カウンセリングをしている時の彼女は聖母のように優しく、何を言っても、八つ当たりをしても受け入れてくれる。誰もが好印象を抱き、まるで隙のない、そんな優しくて柔らかくて、いつでも正しい。それが帝光バスケ部の中でのだった。

 でも、黄瀬はそんな彼女がもっと弱くて、感受性が強く、時には泣きじゃくることもある、とても他人の感情の機微に敏感で傷つきやすい少女だと知っている。

 だから、彼女のことが好きだった。





「そういや、赤司っち元気なんすかね。」





 黄瀬は一応数学の問題を解きながらぽつりと呟く。

 なんだかこうしていると、中学時代にの赤点補習を受けていた頃を思い出す。テスト2週間前から始めるのは黄瀬と青峰のみだったが、テスト一週間前で部活停止になると桃井や紫原、成績の良いはずの緑間も一緒に参加していた。赤司も見張り役として見に来ていたものだ。

 それを思い出せば、別の高校に行った仲間が気になる。連絡はあまりしていない。特に赤司とは連絡を取り合うことが少なかった。

 それは青峰も同じなのか、少しに視線を向ける。




「元気ですよ。一昨日電話でお話ししましたから。」





 は涼しい顔で答えた。




「え?まじっすか?」

「わたしは結構連絡はとっていますよ。というか、勝手に電話がかかってきますし。」







 元々カウンセラー状態だったため、相談は舞い込んでくるし、赤司にどう思うかと尋ねられることも多かった。一応帝光中学卒業と同時に部員の相談に乗るのは基本的にやめたため、プライベートの携帯電話を知っているのはキセキの世代と、今の友人くらいだが、今でも選択に困ったり、落ち込んだ時にの元に相談してくる友人は多い。

 そのため自然と情報はの元に集まっていた。




「緑間くんは一週間ほど前。紫原くんとも一ヶ月前にはお話ししましたよ。」




 はあっさりと言って、自分の参考書を眺めながら言う。

 今でも愚痴を言いたいのか、それぞれ少なくとも一ヶ月に一回は連絡してくる。とはいえ紫原はただ単に、好物である特性マフィンとケーキが食べたかっただけで、送ってこいと連絡してきていた。どうにも禁断症状のように一ヶ月に一回ほど食べたくなるらしい。





「おまえ、俺のは無視してたのに、随分と他とは仲よさそうじゃねぇか。」




 青峰がぎろりとを睨んでくる。

 確かに他の面々にはきちんと連絡していたが、どうしても青峰には会いたくなくて、まったく返信しなかったし、電話にも出なかった。それは意図的にやっていたことで、は震える自分の手をもう片方の手で押さえ、あえて彼の言葉を聞かなかったことにして無視した。

 黄瀬はじっとそんなを見ながら、肩までになった彼女の髪が揺れるのを見る。





っちってさぁ。本当は俺らのことどう思ってたんっすか?」

「え?」




 は黄瀬の言葉に、彼の方に顔を向けた。





「カウンセリングの手法っすよね。相手を否定しない、って奴。」






 黄瀬のまっすぐな瞳がこちらを窺うように映している。それを感じながらもなかなかは参考書から顔を上げなかった。

 基本的にカウンセリングは話を聞くところから始まる。意見を言うことはあっても基本的に相手を否定しないようにするのが基本だ。だから、カウンセリングをしている限り、彼女自身も誰かの話を聞いても否定することはない。

 そんな簡単なことを知らなかった青峰は顔を上げて、眼を丸くする。だが心の中で何か思うところがあったのか、小さく頷いた。の顔が本から上げられ、少し困ったような表情で黄瀬を見やる。





「聞くなら、二度とわたしにカウンセリングしてもらおうと思わないでくださいね。」






 本音を話せば、もうカウンセリングは出来なくなる。まさにその辺の誰かに愚痴を聞いてもらうのと同じくらいの機能しかなくなる。

 黄瀬は目をぱちくりさせて、にっと笑う。





「えー愚痴くらい聞いてくれるっすよね。その代わり、俺も聞くっすよ。これからは。」

「貴方はいつもそうですね。まぁ、貴方はわたしのカウンセリングを当てにしたことなどないでしょうけど。」





 と黄瀬は昔から仲が良い。それはたいていの人が愚痴や辛い時しかの元に来ないのに対して、彼は常日頃から愚痴やら退屈な話など、たわいもない日常をと過ごすことを好んでいた。





「まぁ、赤点全科目回避したら、教えてあげます。」

「えー、全教科は無理っすよ〜」






 黄瀬の学力からして、進級できる程度に赤点を免れることは可能だが、全教科となると荷が重い。





「難しそうですね。」





 はゆったりとした動作でまた目線を本に戻し、そう評価した。それを眺めながら青峰はどうしたらよいのか、何を意味しているのかよくわからなかった。


太陽の困惑