青峰は灰崎を殴ってから、後ろにいるを振り返る。
「・・・殴っちゃった。」
は地面に尻餅をついたままの体勢で、いまいち現実味の欠けた声音で呟く。
灰崎は青峰が来るとすぐにの胸ぐらを掴んでいた手を離した。だが結局黄瀬に制裁を加えようとする灰崎を、青峰が殴って止めることになってしまった。
「ど、どうしようか。」
「あー、やっべ、ま、なるようになんだろ。」
青峰はそう言って、に手をさしのべる。座り込んでいる彼女は「すいません。」とへらっと笑って青峰の手を取って身体を起こした。
「大ちゃん!って、!?ええええ!ショウゴ君!?」
走って青峰を負ってきた桃井はと青峰の無事を確認して安堵したようだったが、倒れ伏している灰崎を見て顔を青くする。
「ちょっ、どうするの!?」
「どうもこうもねぇだろ。やっちまったもんは仕方ねぇ。」
「正当防衛ってことにしましょう。」
一応に暴力を振るおうとしたのは本当だ。
は少し狼狽した様子を見せたが、小さく頷いて胸をなで下ろす。青峰は灰崎が昏倒しているのを確認してから、大きく息を吸った。
「てめぇ、一人で行ってどうするつもりだったんだよ!どう考えてもどうにもなんねぇだろ!」
何の遠慮もなくを怒鳴りつける。
黄瀬と灰崎の試合が終わった途端、誠凛の部員たちとともにいたが立ち上がるのが見えたのだ。基本的に彼女は身体が弱く、突然倒れることもあるため一人で動くことは禁止されている。だから双子の兄である黒子や友人である火神、部員なども気をつけてともに動いているのだ。
その彼女が立ち上がり、勝手に動くのは、やましいことがある時だけ。
「止めるつもりでした。」
感情の少し乏しい声で、でも決然とした意志を持って、彼女は言う。
「だって、そういう方法は許せないから、です。」
黄瀬は努力して、灰崎を超えた。バスケで。それを違うやり方で覆そうなんて言うのは、一番酷い考えだ。だから彼を止めたかった。
「どうやって!」
「それは・・・」
「はぁ?!あいつぜってー女にでも手ぇあげんぞ!?」
実際にの胸ぐらを掴み、殴る寸前まで言っていたのだ。体格差もさることながら、男と女だ。に勝てるはずもない。
しかもは灰崎の大嫌いな赤司によく似た目をしているらしい。逆恨みで取り返しのつかないことになってもおかしくなかった。しかも男と女がふたりで人目のつかないところにいたのだ。いろいろなことが考えられる。
「・・・かもしれません。それは一応予想していました。」
は目をぱちぱちと瞬いて、小さく頷く。彼女は人の感情の機微を読むのがうまい。それにたまに青峰には考えられないくらい賢いのだ。何か考え合ってのことかもしれないと、青峰は自分の後頭部をかりかりとかいて、ため息をついた。
「しっかたねぇな。なんか勝算はあったのか?」
「いや、100%ないと思います。」
あまりにあっさりとした言い方だった。桃井までひくりと唇の端を引きつらせる。
「・・・てめっ、なんでそんな無謀なことすんだよ!俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ!?」
「でも、止めないとと思ったんです。」
「一歩間違えばおまえ殴られてたんだぜ!?」
「それは、忘れてました。」
「はぁ!?ふざけんなよ!」
青峰は無謀な自分の恋人に怒るが、は少し怒られていることに不満そうだ。それが青峰の怒りを煽る。
「、テツくんとおんなじで、なんかたまにすごいよね。」
桃井は困ったように笑った。
慎重そうに見えて、はたまに恐ろしく大胆なことをしでかす時がある。それは双子の兄である黒子テツヤもよく似ていた。
「ただの馬鹿だろ!?」
青峰は怒りのままに桃井をも怒鳴りつける。
「なぁにそれ?の方が百倍賢いでしょぉ?!」
「勉強はそうかもしれねぇけど、実生活はどう考えても俺だろ!」
「そんなことないですよ。わたし、料理も炊事も出来ます。」
「んな話ししてねぇ!おまえは黙ってろ!!」
「大ちゃん、あんまりいじめるなら、私がの家で泊まりするからね!」
桃井は人差し指を突きつけて青峰に言う。
「はぁ?なんでそうなんだよ!」
「女同士の積もる話もあるの。ね。」
「・・・ね?」
桃井に言われてもあまりはぴんとこなかったのか、小首を傾げながら賛成とも反対ともつかない同意を返す。
「ざけんなさつき!」
「えーーー、だって大ちゃんばっかりずるい。この間だってテツくんの家に泊まって!」
桃井としてはどちらかというとと黒子が双子で、の家に泊まると言うことは自動的に黒子の家に泊まると言うことだからこそ、青峰がうらやましいのだろう。
「ふたりとも泊まりに来ます?」
「え?!良いの?本当に!?」
「、てっめ!裏切ったな!」
桃井の輝く表情と青峰の複雑そうな表情を見ながら、は思わず笑ってしまった。
月の無謀さと太陽の攻防