着物の襟首を掴まれ、そのまま寝室のベッドの上に放り出される。比較的スプリングの良い、広いベッドは何度かバウンドしての体を受け止めた。

 が起き上がろうとした途端、腰あたりにのしかかってきた体が、片手での肩を押さえ、もう片方の手で刀を奪ってベッドの下に放り投げる。相手が神威であるため油断していたは刀を追って手を伸ばしたが、その手すら神威に掴まれる。



「神威!」

「着物、脱いで、」

「え?」

「肩、傷あるんでしょ?」



 神威はぐいっとの襟を掴んで無理矢理はだけさせる。はそれを阻止すべく、自分の襟元を押さえた。



「あ、痣だけだよ。」




 河南に少し肩を掴まれた。ただ彼は夜兎なので、握力もすごく、よく確認していないが、痛みから打ち身のようになっているだろう。それを見られるのが嫌で逃れようとしたが、神威の青い瞳は冷たいままでを見下ろしている。



「脱げって言ってるんだよ。」

「わ、わかった。自分で脱ぐから。」



 このままでは神威の手で無理矢理着物を引きはがされかねない。が言うと、彼はやっとの体からどいた。は少し安堵し、ゆっくりと神威の手に促されるように体を起こす。



「後ろ向いて、」




 肩の痣を見せれば良いのだとしても、帯や腰紐を解かなければならない。襦袢も見られるので恥ずかしくて懇願したが、神威は待たない。待てない。



「やだヨ。どうせ見るんだし、確認するためにやってるんだから、」




 遠慮なくの帯に手をかける。

 着物というのは襟をはだけさせたとところで、帯を解かなければ上半身の全てを確認するのはなかなか難しい。情事の時に何度も脱がしているので、神威は何をすれば一番楽に脱がすことが出来るか知っている。

 ただそれはにとっては狼狽えるに十分なことだった。



「向こう向いて」



 何度体を重ねても、裸を見られるのにはためらいがある。着物を彼の前で脱ぐなんて、どこかのストリップではないか、嫌に決まっている。自分の頬に熱が上がってくるのを感じて、俯いて腰にかかっている神威の手をはがそうとした。




「駄目、往生際が悪いよ。」



 帯の端を持ったままの神威の手が強く帯紐を引っ張って解く。袴がするりと落ち、下の着物の紐も、すぐに解かれてしまった。ベッドの上に座り込んでいるため、足下まではだけることはないけれど、やはり恥ずかしくて、どうして良いかわからない。

 襦袢の襟元をがっと開かれ、上半身を晒すのが嫌で、袖で胸元を隠す。



「…」



 神威の眉間に皺が寄った。神威の手がするりとの肩をゆっくり撫でる。それがくすぐったくて、は身を捩ったが、それを留めるように、神威のもう片方の手が腰に回る。



「なに…そんなに酷い?」



 は不安になって、神威に尋ねる。

 鏡を見ていないので、にはどの程度の痣なのか、わからない。ただ、彼の青い瞳がを一瞥し、肩にゆっくりと顔を埋める。首筋に吐息を感じ、彼のお下げが自分の肩を滑るのがくすぐったくて体を震わせると、次の瞬間生ぬるい感触とともに、鋭い痛みが走った。



「かっ、神威っ!」




 神威の髪を掴んで、引きはがそうとするが、力強い腕がの腰を押さえているため、どうしようもない。じわじわと痛みが増し、肌が限界に達して決壊するようにぷつりと肌が破れる感覚に、ぐっとは奥歯を噛んだ。

 痛みがふくれあがる。




「ん、いっつ、」




 咬みちぎられるのではないかと思う程の圧力に、は痛みで涙が出そうになった。しばらくすると突然痛みが和らぎ、代わりに軽く舌で傷をえぐる感じがして、は神威の頭を軽く叩く。大きく傷をなめ、神威は顔を上げた。



「消毒。」

「…消毒じゃなくて、明らかに傷作ったでしょ。」



 痣ぐらいなら数日で消えるが、血まで出れば、そういうわけにはいかない。しかも結構痛かったから、肉までは咬みちぎられていないだろうが、そこそこの深さだ。が触ると、指が赤く染まる程度には血が出ていた。



「もう。痛かった。」



 はぷいっと後ろを向いて、服を着直そうと襟に手をかける。だが、その襟を後ろからがしっと掴まれた。



「え、なに?」

「これなに。」



 神威はの銀色の癖毛を払いのける。



「え?」



 神威が言っている意味がわからず、は後ろにいる神威を振り返った。彼の青い目はの背中をじっと見ていたが、真剣な顔で襦袢の襟を掴んで下へと引き下ろす。



「ちょっ、」




 背中が丸出しになるのが嫌で、押さえようとするが、神威が背中を手のひらで撫でたのを感じて、びくりとした。やはり他人の手が肌に触れるというのは、緊張する。身を固くしていると、その手がぐっとそこを押した。



「いった、え…?」

「…痣、出来てる。」

「背中?あ…」



 河南と龍山が喧嘩していた所を止めようとして、河南に腕を払われ、背中から壁に打ち付けられたのだった。は河南に対する怒りで、最初に掴まれたこと以外はすっかり忘れていたが、そういえば龍山はの背中の方をしきりに気にしていたかもしれない。



「体に傷つけて良いのは俺だけだって、言ってるのにね。」




 神威の声が、いつもよりずっと低い。顔をのぞき込めばいつものような笑みはどこにもない。は背中を通っていく恐怖に、覚悟を決めるしかなかった。



咬み痕







 神威は珍しく自分の上に跨がって、必死で声を殺そうとしている女を見上げる。



、ほら、ちゃんと動いて、」

「うぅ、んっ、」

「まだ余裕あるだろ?」



 まだ昼であるため、今日はあまりがっついていない。体力的には動けるはずだ。神威は前屈みでいまいち動けてないの方を見上げる。

 銀色の長い癖毛は解かれていて、ゆらゆらと重たそうに揺れている。神威の腹に置かれている手は頼りなく体を支えていて、上下に動くたびに、バランスの取り方がわからなくなるのか、ぐっと力が入っていた。

 表情が見たくて下からのぞき込めば、嫌がるように首を振って顔を背ける。ただ漆黒の瞳には戸惑いが浮かんでいた。



「んっ、うぅ、むり、むりだっよ、」




 膝をついてしまっているせいか、動きは酷く緩慢で、慣れておらず、中が擦れ合うのも怖いようで、本当にゆっくりしか動かない。僅かに動く度には眉間に皺を寄せるほど目をきつく閉じるため、苦しいようだ。口も嗚咽を漏らすよりもへの字になって、奥歯をかみしめている。

 商売女みたいにして欲しいわけではないが、前の女たちが平気な顔をして動いていたから、簡単なのだと思っていた。ただ経験の少ないにとってはそうでもないらしい。



「あんまり良くない?」

「っ、わかん、ない、」



 は口元を手で押さえて、首を横に振る。

 ぎゅっときつくの中が神威のものを締め付ける。ただあまり感じていないせいかぬれが悪く、摩擦がないので、それほど神威も煽られない。動きもぎこちないし、やり方がよくわからないのか、彼女の動き自体が恐る恐るのため、神威としてはあまり良くなかった。

 元々神威はあまり上に乗られるのは好きではないが、今日はの背中に痣があるため、痛いかなと思って騎乗位にしてみたのだ。ただ、はしたことがなかったらしく、お互いにとってあまり快楽をむさぼれるものではなかった。



、おいで、」



 神威は痛くないように、背中の痣の場所ではないところに手を当て、ゆっくりとに前屈みになるように促す。彼女は体を動かせば中にある竿を締め付けてしまうため、緩慢な動きで神威の頭の横に手をつく。

 間近でみる漆黒の瞳は涙で濡れていて、息は荒い。彼女の後頭部に手を当てて額を合わせると、汗を吸って重たそうな銀色の髪が落ちてきた。

 肩には神威が噛んだ痕がある。

 夜兎に掴まれれば、青あざも出来る。それが不快で上から神威が噛みついたのだ。地球人の肌は弱くて、軽く噛んだつもりが、血がだらだら出る程度には深く傷をつけてしまった。とはいえ、他人がつけた青あざが、自分の咬み痕で上塗りできれば何でも良かったのだが。



「…神威、」



 珍しく甘えるように、が体の力を抜く。の少し荒い息が、神威の首筋にあたる。委ねられ、神威の上に乗っている彼女の体から、鼓動まで感じられて、生きてるな、なんて当たり前のことを感じた。

 確かに心地良いけど、やっぱり気持ち良くない。



「俺、上がいいや。」



 神威はの背中に手を回し、支えながらひっくり返す。



「あ、かむっい、」



 中に入れたままのため、が悲鳴のような声で名前を呼ぶが、その高い声が心地良い。背中の打ち身が痛まないように一応毛布の上に横たえてやってから、腰を掴んでぐっと中へと自分を押し込む。すると彼女が背中をそらし、喉を神威に晒した。



「うん、やっぱりこっちの方が良いネ」



 見上げるよりも、見下ろしている方が良い。にぃっと笑うと、いつもなら狼狽えた表情をするのに、今日は自分で動けと無理難題を突きつけられたせいか、あからさまにほっとした顔をして、神威の首に手を伸ばしてきた。



「そ、それでなく、とも、しんどいんだから、」

「ん?」

「じぶんで、とか、死んじゃう、」



 は少し唇をとがらせて言う。

 夜兎の神威の体力は地球人のとは比べものにならないし、だいたい神威の相手をした次の日は起きられないほど体力を消耗している。さらにが上になって動くことになれば、ますますは体力的に追い詰められることになる。

 それでなくともだいたいが疲れで気絶するようにして終わるのだ。神威にとっても、せっかく楽しめる時間を短くするなんて、意味のないことだろう。




「そうだね。確かに。」



 神威はにっと笑って、唇を重ね、舌を絡める。

 いつもは刀を構え、神威が何をしても屈しない、ちっとも言うことを聞かない彼女は、情事の時だけ神威に酷く従順だ。神威もこの時だけ、彼女が自分のものだと明確に感じることが出来る。



「あっ、ん、あ、うぅ、」



 彼女の細い腰を持って、何度か突き上げると、高い嬌声が響く。

 先ほどとは違って、眉は寄せられているが、目はうっすらと開いていて、ゆらゆらと水の幕が掛かった漆黒の瞳が快楽に揺れている。半開きになった口をふさごうとしている手を掴み、絡め取ってベッドの上へと押しつける。



「かむいっ、」

「あはは、大丈夫、気にしなくて良いくらい、感じさせてあげる、」



 いつもどうせ、あつい、助けてしか口に出来ないくらい、取り乱すのだ。最初から諦めて素直になれば良いのにと思うけれど、声をこらえようとする彼女を陥落させるのも楽しみの一つだから、別にそれはそれで良い。

 腰を打ち付ければ、喉をそらす彼女を心地良い気分で眺めて、神威はぺろりと自分がつけた咬み痕をゆっくりと嘗め上げる。

 彼女は慣れていないようだから、いろいろ教えてあげたいけど、いつも情事が終わると思う。でも、やっぱり彼女の姿を見ると、本能に忠実な神威は自分の快楽を貪るのに忙しくてどうでも良くなってしまう。

 ただそれに文句も言わずつきあうも、大概どうしようもないと、神威はまだ気づいていなかった。


体力勝負