青峰との関係が元に戻ると同時に、彼がの家に泊まることが増えた。ついでに年明けの実力テストの勉強が迫れば、いつの間にかを頼って皆がやってきたため、結局中学の時とは全く変わらないような状態で、勉強会見お泊まり会が繰り広げられることになった。



「・・・なんかもう合宿ですよね。」



 集まっている面々を見て、黒子は小さく息を吐く。



「まぁ、こういうのもたまにはいいのかもしれないな。」



 赤司は緑色のソファーに腰掛け、戯れに本を広げながら、珍しく目を細める。だが黒子は自分の家、しかも妹の部屋だけにあまり良い顔は出来なかった。

 の部屋は黒子の部屋より広い。だがグランドピアノがあるので狭く見えるが、それを横に寄せ、ソファーベッドをソファーにして端に寄せれば、カーペットの上にちゃぶ台を広げるくらいの空間は確保できる。

 そのちゃぶ台には大量の教科書やプリント、参考書が広げられ、主に成績のやばい黄瀬、青峰、そして火神の三人がの作った“山”という名の予測問題とにらめっこをしている。少し離れたの勉強机の椅子には緑間が、ピアノの大きめの椅子には、紫原が座っていた。

 はちゃぶ台の隣で、馬鹿三人組の勉強を監督している。本当は桃井も誘ったのだが、彼女は親の用事で今日は忙しいらしく、明日やってくる予定だ。



「あー本当に、ウィンターカップ終わった途端に勉強とか、勘弁っスよ。何っすか、このCって。」



 ちゃぶ台に突っ伏して、数学のプリントを見ながら黄瀬がぼやく。



「Cって何だ?アルファベッドだろ?」



 全く意味のわかっていない火神が首を傾げて木瀬に尋ねる。



「おまえら馬鹿だな!それ数学だぜ!!」



 俺知ってる!といった雰囲気で青峰は黄瀬を馬鹿にして笑うが、彼が内容を理解していないことを知っている緑間や赤司、黒子、そして勉強を教えているは冷めた目だ。数学だとわかったところで何の意味もない。むしろ哀れみすら覚える。



「あの、三人とも、そのCの説明をしますから、こっち見てくれますか?」



 がA4サイズのボードを持って、三人の注目を集める。そして誰でもわかるような例を使いながら絵を描き、簡単に説明していく。それはまるで小学生に言い聞かせるような簡単な内容で、それが終わってから、三人に数学の問題をやるように指示をした。



ちん、それわかったから、このマフィンもうない?」



 紫原は、説明を終えたの服をくいっと引っ張って、お菓子をねだる。

 はお菓子作りが得意で、そのお菓子は紫原の好物だ。定期的に秋田に送ってこいと言うくらいには好んでいる。



「それはもうないですから、このマドレーヌで許してください。」



 も慣れたもので、そう言って手元にあったマドレーヌを紫原に渡す。彼もそれで満足したのか、それについていた紙をとって食べ始めた。




、おまえもよくこの馬鹿どもにつきあう気になるな。」




 赤司はむしろ感心したようにしみじみと言う。

 黒子の家に泊まりに来たのは、宿のことを考えればあり得る話だ。ウィンターカップが先日終わり、東京に滞在するつもりだった赤司と紫原を、黒子が誘ったのだ。ここまではある程度予想通りだし、京都と秋田の高校である二人を中学時代の旧友が泊めることは自然。

 しかしまさか勉強のために青峰、黄瀬、火神の三人までここにいるとは赤司も予想していなかった。



「はい。あまりに目も当てられない成績だったので、放っておけなくて。しかも・・・大輝くんに至っては他の部員に課題をやらせていたらしくて、その、」

「部員に同情したと。」

「はい。というか、それぞれのチームのキャプテンたちに。」




 赤司の補った言葉に、は真剣な顔で頷く。

 欠点だけなら本人の責任だと思うのだが、レギュラーから落ちると、他の部員たちに迷惑がかかる。また課題に関しても青峰に至っては自分でやらないので、他の部員たちがやっており、それへの恨み辛みと苦労話を、桐皇の今吉から聞かされ、気の毒に思ったのだ。

 それは誠凛のキャプテンの日向と海常のキャプテンである笠松も同じで、火神と黄瀬の成績の悪さに手を焼いて、は良く愚痴られていた。




「仕方ないっスよ〜、っちに教えてもらえなかったら、俺たち全部赤点で、留年っスわ。」

「そんな自信を持って言うような話ではないのだよ。」




 黄瀬のあっさりと開き直った言い訳に、緑間が冷たい言葉をかける。とはいえ緑間も最近はの作った“山”を借りていたため、同列とは言わないまでも似たようなものだ。もちろん、成績のレベルは全く違うのだが。



「流石に高校で留年は気の毒だと思うんです。」

「気の毒なのは彼らの頭の方だと思うんだけどね。」



 赤司はの擁護に辛辣な答えを返しながらも、帝光中学時代キャプテンをしていた頃は、自分も彼らの欠点に目を光らせ、彼女に頼んでいたのだと思い出して苦笑した。

 頭が良いと言っても赤司としてはこんな馬鹿どもに勉強を教えるのはまっぴらごめんだ。



「本当に青峰、おまえはもう少しに感謝すべきなのだよ。」



 緑間は眼鏡をあげ、ちらりと数学のプリントを食い入るように見ている青峰に言う。



「うるせぇ。」



 青峰は数学の方に忙しかったのか、シャーペンを回しながらぽつりと反論した。



「峰ちん、ちんとより戻したの−?」

「別れてねぇよ!」

「えー、ずるいー、良いな−。ちんのお菓子。」

「おまえ、が欲しいのか、菓子が欲しいのかどっちなんだよ。なんかと勘違いしてるんじゃねぇか?」

「だってーちんはお菓子だよー。」



 間延びした声で、大きな図体ながら首を傾げ、可愛らしく紫原は言う。

 彼の中では=お菓子という図式しか浮かばないらしい。とつきあっているというのがずるいと言うより、いつでもお菓子を持っているのがずるいと言うことなのだろう。嫉妬を抱く対象にもならず、青峰はため息をついた。



「あー、わけわかんね。あれ、この横についてる数字ってなんだっけ?」



 火神が何問かやっているうちにわからなくなってきたのだろう、頭をぐしゃぐしゃにしながら首を傾げる。



「火神くん、この紙を見て思い出してください。」



 は自分が先ほど説明の時に書いた紙を火神に見せる。火神もそれを見れば思い出したのか、もう一度プリントに戻った。




「出来たっスよ!黒子っち答えあわせを頼むっす!!」

「大問一番はともかく大問二番が全部違う気がするんですけど。」

「マジっすかぁ!?」





 黄瀬は衝撃を受けたのか、真っ青の顔で言う。



「早く出来れば良いってものではないだろう。」



 黒子が受け取ったプリントを隣からのぞき込んだ赤司が呆れたように言って、黄瀬を諫める。彼としてはつまらないものは早く終わらせたいというのが心情だったのだろうが、間違っていては結局やり直し、意味は全くない。



「・・・、僕は彼らがこの問題をあと一週間で解けるようになる気がしないんだが。」



 赤司は火神のプリントを見ているに言う。

 冬休みが終わるまでにあと1週間半。年末年始を含むので、一週間もない。年明けの実力テストにこの問題が解けるようになるとは、赤司には到底思えない。




「大丈夫です。出来るようになると思っていません。欠点の30点を超えていれば良いんです。期待してません。」



 の回答は至極妥当なものだった。



「・・・なるほどな。納得した。」




 別にこのプリントをすべて解けるようになる必要はないのだ。それを赤司は納得したが、正直やはりそんな馬鹿どもに時間を割こうとするの気持ちは、全くわからなかった。









「結局テツがの部屋で寝んのかよ。」



 青峰は不満そうに口をとがらせてため息をつく。

 せっかく彼女の家に泊まりに来たというのに、彼女の部屋で眠っているのは彼女の双子の兄の黒子テツヤで、青峰は結局黒子の部屋に泊まることになってしまった。



「当然だろう。奴らは実の兄姉なのだから。」

「おまえらのせいだけどな。」




 すました顔で言う緑間に、青峰は冷たい視線を向ける。




「そんな酷いこと言わないでくださいよ〜俺だだって悪いなって思ってるんっスから。」




 黄瀬は苦笑しながらばんばんと布団に寝転がっている青峰の背中を叩いた。



「そうだぜ。俺なんて終電乗り遅れたんだからな。てめぇが問題とくのが遅いから、」

「黙れ火神!歩いて帰れ!だいたい、おまえらのせいだろうが!おまえらさえいなけりゃいつも通り俺はの部屋に泊まれたんだよ!!」

「なにそれ〜峰ちんばっかりずるい。ちんのお菓子食べれて。」

「んな話ししてねぇ!!確かには料理うまいけど!!」

「邪魔して悪かったとは思うけどね。」




 ぷりぷり怒る青峰に、赤司は本から顔を上げることなく苦笑する。

 結局、流石に彼氏でもない男がの部屋に泊まるわけにはいかず、黒子の部屋で黒子以外のキセキの世代と火神が雑魚寝と言うことになってしまった。おかげで布団を大量にしいて、その上に適当におのおの布団を持って寝転がると言うことになっている。

 バスケ部の合宿以来、キセキの世代がこうして集まることは本当に久しぶりかもしれない。



「ま、これもテツのおかげだけどな。」



 青峰はぼそりと呟くように言った。

 彼がいなければ、こんな穏やかな形でキセキの世代全員が集まることはなかっただろうし、と円満な形で笑い合うこともなかったと思う。うまく口にすることはできないが、青峰は心から彼に感謝していた。



「あれ?青峰っち、素直っスね。最近黒子っちに悪態ばっかりついてたくせに。」

「あぁ?そうだったかぁ?」

「そうっすよ!邪魔されてばっかりっすからね!!」



 今日もそうだが、黒子は何かとと青峰が出かけたり、泊まったりするのを邪魔することがある。で双子の兄の言うことはよく聞くので、青峰はそれに抵抗できず、何かと疎ましさを口にすることも多かった。

 ちなみにその愚痴が桃井から話しやすい黄瀬の所に来るのだ。



「普通じゃないのか?おまえががっつきすぎなのだよ。」




 緑間も多少の事情は黒子やから聞いている。

 中学時代から見ていても、青峰の愛情は重たい。それなりにには優しくして隠してはいたが、やはり家も近く、関係が深まれば誤魔化せるものではない。最近誠凛で青峰の目撃情報が多いのも、そのためだった。

 元々は元部員たちと遊ぶことも会うことも多いので、自然と青峰もついて行くようになっていて、緑間としては相談事がある時に青峰を避けるのが面倒くさい。



「でもー確かに、黒ちんって昔っからすっごい過保護かも?」




 紫原がの作ったクッキーを食べながら、ぽつりと言う。

 黒子はどちらかというと人を穏やかに見守るタイプだ。バスケはともかく、彼はそれ以外の時間は基本的に学校の休み時間までと一緒で、離れていたのをほとんど見たことがない。



「そういや、あいつら三年間同じクラスだったよな。」



 青峰はふと思い出してそれを口にした。

 今もと黒子は同じクラスだが、よく考えてみれば中学時代一度もクラスが離れたのも見たことがない。中学時代同じ学年に双子は二組いたが、もう片方は一度くらい他のクラスになっていたし、他の学年の双子もそうだった。

 こんなに偶然というのは重なるものかと首を傾げると、その答えを赤司が口にした。




「あれは、そうされていたんだよ。」

「はぁ?なんで?」

「必要性があったからだよ。倒れた時の対応などが簡単には出来ないからね。」



 一年の頃はまだ彼女は入退院を繰り返しており、同じクラスの方がいろいろと便利だったのだ。2,3年生もおそらく同じような理由だろうと赤司は推測している。学校側もの体調を把握していたのだろう。



「でも別になんもねぇけど、今も同じクラスだぜ?」



 火神は赤司の言葉に首を傾げる。

 高校に上がってもやっぱり、黒子とは同じクラスだ。火神も同じクラスだからよく知っている。席も近所だ。




「それは、テツヤ自身であり、の問題でもあるかな。まぁテツヤの考えはよくわからないけど、の考えは手に取るようにわかるし。」



 赤司は寝転がりながら読んでいた本を閉じ、「大輝にとっては疎ましいだろうけど。」と付け足した。



「どういうことっスか?」



 赤司の言っていることがよくわからず、黄瀬は首を傾げる。



「そういや、おまえとのどこが似てるんだよ。」



 青峰はぎろりと赤司を睨む。それは僅かな嫉妬と、赤司が抱く彼女へのこだわりへの疑いが含まれていたが、赤司は二度ほど目を瞬いただけだった。



「誰から聞いたんだい?それは。」

「灰崎だよ。あのくず、を殴ろうとしやがった。」

「そうか。昔から奴はを屈服させたかったらしいからな。」





 僕の代わりに、とは赤司は口にしなかったが、灰崎が望んでいた理由はそれだ。

 昔から灰崎はにちょっかいをだしていた。それはが赤司によく似ており、その目を彼が恐れ、嫌悪していたからだ。だから弱いに手を出し、彼女を手に入れようとした。もちろんすでに彼女のことを好きだった青峰に返り討ちにされていたが。



「あえて言うなら目かな。だから僕はと話すと楽だ。それは同じ能力で違う視点の話がきけるからだ。」



 学力レベルという点だけではなく、能力的な問題でと赤司はよく似ている。だが視点が違うため、赤司はどういう手を取るべきか少し迷った時、彼女に相談することにしている。



「同じ能力で、違う視点っすかぁ?」



 黄瀬は難しい話はよくわからないとでも言うように、理解していない表情で首を傾げる。それは青峰も火神を同じで、ぽかんとした顔をしていた。



「要するに、潜在能力が同じということなのだよ。」




 緑間が赤司の言葉を補う。


「え?じゃあ視点は?」

「青峰、おまえはもう少し人の話を理解しようと思って聞くべきなのだよ。要するに、育ちが違う、ということだ。」



 と赤司は潜在能力としてはよく似ている。非常に有能な頭脳と、他人の才能を見抜く洞察眼。同じ育ち方をしていれば、同じような性格と能力を持って上に君臨しただろう。だが、は身体が弱すぎた。能力を生かすに必要な努力を、することが出来なかった。



「僕にはある程度のことが予想できるし、無駄なことは判別する。もちろんそれはも同じだ。だからこそ、病弱なは絶対に一つの答えにたどり着いたはずだ。」




 赤司はたまに彼女が見せる感情の欠けた表情を思い出す。



「それは自分が一番無駄だと言うことだ。」



 自分が一番非生産的で、必要のない存在だと言うことを、は早々理解していた。彼女の病気は当初、治らないと考えられていた。様々な物事の先が見えている彼女にとって、自分が一番無駄な存在だと言うことに、彼女は気づいていた。

 赤司はその力で自分を高めることが出来た、だが彼女はその力で自分の将来を見限っていただろう。




「な、なんだよ、それ。」



 青峰は呆然とした面持ちで呟く。彼にとって愛する女性が出したその答えはショックだろう。だがそれはすでに過去のことだ。彼がそんな顔をする必要はない。





「でも、その感情に気づいたのは、テツヤもだっただろうね。」



 双子として、常に一緒にいた黒子は、がそう考えだしたことを理解していただろう。は赤司と違い完全ではない。嘘をつくのはそれほどうまくはなかった。ましてや洞察力という点では黒子も優れたものがある。

 双子の妹の変化に、気づかないはずもない。




「だから最初の話に戻るんだよ。」





 赤司は小さく笑って、言葉を選ぶ。



「テツヤは、に、自分にとっては必要だと示そうとしたんだ。」



 その才能も、世界にとっての彼女も、無駄な存在なのかもしれない。ひとりぼっちの彼女は、なんの役にも立たないのかもしれない。でも、その彼女を双子の片割れの自分だけは必要としていると示そうとした。

 依存している、だからいなくなっては困るのだと、を繋ぎ止めようとした。

 おそらくクラスに関しても、黒子が学校側に申し入れたはずだ。病気を理由にして、同じにしてくれ、と。



「だからテツヤが過保護なのは、仕方のないことなのだ。ずっとを一人で守ってきたのだから。」




 一緒にいてあげると、口で言うのは簡単だ。でも一つの命が自分の肩に掛かっているのは、とても重たい。

 それでも黒子は妹を守り続けてきたのだから。



変わらない