確かに隣にいる青峰に言われてみれば、黄瀬は男だった。中学時代は合宿などもあったため、一緒に雑魚寝することもあった。正直あまり気にしたこともない。だから一応男女で、もうよい年頃だと言うことを完全に忘れていたのだ。
には存外そういう感性があまりない。双子の兄といつも一緒だったのでなおさらだ。そして同時に男女の振り分けにも存外甘かった。
青峰が嫌そうな顔を隣でしているのを見ながら、携帯に向けては口を開く。
「わたしの家でも良いですか?テツもいますけど。」
『良いっスよ、ひとまず数学やばいんっす〜』
黄瀬は正直なりふり構っていられないらしい。の家は都内とは言え神奈川よりにあるため、黄瀬がそのまま学校に通うことも出来る。
「わかりました。じゃあ明日わたしの家で。」
そう言って、は携帯電話の電源を切る。そしてそのままスマートフォンをポケットにしまった。青峰は何かを言おうと口を開いたが、またそれが動き出す。
「もしもし、」
はまた携帯電話を取りだし、相手を確認することもなく出る。
『あぁ、か。俺だ。』
「おれおれ詐欺?」
『緑間だ!失礼なのだよ!!秀徳高校の山を・・・』
「持っていません。失礼します。」
比較的いろいろな人に勉強を教えることの多いは確かにいくつかの学校の授業の山を張ったプリントを持ていることが多い。それを当てにしてくる知り合いはたくさんいて、テスト前になると連絡を取ってくる。
カウンセラーをしなくなってから最近無償で何かをすることがなくなったので、ひよこによる買収が横行していた。それもまぁ、は良いと思っていた。ひよこが好きだと知るくらい、近しい存在だと言うことだからだ。
「あいつ、人智を尽くすとか言っときながら、おまえに山借りてたのかよ!」
青峰も知っていることだが、緑間は中学時代から成績もよく、常々赤司と競っていた。同じく成績のよかったにも対抗心を燃やしていたが、それは赤司に対するほど苛烈なものではなかったらしく、結構よく話していたように思う。
だが、まさか山を借りていたとは思わなかった。
「人智を尽くしているじゃないですか。」
出来ることは全部やって成績を取っていると言うことだ。汚かろうがなんだろうが、そういう点ではの山を借りるというのも、人智の一つといえる。
手段は選ばない。
「なぁ、。」
青峰が突然、の手を掴む。それほど強くではなかったが、歩を止めては青峰を振り返った。
「俺のこと嫌いか、」
尋ねられた言葉への答えは、どちらも望まない物だと知っている。
「どちらと答えても、貴方は傷つくでしょう。自分の傷を自分でえぐるのはやめた方が良いですよ。」
は目尻を下げて、突然小さくなってしまった絶対的な支配者に目尻を下げる。
好きだと答えれば、彼はがカウンセラーとしての答えをしたとして信じられず、苦しむはずだ。嫌いだと言えば本気だと思って心を痛める。どちらと答えても意味のない質問だ。彼は傷に塩をすり込んでいる。
でも、彼がそれを望んでいることも知っていた。
「・・・馬鹿な人、」
無理矢理を抱いたことも、脅迫して別れ話をふいにしたことも、こうして卑怯な形でを傍においていることも、彼の罪悪感を煽っている。完全に彼が誰かを馬鹿にしているわけでも、心の底から他人をねじ伏せたいと思っているわけではない。
この関係は、彼の罪悪感から、長くは続かない。彼はなんだかんだ言いながら自分を大切に思ってくれている。だからこそ、笑わなくなってしまったに対して罪悪感を覚えるところは大きい。彼は悪に徹することが出来るほど、残酷ではない。
彼は本当は心の底で、自分と競い合い、同時に自分と何かを分かち合える人間を望んでいる。だがそれは力でねじ伏せていてはいつまでたっても手に入らない物だ。
それをはよく知っていたから、早く負けてしまえば良いのにと思っていた。
落日に思いをはせる