黄瀬を支えるにばったり会ったのは、偶然ではなくなんとなく予想していたからだ。
「あ。と、きーちゃん。」
桃井が困ったような顔をして、ベンチに座っている黄瀬とを見て、それから青峰に視線を送ってきた。青峰は大きなため息をつくしかない。黄瀬は泣きながらに抱きついていて、何かを言っている。もそれをうんうんと聞いて、背中を撫でていた。
昔から、は黄瀬を宥めるのがうまかった。
海常が桐皇に破れた時も、泣く黄瀬には一日つきあっていたのだという。中学時代、寄り添い合うのが当たり前のようなその雰囲気が気に入らなくて、青峰は黄瀬がバスケ部に入ってきた途端に危機感を抱き、に告白し、つきあい始めた。
青峰は彼女が好きだったからこそ、どうやって声をかけたら良いのか悩んだが、黄瀬は逆にが好ましいと感じたからこそ頻繁に声をかけた。根っこは同じで、対称的で、だからこそ、どちらがどちらの場所にいてもおかしくなかった。
「あれ?焼き餅やかないの?」
桃井は黙っている青峰に尋ねる。
「やいてる。でも、これは仕方ねぇだろ。」
青峰は腕組みをして、自分のざわつく感情をため息とともにはき出した。
いつもの青峰なら、黄瀬と一緒にいるなど聞いただけで虫ずが走るし、を無理矢理引っ張って連れ戻しただろう。自分がどちらかというと嫉妬深い方だと言うことは百も承知だ。だがそれをしないのは、今黄瀬にはが必要だとわかっているからだ。
「そっか、大ちゃんも大人になったんだね。」
「うるせぇ。」
桃井の言葉に素っ気なく返して、黄瀬が落ち着くのを待つ。どうせ小柄で非力な彼女一人で怪我をした黄瀬を控え室まで運ぶなど不可能だ。支えると言っても黄瀬はどう考えても重たい。手伝いが必要になるだろう。
流石に黄瀬を支える彼女を多くの人間に見られるのは青峰としても気分が悪い。黄瀬はもてるし、との仲を邪推されても困る。それでなくとも人目につきにくい場所とは言え、人通りのないわけではないベンチで抱き合わっているなど、何を言われても文句は言えないのだ。
だから、泣き終われば、青峰の手がいるはずだった。
「私、はきーちゃんとつきあうと思ってたけど、なんか大ちゃんとつきあった理由がわかっちゃった。」
桃井はにこっと笑う。
「何がだよ。」
「いや、ちょっと大人になった幼馴染みを慰めてあげようと思って。」
「うっせぇな。」
確かにこれが我慢のきかない、嫉妬深い青峰にとっては最大の忍耐である。桃井を見下ろすと、彼女は楽しそうに笑っていた。
「多分、きーちゃんは、のことを頼れる人だと思ってるし、もきーちゃんを頼ってくる人としか見てないんだよ。カウンセリングとは少し違うけど。」
まさに、黄瀬に対しては保護者的な感覚なのだ。は。黄瀬は僅かなりとも恋愛感情を持っていたかもしれないが、それが完全に頼りになる存在という大きさにすり替えられてしまっている。自身も、黄瀬を男と言うよりは自分を頼ってくる存在としてしか見ていない。
この関係が固まる前だった中学時代ならともかく、今となっては仮に青峰とが別れたとしても、その関係は並大抵では覆らない。
だからこそ、今は恋人である青峰に対して何の罪悪感も抱かず、黄瀬を慰めているし、黄瀬の方も青峰に遠慮なく彼女に慰めて欲しいと抱きつけるのだ。二人ともけして器用なタイプではないし、素直だ。そういう隠れた不義は絶対に出来ない。
「良かったね。大ちゃん。」
「意味わかんねぇよ。それは黄瀬がどうかって話しだろ。」
「だーかーらー、にとって、大ちゃんは頼ってくる存在じゃないんだよ。」
黄瀬はを頼っている。だが、青峰は違う。
縋ったことはないし、頼ったこともない。まっすぐな恋愛感情を向けたことはあるが、彼女に相談に行ったこともなく、ただ、傍にいたいとだけいつも思っていた。
「それに、が自分から望んだんだもん。」
彼女はカウンセリングでもそうだが、すべてにおいて受動的だ。誰かが相談したり、話すことに、答える。慰める。全ては相手の行動を受動してからの、対応だ。それにもかかわらず、彼女は能動的に青峰を選んだ。
自分と違うからこそ、青峰を選んだのだ。
「・・・んなのどうでも良いさ。」
青峰は桃井の話が半分くらいしかわからなかったが、理解する気もなかった。
「俺は、あいつが好きだ。で、あいつも俺が好きなら、それで良い。」
どんな風でも、鈍感でも、彼女が好きだ。そして彼女が自分を好いてくれている。それがわかれば青峰にとって十分だ。つまらない理屈なんて良い。
ベンチで抱き合っていたと黄瀬を見ると、黄瀬を控え室に返すつもりなのか、黄瀬が何とか立ち上がり、が彼を支えていた。だがやはり黄瀬の体重を支えるのは結構辛いのか、歩くのもよたよたしている。
どう見ても控え室につく前に二人で共倒れだ。
「出だしからつぶれそうじゃねぇか。」
「、背も小さいから、あれは駄目だね。」
桃井も小さく苦笑する。青峰もため息をついて、黄瀬との方に歩み寄った。
「よぉ、ふらふらじゃねぇか。」
「青峰っち?」
黄瀬は眼を丸くして、青峰を見る。やはり目元が赤いのは泣いていたからだろう。それに気づかないふりをして、が支えていない方の腕を自分の肩に回させる。途端に当然だがが支えていた重みはほとんどなくなった。
「大輝君、さつきちゃん、来てたんですね。」
「あぁ。ぎりぎりだけだけどな。さつきに連れてこられたんだよ。」
青峰が来たのは最後のほうだ。が誠凛のベンチにいたことは知っているが、最初から見ていたわけではない。
「えーマジっすかぁ〜、負けるところだけ見に来るとか、最低っす。」
「よく言うぜ。落とすぞ。」
「そうなったらっちが一番につぶれるっすよ。」
が黄瀬を一人で支えられないことくらい、気づいていたらしい。今青峰が支えるのをやめれば、つぶれるのは間違いなくだった。
「良い試合だったね。私ちょっと泣いちゃった。」
「わたしもです。」
桃井が言うと、も笑って返した。
良い試合だった。どちらの思いも伝わってきて、切なさと嬉しさと、ない交ぜの感情がわき上がるその場所の近くにいて、は思わず試合を見ながら涙した。どちらにも勝って欲しい、心からそう思ったけれど、それは出来ない。
何とも言えない、こみ上げてくる感情が何かわからない。そんな涙だった。
「えぇ?!っち、泣いたんっすか?」
知らなかった黄瀬は驚いて問う。結構は涙もろいが、それを知る人間は少ない。彼女はほとんど黄瀬の前では泣かない。先に黄瀬が泣いてしまうからだ。
「ま、テツ相手に頑張ったんじゃねぇの?」
ぐしゃっと青峰は黄瀬の頭を片方の腕で撫でる。
「・・・うるさいっすよ!来年はみんなを絶対ぎゃふんと言わせてやるんで、覚悟しとくっス!!」
いつのもの調子が戻ってきたのか、黄瀬は強気で返し、そっぽを向く。だが足は相当痛むのか、表情を歪めていた。
「はっ、ほざけ。俺だってテツにリベンジが残ってんだよ。」
「そうですね。でもテツは負けないですよ。」
は青峰の言葉に楽しそうに笑って返す。
「よく考えたら、の学校が勝ったって訳だもんね。ウィンターカップ。」
桃井もどうしてもを敵とみることが出来ずに忘れてしまいがちだが、決勝に進んだのは、結局の所誠凛高校。と高校である。一応バスケ部のマネージャーを務めているので、彼女が支えていると言っても間違いはない。
結局昔から、キセキの世代はなんだかんだ言って黒子とには勝てないのかもしれない。
「変わろうか?」
桃井が黄瀬を支えているに尋ねる。彼女は非力なので辛いだろうと思ってのことだったが、は首を横に振る。
「いえ、まだ大丈夫です。それに、」
今は彼を支えてあげたいから、と口にすることはなかった。でもその気持ちは黄瀬にも伝わったのだろう、黄瀬は精一杯の笑みをに向けた。
その笑顔はもう、曇ってはいなかった。
同じ月、でも俺の月