんだよ。」

「はいはい。」





 は困ったように笑いながら神威の手を取って、立ち上がった。一瞬神威は晋助の方を振り返ったが、すぐにその視線はに向けられる。彼が小さな笑みを浮かべているのは、きっと先ほどの話を聞いていたからだろう。

 晋助は腹にたまるような淀んだ感覚と、変にすっきりした軽い心という、何とも言えない感情を抱えて、その背中を見送った。



寄り添う