誠凛高校の体育館を覗けば、そこには見慣れた少女が座っていた。

 髪は青峰が最後に見た時よりもずっと短くなっており、肩で切りそろえられている。肌の色は相変わらず透き通るように白く、纏う柔らかな空気はやはり薄い。だが不思議と冷静さを呼び起こし、人を和ませる。

 楽しかったあの日と同じようにちょこんとコートの端のベンチに座って、にこにこと笑って楽しそうにバスケ部の様子を見ている。何故か腕の中にはよく似た目の色と目の形をした犬を持っていて、彼女が身体を揺らすとわんと小さく吠えた。

 明るい笑顔は、かつて自分の隣にいた頃と変わっていない。




「はい。」




 は柔らかく笑って、赤みがかった黒髪の、背の高い男と、自分の双子の兄である黒子テツヤに飲み物を渡す。




「あんがとよ。」

「ありがとうございます。」




 二人は笑いながらそれを受け取る。

 かつてあそこにいたのは、青峰だった。笑いながら黒子とともに飲み物を受け取り、彼女と楽しそうに話していた。その笑顔を失ったのはいつだったのだろう。いつから彼女は自分の前で笑わなくなったのだろう。

 それでも、絶対に青峰は彼女を誰にも渡したくなかった。




「よぉ、久しぶりだな。」





 彼女が何をするためかはわからないが、体育館を出て一人になった時を狙って、青峰は声をかける。

 数ヶ月でだいぶ背が伸びた青峰と違い、やはり立ち上がっても彼女の背は小さかった。全く伸びなかったらしい。顔を上げて首が痛くなるほどこちらを見上げ、呆然とした面持ちで眼を丸くしている。だが次の瞬間、無邪気だった彼女の瞳に怯えが宿り、彼女は一歩無意識に後ずさる。

 その様子に心中慌てたのは青峰の方だった。





「な、何もしねぇ、話がしてぇだけだ。」






 直接向けられる彼女の怯えを感じて内心狼狽しながらも、冷静になれと心で反芻し、できる限り優しく声をかける。だが声が震えたのか、それを隠すために低い声を出したため、逆に重々しく響いてしまった。

 びくりと彼女が肩を震わせて、ふるりと首を横に振る。




「い、いや、」




 怯えきった様子に、青峰の心がざわつく。ゆらゆらと揺れる彼女の瞳は、恐怖ばかりを写していた。





「嫌じゃねぇよ。」





 おまえの意見なんざ聞いてない、と青峰が手を伸ばそうとすると、彼女は身を引いて全力で走り出した。





「ばっ!」





 青峰は彼女の背中を呆然と見つめる。

 元々呼吸器官系が弱く、長らく入院までしていた彼女は、走ることなど本来なら出来ない。心配と止めなくてはならないという思考が一瞬巡り、慌てて青峰は手を伸ばしたが、その手は空を切った。

 変な既視感だ。そういえば最初にあった時も、彼女はこうしてすぐに双子の兄の後ろに逃げ込んだ。




!」






 追わなければ、またつかめなくなる。

 そう思って、彼女の後を追おうとしたが、青峰が彼女を追う前に、彼女の目の前に現れた人物が、意図せず彼女を止めることになった。




「ぐぇっ!!っちぃ!!?」





 何故かそこに現れた黄瀬に彼女がぶち当たる。

 は完全に彼の鳩尾に頭突きを食らわせることになったが、ダメージが大きかったのは身体が小さく、走っていた彼女の方だったらしい。跳ね返され、そのままコンクリートにたたきつけられそうになるのを、何とか青峰が受け止める形で防いだ。




「ばかっ!!何やってんだよ!!」





 怒鳴りつけて青峰は腕の中にいるを見るが、ぶつかった衝撃のせいか、彼女は腕の中でぐったりしたまま、全く動かない。





「・・・おまえの腹筋のせいだぞ!」

「ええええええええ!俺のせいっすかぁ!?」



月に上陸