「こんなことならいつも第三者でいれば良かったのかもしれないです。」




 特別など、知らなければ良かった。

 はバスケ部の人間たちを当初、自分の患者程度にしか考えていなかった。どれほど大切に思おうと、一線引いて接するのがカウンセリングの基本だ。は当事者ではなく、ただの第三者としてアドバイスをし、気持ちを前に進めてやる。


 共感できるのは、それが何も関係ない他人だからだ。


 だが、青峰の告白を受け入れてから、徐々には第三者に徹することが出来なくなった。

 基本的に否定できない、それがカウンセリングの手法だ。アドバイスは出来ても相手を否定してはならない。その反対を、は青峰にして、失敗したのだ。

 追い詰められていた彼を拒否した。何が起こるかはだいたいわかっていたのに、





「・・・どちらにしてももう第三者に戻れないのなら、離れた方が幸せなんでしょう。」 





 お互いにとってなんて、偽善は言わない。

 だがはどうしても許せなかった。強者の傲慢として、バスケを好きな人々の心を踏みにじった彼らの行為も、そしてそれをわかっていながら、友人が傷つけられるまで気づこうともせず、彼らの背中を押し続けた自分を。

 これ以上、彼に荷担することは出来なかった。

 恋愛は関係ないと、普通なら言うのかもしれない。でも彼と自分の間にはバスケが深く横たわっており、が彼に興味をもったのも、彼が楽しそうにバスケをする姿に憧れ、だから彼個人を好きになった。だからこそ、それが壊れていくのを見るのは辛かった。





「でもそれって、好きだからっスよね。」

「・・・どうなんでしょう。」







 はわざと曖昧な言い方をして、淡く笑ってはぐらかした。黄瀬は存外鋭いので、はぐらかしておくに限ることを、経験で知っている。

 好きでなくなったのではないと思う。ただ好きだった彼が遠ざかったと言って良い。

 彼はそれでもを求めてくれているのかもしれない。でも、自身がこの悲しみと虚無感に耐えられないのだ。




「で、別れ話は平行線ってことっスよね。」

「そうですね。」




 全中の決勝の終わったあの晩、は青峰に別れを告げた。だが彼は受け入れなかった。それどころかを抱き、自分のものだと誇示しようとした。

 目の前で突っ伏して眠っている青峰は、身長の高さもわからず、あとげない高校生らしい無邪気な寝顔をさらけ出している。長い睫も、昔とあまり変わっていないように見えるが、そこにある精神性は変わってしまった。を力でねじ伏せるくらいには。 

 彼は徐々に変わっていった。バスケに対する姿勢も、仲間に対する姿勢もすべて、かわってしまった。でも、いつもに優しかった。

 その彼に振るわれた暴力は思った以上にの精神に影響を与えた。今でも時々青峰を前にすると手が震えるほど怖い。





「黒子っちは、俺たちを倒すって言ってた。」

「はい。素敵ですね。わたしも・・・もうバスケには関わる気はなかったんですけど。ほだされちゃいました。」




 誠凛に入ってからもバスケを見るのが辛くて、悲しくて、双子の兄に珍しく無理矢理連れて行かれるまで、部活動すら見に行かなかった。それでも、彼らのバスケを見て、火神を見て、まだ明るかった頃のキセキの世代と青峰を思いだした。

 楽しそうにバスケをする、本当にバスケが好きだと、身体いっぱい表現する彼らを見て、はこみ上げてくる涙をこらえられなかった。

 自分が支えたかったのは、これだと思いだした。





「火神くんもテツもとても楽しそうだから、見ているこっちも楽しいですよ。あ、ちなみに火神くんも成績は底辺レベルらしいですよ。あれはもうころころ鉛筆の出番ですね。」






 は二人を思い出して苦笑する。

 ころころ鉛筆とは緑間の持つ、人智を越えた選択能力を持つただの鉛筆だ。神の加護でもあるのかあのころころは実によくあたる。ただこれは緑間と黒子、そして桃井の三人しかもっていない。要するに神頼みするくらいのあほなのだ。





「そういや火神っちって、昔の青峰っちに似てるっスよね。」





 黄瀬は火神の楽しそうな顔を思い出しながら言う。

 プレイスタイルも似ているが、性格も少し似ている気がする。もちろん火神の方が優しそうで奥手だが、と黄瀬は考えながら、やっぱり彼は昔の青峰に似ていると思った。

 青峰もまた昔は煮え切らず、になかなか好きだと言えなかったし、彼女にだけは優しかったから。

似た太陽に焦がれる月