たまにが東を寝かしつけるのに歌うのはだいたい、故郷の地球の歌だ。



「とーりゃんせとーりゃんせ、ここはどーこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちーっと通してくだしゃんせ、ご用のないものとおしゃせぬ」



 独特の響きと流れを持つ旋律、聞いたこともない、けれどどこか懐かしい歌が、の高く住んだ声音で紡がれる。耳心地の良い声音とその旋律が、神威は結構好きだった。



「この子の七つのお祝いに、お札をおさめに参ります。行きは良い良い、帰りは怖い、怖いながらも通りゃんせ、とおりゃんせ。」



 儚げに、最後の音が掠れて空気に消える。



「その歌ってさぁ、どういう意味なの。」



 神威は息子をその穏やかな漆黒の瞳で見下ろしているの横顔を眺める。神威との間に眠っている二歳の東は、の歌に促されるように目を閉じ、既に眠ってしまっているようだった。


「んー、詳しく聞いたことはないけど、多分天神様って言う神様に、お参りに行く歌だと思うよ。」



 は息子の布団をかけ直して、眠っているのを確認してから、自分の枕に頭を預ける。神威は頬杖をつき、宙を眺めている彼女を見てから何度か瞬きをした。



「天神様?」

「地球で崇められてる、雷の神様だよ。学問とか、雨とかいろいろ。」

「それに、どうするの?」

「七つのお祝いの、お札をおさめに行くの。」



 のんびりした高い声音が、歌うように流れる。ゆっくりとが体の向きを変え、神威の方にその落ち着いた漆黒の瞳を向けた。




「子供はね、七歳までは神様の子供なんだって。だから神様に子供を返してもらうために、子供の代わりにお札を置いてくるの。」

「だから行きは良いけど帰りは怖いの?」

「そうかもね。まあ昔の言い伝えだよ。」



 はそう言いながら、隣に眠っている東に向けるように、漆黒の瞳を細める。彼女の瞳は慈愛に満ちていて、心から子供を愛していると神威にも伝わってきた。



「ふぅん、じゃあ、アズマは雷槍の息子だ」



 神威は笑って、ぽんぽんと布団の上から手で軽く叩く。ぐっすり眠ってしまっている東は、この程度では起きない。

 第七師団の団長で、雷槍とまで言われる神威の息子として、東は育っている。実子ではないけれど、神威が彼を育てていることに変わりはない。そして、つれて逝かれるか、生き残ることが出来るかは彼次第だ。



「そりゃ大層御利益がありそうですこと。」



 は肩をすくめてみせる。



「だろ?強くなるよ。」



 神威はそう言って、の方へと体を乗り出し、じゃれつくように軽くこめかみに口づける。彼女は鈴を鳴らすように小さく楽しげに笑いながら、神威の髪に自分の手を絡めて強請るように軽く自分の方へと引き寄せた。








雷の揺り籠
 敵を倒すことにためらいを覚えたことは全くない。海賊に襲われる奴らなんて、ろくな人生を歩んできていないものだ。当然、それは自分も同じだ。特には目の前のものの排除に、その瞬間、憐憫も哀れみの感情を抱いたことはない。

 神威が戦うの漆黒の瞳を、まさに刀のようだと表現するけれど、その通りだ。鋭く何よりも研ぎ澄まされ、鍛え上げられた美しい鋼。無機質で効率的なの戦い方は、確かにそれに等しいのかも知れない。

 ただ、すべてが終わった後、途方もなく色々なことを考える。



「…」



 は屍の転がるあたりの、血で汚れていない岩の上に座って、血だまりと遺体をぼんやりと見つめる。

 よほど出ない限り捕虜などとらないので、動いている影は既に団員だけで、傘を持ったり、大きな獲物を持った団員たちが歩いている。この星は太陽光が酷く眩しいから、太陽に弱い夜兎は傘なくしては厳しいだろう。

 生き残っている敵たちも、順番にとどめが刺されていく。多くの場合、致命傷を負っており、どうせ助からないのなら、早く殺してやったほうが良いだろう。

 煌々と太陽に照らし出される戦場で生死を決めるのは己の強さだけだ。過去の善行も経験も、何も関係ない。ある意味全てが不公平で公平だ。

 そう、人にとって常に太陽の光と死だけが公平だ。

 血を浴びないために被っていたフードを外して、眩しい太陽を仰ぐ。清々しいほどに晴れた青い空に吸い込まれるような心地がする。少し眩しかったので手で目の上に傘を作ったが、宇宙にばかりいるので光が心地良くて、目を細める。

 宇宙船にいるとなかなか浴びられない太陽光を全身に浴びていると、ふと自分の頭上に影が出来た。



「なにぼさーっとしてるの?」




 の顔をのぞき込むように神威はの肩にその血まみれの手をかけ、ぐっと力を込めてくる。僅かに痛みを感じ、は眉を寄せ、口を開いた。神威の太陽光を遮る分厚い傘によって作り出された影が、を包んでいる。



「いや、だいたい終わったなと思って。」

「そ?」



 神威は貼り付けたような笑みのまま、それをに近づけると、赤い舌で軽くの頬を嘗めた。は逃れようとしたが、肩に置かれた手に力がこもり、それも出来ない。




「眉間に皺。」



 神威はそのままの眉間に口づけて、離れる。神威が持つ傘が、と神威を他の団員たちから隠している。


 ゆっくりと、彼はの耳元に唇を寄せ、口を開く。




「ひとりで逃げるなんて、許さないよ。」



 低く、冷え切った声で告げる。太陽が遮られ、神威の腕がを閉じ込めていく。

 太陽は、誰の上にも平等に降り注ぐ。それは死と同じだ。しかし、太陽光に弱い夜兎にとって、太陽ですらも、決して平等なものではない。すべてを統べる強さを持ちながら、彼らは太陽の下で生きることが出来ない。

 の足下に転がる死だけが、彼らにとって唯一平等なものだ。

 神威はをまるで太陽から隠すように、の羽織についたフードをかぶせると、痛い程に強くを抱きしめる。



「血になく声は有明の、」



 例えどれほど血にまみれようと、ともに往くと、その手で逝く日が来るまで、ともに歩み続けると心に決めた自分も、きっと太陽の下で生きることはない。



「月より他に、知る人ぞなき、」



 夜の兎とともに、月の元で歩むことこそ、自分の道だ。そこに例え太陽がなかったとしても、には、彼と歩む覚悟がある。

 神威の背中をぽんぽんと軽く子供にするように叩いて、神威の青い瞳を見上げる。少し不安そうに揺れている澄んだ瞳は、先ほど見上げた空と変わらない。



「わたしが見上げる空は、貴方で良い、」


貴方が空