好きだった人が壊れていくのが悲しかった。好きなものを必死でやっていた彼が壊れていくのが涙が出るほどに切なかった。心が痛んで、悲しすぎてついていけないと思いながらも、力ですべてをねじ伏せていく彼を止めたいと思っていた。彼は自分にだけは優しかったから、大丈夫だと信じていた。

 けれど結局、に出来ることなんて何もなかったのだ。




「寝ちゃってますね。」




 目の前では机に突っ伏して青峰が爆睡している。勉強に飽きたのか、それとも疲れたのか。どちらにしても短期間での詰め込みは脳にも結構な負担があるのかもしれない。日頃頭を使うのはバスケだけなので、筋肉脳と言う奴なのだろう。




「青峰っち集中力ないっすね。」

「大丈夫。黄瀬くんもないです。ここさっきやったのと同じなのに、全部間違っています。」

「げぇ!」



 集中力が切れているのは起きている黄瀬も一緒だ。それほど青峰と成績に差があるわけではない。青峰が5個赤点をとるなら、彼は三つくらい。正直ドングリの背比べのレベルだ。

 何時間も勉強ばかりで疲れてきたのだろう。少し休憩が必要かもしれない。ただここは市立の図書館で飲み物などは基本的に自分たちで持ち込んだもの以外買うところはないし、基本的に食べ物を食べるのは気が引ける。

 だが、自身も少し疲れているのか、勝手に出てくる咳を繰り返していると、黄瀬が少し困った顔をした。




「いるっすか?」





 黄瀬がを心配して背中を撫でながら、持っていたスポーツドリンクを差し出す。





「駄目っすよ。喉弱いんっしょ?」

「そ、そうですね。」







 元々双子で生まれてきたは呼吸器官が未発達のままだった。そのため幼い頃は何度も手術をした。今でも激しい運動が出来ないのはそのためだ。黄瀬は単純そうに見えて、の虚勢を見抜くことがあった。

 だから、気づいていた。




「前も聞いたけど、なんで青峰っちと別れたんっスか?」

「え?」





 は眼を丸くするが、どうしても黄瀬はそれが気になっていた。

 なぜなら今も青峰はが好きだ。カウンセリングで拒絶をしてはいけないと聞いた時、青峰は絶望とも何とも言えない光をその瞳に宿らせた。おそらくが他の大多数と同じように青峰を見ていると思ったからだろう。

 だが、それは反対だと思う。




「青峰っちを否定したって事は、青峰っちは特別って事っすよね。」





 黄瀬は少し困ったように笑った。それは彼女自身も、青峰を憎からず思っていることを示しているからだ。それは同時に黄瀬の恋心を傷つけるものだった。

 第三者の目としてのカウンセリングではなく、確かに彼女は自分の恋人として、青峰と向き合っていたのだ。だからこそ、人の感情の機微を見抜くは、あの言葉を言って、青峰がどんな行動に出るかある程度予想していた。

 それでもは彼が自分を力でねじ伏せることはないと、信じたかったのだ。





「特別だったからこそ、もうだめなんですよ。」





 ただカウンセラーとしてなら、彼を否定せずにすんだかもしれない。でも自分の恋人で大切な人だったからこそ、許せなかったのだ。

 それをは悲しそうに笑って言って見せた。




月の嘆き