黄瀬に勉強につきあって欲しいと言われたのは、昨日青峰にあった後だった。正直言うと彼に会ったことで揺れて心が沈みそうだったが、家でいればなおさら沈みそうだったので、黄瀬の誘いにありがたく乗ることにした。

 街の喫茶店に足を運び、彼の成績表を眺める。





「・・・すごい、こんなに酷い成績なかなかみれないですね。」

っちぃ、それ酷い。」

「でもこれは・・・」






 正直目も当てられない成績だ。前回のテスト結果は一桁が並んでおり、欠点を免れる可能性すらないほど酷い。

 は彼が持ってきた学校の教科書を軽く眺めて、小さく息をつく。





「まず、国語からやりましょうか。わからない単語は聞いてくださいね。」

っちーよくわかってる―!!」





 すでに黄瀬が文章を読むどころか、単語の意味からわかっていないと、は長いつきあいで理解している。それぐらいに彼の成績は相当に酷いし、どう考えても文章の中から何かを理解しているようには見えなかった。

 中学時代から学力があまり変わっていないならば、間違いない。





「そういやっち、勉強よく出来たっスよね。」

「うん。休みがちだから、追試に引っかかることはありますけど、席次自体は一桁から落ちたことないですね。」





 身体が弱いので学校を休むことは良くあるが、の成績は非常に良い。

 追試に引っかかった前科も何度かあるが、それは成績が悪いのではなく、ただ単に体調が悪くテスト日にテストを受けられなかったからだった。は中学時代から赤司の次に成績が良く、赤司と引き分けたこともある。

 そのためバスケ部員の赤点防止補講は、基本的にの仕事だった。赤司は賢いが生徒会などもやっており忙しく、一軍の勉強を見るのはカウンセラーをしており、人に教えるのが上手だっただった。基本的には赤点をとる部員への対策が主だったが、テストの数日前になると緑間や桃井も同じように教えを請いに来ていた。

 だから中学時代は黄瀬だけでなく、みんなでいつもテスト勉強をしていたものだ。特に黄瀬と青峰は絶対参加だったため、喧嘩をしながら馬鹿が馬鹿を笑うといった様相で勉強をし、それを仕方ないなと笑いながらよくは見ていた。






「レギュラー落ちちゃうかもしれないんッスよ。どんだけ俺のとこ真面目なんっすかね!」





 黄瀬はもう最初からやる気がないのか、ぐったりとした様子でぶつぶつと言う。とはいえ彼もやばいことは理解している。

 部活動で有名、しかもスポーツ推薦とは言え、中学時代は成績が悪くても最悪追試、部活停止程度だったが、高校の場合は進級できない危険性も伴う。一学期からある程度の成績を取っておかなければ、3学期だけ頑張っても手遅れだ。





「黒子っちは成績悪くないんスよね?」

「テツ?うん。国語は良いですけど、テストは基本平均ですよ。」





 双子の兄の黒子テツヤは基本的に平均人間で、成績の方も悪くも良くもない。双子の妹のは成績がトップクラスに良いが、あまりそう言うところは似ていなかった。というか似ているのはその影の薄いところと、顔立ちだけかもしれない。





「はい。まずこの漢字を覚えるところから始めましょうか。」






 国語の教科書と彼の同級生のノートのコピーを確認したは、いくつかの漢字に線を引っ張る。





「なんっすか、この漢字。」

「っていうか、まず文章読んでみてください、全然読めない気がします。」





 読むというのは理解すると言うことだ。少なくとも漢字が読めないと話にならない。かちかちとシャープペンシルの芯を押し出しながら、は笑う。





「・・・なんか良いっスね。こういうの」






 黄瀬はじっとを見ていたが、ぽつりと口元を緩めて言った。





「ん?」

「やっぱっち好きっスわ〜!」

「ありがとう。」






 は目を細めて彼に返した。

 彼がバスケ部に入ってきてからずっと、黄瀬とは仲が良かった。大抵の部員は落ち込んだ時にの元へ来ることが多かったが、黄瀬はに興味があったのか、を追い回しては青峰と喧嘩になっていた。黄瀬は明るく、話し上手で、悪く言えば軽いが、物事を重く考えがちのにとって彼は気楽に接することの出来る存在だった。





「・・・そういやっち、青峰っちと別れたんっスか?」







 黄瀬は慎重にの様子を窺いながら、躊躇いがちに尋ねる。それには目を見張った。





「え、ん、別れました。むこうは、納得していないとは思いますけど。」





 は参考書に目を向けながら、目尻を下げてそう答える。

 あの日の後も、メールや電話は入ってきていたが、それには一切答えぬまま、高校に入った。彼が誠凛にに会いに来たのは驚いたが、桃井あたりが調べたのだろう。どちらにしても答えたくもないし、話し合っても無意味だとわかっている。

 だからはこのまま逃げ切るつもりだった。





「・・・じゃ、俺にもチャンスあるんっスかね。」

「え?」





 小さな声だったため、全く聞き取れず、は彼に尋ねる。だがにやっと笑った黄瀬はそれに応えず、シャーペンを回して、「はやくやりましょ」と軽く笑った。


黄色い太陽