「駄目ですよ。灰崎くん。」
灰崎祥吾は目の前にいる少女に、目を見開く。
「久しぶりじゃねぇか、ちゃん。結構美人になったねぇ。」
双子の兄とともに影が薄いながらも部員の話を聞き、カウンセラーをしていた少女が目の前にいた。だがその空気は昔とは違い、穏やかではない。柳眉を寄せ、そのいつもは丸い形をしている目を鋭く灰崎に向けている。
「黄瀬くんに、何をなさるつもりですか?」
睨むと言って間違いない視線を向けられ、にっと灰崎は笑う。
「聞くまでもねぇだろ。」
「・・・」
彼女は答えなかった。ある程度予想していたのか、感情の乏しい瞳は嫌悪感をあらわにしたまま、全く変化がない。
その目が、灰崎にはいつも同じに見えていた。
「俺はおまえのことも嫌いだったんだよ。」
雰囲気も違う。柔らかで優しく、穏やかで誰が何を言おうと、すべてを受け入れてくれる。それがカウンセリングの手法だとわかっていても、誰もが彼女を好んでいた。しかしそれが灰崎の目には薄気味悪かった。
「おまえからは赤司と同じにおいがしやがる。」
その冷静に人を観察し、評価づけていく瞳。
確かに彼女は人に命令しないし、誰かに何かを強制することも、誰かを育てようとすることもない。だが、それでも人の精神を前に向ける彼女が発揮する洞察力は、まさに灰崎が何より恐れ、嫌っていた赤司に似ていた。
「その非力で止めに来たってのかよ。」
赤司と同じ目を持っているなら、彼女は灰崎が黄瀬に何かしようとしていることを察知していただろう。そう思って灰崎が尋ねれば、案の定彼女は別に驚かず淡々と答える。
「そうです、と言ったら?」
「良いぜ?てめぇが相手してくれるっていうならな。」
灰崎は唇をつり上げて笑う。だが彼女は驚くほどに無感情な瞳で、灰崎を見ていた。その瞳が、別におまえの言葉は意外でも何でもないとでも言っているようで、ますます不快感を煽り、灰崎は思わず彼女の胸ぐらを掴んだ。
「その目、つぶしてやろうか?」
本気で脅した。だが彼女の目は静かなままで何も変わらない。
あの男と同じ、何もかもを見通す瞳。それが憎くてたまらない。例えそれが非力な女であっても、彼女は一番あの男と遠く、そして一番近い存在だ。
「俺の女に何してんだよ。」
低い声が響き渡る。灰崎が振り返ると、そこにはかつて見た時より随分と背の伸びた青峰が立っていた。
赤い月