「うわぁああああ、勝ちたかった、勝ちたかったっス!」



 会った途端大きな身体で抱きついてきたかと思うと、彼は泣きながらそれを繰り返した。何よりも、どうやっても、先輩のために、そして自分のために勝ちたかったと泣く声に、は思わず彼の身体を抱き留め、背中を叩いた。

 素直に感情を表現し、泣きじゃくる彼は、誰よりも真剣にバスケに向き合っていた。



「良い試合でしたよ。黄瀬君」



 双子の兄・テツヤと火神の勝利、それは同時に黄瀬の敗北を意味している。決勝に進めるのはあくまで2校のみ。勝敗はどうしても決まってしまう。勝利した方はもちろん嬉しいが、負けた方は悔しくてたまらない。それは仕方がないことだ。

 思い入れが大きければ大きいほど、辛い。

 ここは試合会場外のベンチだ。恋人同士ではないし、人目もあるので本来なら抱きつかれることはあまり良いことではないが、泣きじゃくり、悔しがる彼を拒む気に、はなれなかった。

 帝光時代、彼が入る頃にはすでに皆強く、他の中学に負けることがほとんどなかった。元々まっすぐで、いい加減そうに見えてもひたむきに勝利を求める性格だ。誰にも負けたくないと思ってきただろう。だからこそ、その悔しさは人一倍だ。

 震える彼の背中を優しく声をかけながら、規則的に叩いていると、時間はかかったが落ち着いてきたのか、息が整ってくる。慟哭に変わって鼻をすする音が加わるようになっても、はせかすことなく、泣きじゃくる彼を受け入れ、ゆっくりと待つ。

 気持ちの整理なんて言うのはなかなかつかないものだ。

 今のは小手先のカウンセリングで、誰かの背中を押そうとは思わない。それはきっと後からぼろが出て、崩れていくものだ。

 だから、辛い時は寄り添うことを決めていた。



「やっぱり、高校最初から、黒子っちに負けたのが、運の尽きだったんっすよぉ・・・」



 鼻をすすりながら、ぐずっと珍しく後ろ向きなことを言う。



「もう、やめてください、運勢だとか緑間君みたいなこというのは。」



 なんだそのおは朝の占いに頼っている緑間のような話は。

 あまりにいつもは無邪気な彼らしくない発言には苦笑しながら、大きな犬をあやすようによしよしと彼の頭を撫でた。ベンチに座っていて本当に良かったと思う。普通ならば彼の頭の位置は高すぎて撫でてあげられない。



「でも、ラッキーアイテム持ってたら、運気上がったんっすかね・・・」



 緑間のことを会話に出したからか、何やら話が変なところにそれた。それを泣きながら言ってくるのだから、は困って目尻を下げた。



「それでも負けてる時は負けますよ。」



 ラッキーアイテムを持っていたところで、負ける時は負ける。占いなど結局人の心への慰めだ。それが心を前向きにする手段であるというならば、結局の所それは別に何であったとしても良いのだ。

 今落ち込んでいるから、彼はそんなことを言い出すのだ。



「それに、貴方には毎日おは朝を見るような根気はないでしょう?」

「そうっすス!でもバスケは地道にやってるッスよぉ!!」

「はい。よく知っていますよ。バスケは大好きですもんね。」



 黄瀬は基本的にどうでも良いことは楽しく適当に返す。だが好きなことには熱中するのが常だ。勉強やどうでも良いことには全く根気のない彼も、バスケについてだけは恐ろしい程の努力を見せる。良くも悪くも熱しにくく、冷めにくい。

 だからこそ、軽そうに見えてもその悔しさは人一倍だ。



「悔しい、悔しいっス!」

「わかっていますよ。」



 は目を細めて、彼の泣き言を聞く。

 ベストコンディションなら、海常が勝っていただろうと思うほどに、彼は強かった。来年になれば勝敗は全くわからない。否、勝敗というのは所詮その時のコンディションにもよるので、絶対的なものではない。

 誰もがベストの力を出せるかと言われれば、そうではないのだ。



「絶対次は誠凛に勝ってやる!」

「期待していますよ、」




 少し彼が身体を離したので、目尻にたまった彼の涙を拭ってやる。するとますます悔しさを思い出したのか、ぽろぽろと彼の明るい色合いの瞳から涙がこぼれた。

 青峰に負けた時も、こんな感じだった。あの時はもっと慰めるのに時間がかかったが、今回はまだましな方で、あの日はほぼ一日から離れず泣きじゃくっていた。それほどに、青峰に負けたことは悔しかったのだろう。

 今回も悔しさは変わらないようだったが、それでも力を出し切ったという満足感はあるようだった。



「うぅ〜」



 抱きついて唸っている彼は、本当に子供だ。

 には双子の兄はいても弟はいないのでわからないが、自分に弟がいればこんな感じだったのかもしれないと思うことが増えた。やんちゃな弟を心配し、時に慰める姉のような感じだ。




「少しは落ち着きました?」




 息も整い、涙も止まったであろう彼に、にっこりとは笑いかける。



「うん。」



 タオルで自分の涙を隠すように拭いて、黄瀬も一通り愚痴って、泣いて満足したのか、大きく頷く。その瞳に宿るいつもの明るい色合いを確認して、はもう一度彼の頭を撫でてやった。



「良いんっスか。黒子っちの所行かなくて。」



 情けなく鼻をすすりながら、黄瀬は確認する。



「良いです。彼らは間違いなく元気でしょうから。」



 は黄瀬を安心させるように笑った。

 勝った彼らは、喜んでいるだろうし、黒子と火神には次の試合への集中も必要だ。手をさしのべるべきは、多分黄瀬に対してだとはすぐに思って、彼に会いに来た。ただ、まさか部員の前だというのにすでに泣き崩れていて、を見た途端に思いっきり体当たり並みのスピードで抱きついてくるとは思わなかったが。



「ごめんっ、服汚れたかも、」



 我に返って気づいたのか、黄瀬はしょんぼりして謝る。

 彼は試合後そのままに抱きついてきたため、汗だくだった。も普通のコート姿だったため、においも何もかも染みついてしまっている。寒いので流石に今脱ぐのは嫌だが、一度コートも帰って洗うことになるだろう。



「良いですよ。それにしても黄瀬君、」

「何っスか。」

「ちゃらい女の子ではなく、貴方は年上の落ち着いた人見つけた方が良いですよ。」



 が言うと、黄瀬は虚を突かれたようなきょとんとした顔をしたが、すぐに力が抜けたように相好を崩した。



「なんっすか〜、それ。」

「言葉の意味のままですよ。あまり遊んでばかりいると、見つかりませんよ。」 



 軽そうに見えて、案外黄瀬は真面目だ。無邪気で奔放なくせに、もろいところがある。多分同じタイプでは黄瀬を支えてはいけない。少し心の余裕のある、彼の泣き言につきあってくれる穏やかな人を探すべきだ。

 もちろん彼の容姿ではなかなか難しいことは承知だが。



「あ〜あ、俺、青峰っちがいなかったら、っち狙ってたのに。」



 黄瀬はふざけたように笑う。



「すぐに諦めたのによく言いますよ。」



 は肩をすくめて、笑い返した。

 確かに一瞬、黄瀬の瞳に混じる自分への恋愛感情を、は感じたことがあった。だがそれはいつもあっさりと青峰が来ると消えていた。彼にとって青峰は憧れであり、その恋人であるもハードルの高い、夢のようなものだったのだろう。

 黄瀬はなかなかそれを超えられなかった。実際に今でも青峰に一度も勝てたことがない。



「大丈夫ですか。」



 はベンチに座っている彼に手を伸ばす。足を怪我しているので、一人では控え室にも戻れないだろう。



「悪いっすね。」



 少し目尻を下げて、情けない表情で彼はつかまる。

 いろいろなことはあった。黒子とに再会してから始まったこの戦い、黄瀬のウィンターカップは終わった。後は怪我を治して来年のインターハイに備えて頑張るだけだ。苦い失恋と、敗北と、確かな次への手応えを感じて。

 だから、次は頑張るから、今、もう少しだけ、彼女に自分を支えて欲しかった。




ひまわりが焦がれた双月