子供部屋から聞こえる、柔らかい旋律。たまにはベッドの上で子供に向けて子守歌を歌うことがある。独特の旋律を持つその歌は、神威が聴いたことのないものだ。 ただ、聞き心地は良いので、嫌いではなかった。

 は孤児で、親は知らず、気づけば兄の背に背負われていたと言うから、その兄が歌っていたものなのかも知れないし、二人を拾ったという師のものだったのか、はたまた亡くなったという義父のものか。少なくとも、師と義父は生きていない。

 旋律が途切れてしばらくすると、が子供部屋から出てくる。彼女の視線は一瞬曲がって鞘にすら収められなくなった刀へと向けられてから、ソファーに座る神威へと戻ってきた。



「アズマは寝た?」

「うん。」

「なんか寝付き悪かったね、」



 が忙しい時、東を寝かしつけるのはだいたい神威だ。珍しく今日はが寝かしつけていたが、随分と時間がかかっていた。ただ、日頃寝かしつけないにとって違和感を覚えるほどではなかったらしい。



「そう?」

「そうだよ。第一師団と連結したりして、団員がばたばたしてたから、気になったんだろ。」



 子供というのは存外聡いものだ。

 身の危険を考慮して東を部屋の外に出すことはほとんどなく、だいたいはの部下と人造金魚の“ぽち君”と一緒に待たせている。ただ、やはり大人たちがざわついているのを感じていたのか、神威が戻ってきた途端に不安そうな顔で抱きついてきた。

 有事の際、誰の傍が一番安全か、東はよくわかっているのだ。



「まあ、何かあったら隠れる場所も、脱出ポッドもここにあるんだけどね。」

「そういう問題じゃないでしょ。」



 は有事の際に必要な装備を東に教え込んでいるし、それだけのものがこの部屋にはある。だが、精神的な不安や恐怖は、ものだけでは補いきれないと彼女はわからない。だから、幼い東の不安に気づかない。



「で、あの子供、本当に執務室で預かる気なの。」



 神威は隣に腰を下ろしたに目をやる。だが、答えは全く返ってこない。彼女の瞳は宙を見たままぼんやりしていた。



「ちょっと聞いてる?」



 彼女の長い銀色の癖毛を引っ張る。その拍子に一つに束ねてあった銀色の髪がひらりと全てほどけた。少しぼんやりとした漆黒の瞳が不機嫌そうに神威を振り返る。



「何するの」

「俺を無視するからだろ。」



 少し乱暴に言って、そのまま彼女をベッドの上に押し倒した。軽い体はきっと、夜兎の怪力などなくても男に簡単に引きずり倒されるだろう。しかし、それが神威以外に出来ないほど、彼女は強い。だからこそ、神威は彼女を好ましく思い、同時に替えのきかない存在なのだ。



「ちょ、っと、まだ明日視察残ってるって!!」



 彼女のうなじに鼻先を押しつけると、くすぐったさと不快感が入り交じった困惑の声音で叫んで、神威の肩を押してくる。ただそんなものは、神威にとって抵抗の内に入らない。



「良いじゃないか。明日は昼からで。」



 どうせ顔見せも終わっているのだから、雑事は部下たちにやらせれば良いのだ。



「で、でも、っ、」



 袴の裾をたくし上げて太ももを撫でると、彼女の声がうわずる。ただ少し潤んだ瞳には僅かな期待が含まれていた。視線を上げて、神威はおや、と思う。

 珍しく、なにかが不安らしい。

 その目尻の下がった弱々しい瞳に吸い寄せられるように軽く頬に口づけてから、唇に自分のそれを重ねる。いつもなら逃げるように身を引く彼女が、躊躇いがちながらも少し舌を絡めてきた。きゅっと神威の服をの手が掴む。



「なに?珍しく乗り気だね?」



 神威がくすくすと笑いながら、一度自分の服を脱ぐために体を離す。彼女は自覚したのか、少し乱れた襟元をかき合わせながら身を起こして僅かに頬を染め、視線をそらした。僅かに潤む瞳に睫が影を作っている様が酷く煽られる。



「あり、こっちちゃんと見なよ。ついでに自分で脱ぎな。」

「じゃあしない。」

「…破り捨てるよ。」



 容赦なく言うと、は眉間を寄せて、自分の襟元をぎゅっと掴む。彼女たまに着る留め袖とか言う着物は裾が細くなっているし、帯も太いので脱がせにくいが、袴はたくし上げてしまえば出来るし、腰帯も細くて引っ張りやすい。

 彼女の着物を脱がせながら、白い肌をまさぐる。本能に忠実な神威はこうして体を重ねることも好きなわけだ。彼女もだいたい恥じらったりしながらも、拒んだりはしない。



「ちょっ、か、神威、ゆっくり、」



 別に早くすませたい訳ではないけれど、は神威のペースに合わせるのがだいたい苦手だ。それは体力の差であり、力の差であり、経験の差であるのだけれど、神威からして見ればどうしようもないし、待てるほどの忍耐は持ち合わせていない。

 さらりとした手触りの良い白い肌は、すぐに吸い付くような熱を帯びる。はだけた着物をベッドの下に落とすのは、彼女が自分の衣をぐちゃぐちゃにされるのを酷く嫌うからだ。

 性急に彼女の中を解すと日頃出さない悲鳴のような声がこぼれる。その声がいつもより高くて、泣いているような気がして、神威は彼女の目元に口づけた。漆黒の瞳は熱っぽく潤んで、今にもこぼれ落ちそうだ。



「あはっ、どうしたの、不安?」



 ぐいっと彼女の大腿をつかみ、自分のものを彼女の潤ったそこに押しつける。びくりと薄い腹が跳ねたのがわかって、神威は楽しさのあまり唇の端をつり上げる。少し不安そうな漆黒の瞳がこちらを見上げてくる。



「いや?」

「…」

「ちゃんと言ってよ。」




 言葉を促すように、軽く彼女が一番感じる花芯を戯れるようにこすってやる。すると眉が寄って、高い声が唇からこぼれた。



「っ、」



 言葉の代わりに、震える細い手が神威の首に回される。逆に神威がそれに促されるように、彼女に覆い被さって深く重なる。腕の中で細い躰が耐えきれず、びくびくと跳ねたが構いはしない。



「かむ、い、っ、あ、かむい、」



 背中に回っている手が汗で滑るけれど、必死で神威に縋るように爪を立ててくる。



「っ、ん?なに、やっぱり」



 何か不安なんだな、と彼女の細い腰を引き寄せるように抱きしめる。耳元で聞こえる高い悲鳴が心地良い。引きつった大腿をもう一度場所を探るように掴んで位置を変え、硬直した躰を宥めるように銀色の髪を撫でてやった。



「かむいっ、」



 言葉にならない不安を口にする代わりに、珍しく嬌声とともに名前を呼んでくる。案外今日のことに堪えているのかも知れない。

 彼女は元々、自分の考えていることをあまり口にしない。

 酷い扱いをされていた幼い夜兎の子供。剣闘士として奴隷のように戦う荼吉尼。全てを諦め、団長に唯々諾々と従い、酷いことを許容する団員。そして、曲がってしまった彼女の義父の刀。それらを彼女がどう考えているのか、彼女は何も口にしない。

 でも、神威はそれで良いと思っている。

 きゅうっと彼女の足先が丸まり、日頃は柔らかい体に酷く力が入る。神威が遠慮なく揺らせば少し逃れるように腰を引いたが、それを片手で制する。



「っ、きもち?」



 尋ねても、あまり答えは返ってこないけれど、痙攣し、頬を真っ赤に染めて瞳を潤ませる彼女を見ていれば答えは聞かなくてもわかる。

 神威としては、別に彼女がいろいろなことを説明したところでわかりはしない。わかるのは彼女が酷く強く、頭が良いことと、今こうして自分の下で快楽に溺れているだけだ。神威は別にそれで良いと思っているし、それ以上は彼女に求めていない。

 その強さを損なわなければ、自分の傍から離れなければそれで良い。



「わかってっ、ないよね、」



 彼女が不安にならなくても、彼女に強さが有る限り、神威は彼女を見捨てる気なんてない。彼女がやりたいことを助けてでも、傍においてやるくらいには、気に入って、側に置いているのだが、信用されていないらしい。



「ま、いいや、」



 信用してくれない彼女をどうしてやろうか、なんて、今はどうでも良い。

 気持ち良いな、なんて思いながら、徐々に疲れのせいか逃れようとしながらも、段々力をなくしていく彼女の躰を抱え直し、揺さぶって自分が気持ち良くなることに集中することにした。






言葉にならない夜