分かち合うことを忘れて久しかった。ともに歩むことを忘れていた。だってあまりに力の差が違いすぎるから。手を繋ぐことすら、もうしていなかったかもしれない。

 自分に後残されたのは、力でねじ伏せるというそれだけだった。





「あおみ、ね、く、」





 の目には青峰に対する恐怖が涙とともに浮かんでいて、表情を歪めてこちらを見ている。

 もともと身体が弱く、小柄だった彼女と青峰の体格差は広がるばかりで、抵抗する彼女を押さえつけて服を脱がせるくらいのことは簡単だった。




「うそっ、や、いやです、やめっ、」




 彼女が誰かに対して拒否を示すのは初めてのことだった。

 いつも優しくて、穏やかで、何でも許してくれるような空気をもっている彼女が怒ったところも、誰かを拒絶したところも一度も見たことがない。それで気づいた。彼女が告白を受け入れたことも、全部全部“拒絶しない”というそれだけだ。

 そういえば彼女から好きだという言葉を聞いたことはなかった。

 いつも何でも笑って許してくれるから、青峰自体も特別な気分になっていただけだ。優しい彼女は自分の告白を断れなかっただけだ。青峰が愛されているように感じたのだって、彼女はそういう風に人の意識を向けるのが上手だと言うことを、青峰は忘れていた。

 特別でも何でもない。それでも、彼女が誰かの物になるなんて絶対に嫌だった。だから、もっとも卑怯な方法で彼女に自分を刻みつけたかった。




「離れるなんて、ぜってぇさせねぇ。」





 かみつくように唇を重ねれば、噛まれたのか、それともこちらが噛んだのか、わからないうちに血の味がした。

 何をされるかわかったのか、取り繕うこともなく、彼女は酷く狼狽えた顔をして抵抗をする。だがすでに力の差など歴然で、青峰の身体はびくともしない。それでも小さな抵抗が鬱陶しくて、青峰は彼女の身体を無理矢理押さえつけた。

 後は本当に簡単だった。

 嫌がり、悲鳴を上げる彼女の細い身体に無理矢理押さえつけ、肌をまさぐり、赤い痕を刻み、自分をねじ込み、蹂躙した。





「ひっ、ぁあ、あおみ、」





 彼女が悲痛に泣く高い声が酷く耳につくのに、自分の雄を高める手段になるしかならない。初めて抱いた彼女の身体は熱くて、腰から上がってくる快感とも満足感とも表現できる感覚に、自分の方がおかしくなりそうで、押さえなんてきかなかった。

 思いやりをもつ余裕すらない。

 自分の下に横たわる彼女は綺麗だった。透き通るほど白い肌、丸い瞳が水の膜を張ってこちらを映し、頬を染めて乱れる様は、それだけでいってしまいそうだった。それに食らいつくように噛みつき、蹂躙する。





「な、なん、でっ、あぁ、」





 律動の合間に途切れ途切れにが掠れた声音で涙ながらに言う。元々呼吸器官系に欠陥のある彼女は激しい運動が出来ない。それを思い出して彼女の身体をいたわるために動きを止め、彼女を見下ろせば、酷く怯えた、あきらめの目で青峰を見ていた。

 それはどこかで見た、見慣れたものだった。試合中に自分を見ていたチームの選手と同じだ。諦め、呆然とし、それでいて自分を認めているわけでもない。冷え切った軽蔑すらも含んだその視線は、抗いようもなく、あがけばあがくほど自分に集まっていた。

 ぞくりと悪寒が自分の中に広がっていく。それでも、自分の手に残っているものなんて彼女以外にもうなくて後戻りは出来なかった。




「おまえが、悪いんだっ、、」





 離れていくなんて言う、おまえが悪い、と自分の苦しみだけを目の前におき、必死で罪悪感を頭の端に追いやる。

 涙とも汗ともつかないものがぽたぽたとこぼれ落ち、彼女のそれと交わる。体のすべてがこうして重なっているのに、ともに歩んでいたはずなのに何も混じり合わない。心はどんどん離れていく。それを取り戻す術が探しても探してもわからない。

 強者が敗者に何をしても良いというその原理は、酷く傲慢なものだ。
月を飲み込む