存在すら認識されないことの多い兄の黒子と違い、は幼い頃から結構もてた。

 影が薄いことも大人しいことも、女性なのでそれなりに美人であれば関係ないらしい。特によく人の話を聞いて笑う彼女は存在を認識された途端に好意を寄せられることが多かった。問題を避けるため、高校に入ってからは火神と双子の兄、黒子テツヤから離れることは全くなかった。

 そのため、学内ではいつの間にか、と火神はつきあっていることになっていた。



「僕はその方がまだ良いと思うんですよね。」



 ちうちうとバニラシェイクを吸いながら、黒子は目の前にいる青峰に言う。



「なんだよそれ?不満に決まってんだろぉ?」



 青峰としては自分の彼女が別の人間とつきあっているなんて噂があるだけでもむかつく。正直学校に乗り込んでいきたい気分だったが、黒子は軽く小首を傾げて、不思議そうに青峰をその丸い瞳で見る。



「おまえ、すっげぇ嫉妬深ぇな。おい。」




 火神は呆れたようにため息をつく。

 ちなみに名誉のために言うなら、火神にに対する恋愛感情はない。もしもそのままの彼女ならば好きになることもあったかもしれない。だがすぐに勘のよい火神は、が自分を誰かに重ねていることを知っていた。

 おそらくタイプ的に火神は彼女の好む性格をしているのだと思うが、それだけだ。

 それでもつきあっているとか言う噂を放置しているのは、一度大人しい彼女を襲おうと話している奴らを聞いてしまったからだ。

 どれだけ賢いと言っても彼女は非力で、病弱でろくに走れない。盾ぐらいになったところで別に自分に痛みはないので、気にしていなかった。




「当たり前だろ。彼女が他の男とって噂があって良い気分がするかよ。」





 青峰は火神を睨んで、ため息をつく。



「でもむしろ彼らも安全ですよ。」

「なんの心配してんだよ。」

「相手の。」

「はぁ?」



 訳のわからないことを言う黒子に、火神は目をぱちくりさせる。



「知ってたのかよ。」



 青峰はぎっと安っぽいファーストフード店の背もたれに体重をかけ、にやりと笑う。それはぎしりと軋んだ。



「よく言いますよ。灰崎くん、ボコったこともありますよね。彼はプライドが高いので言わなかったようですけど。」

「要するあれか?中学時代、に近寄る奴は青峰がボコってたって話かよ。」

「直接的な言い方をするとそういうことですね。」



 黒子は火神の見解が正しいことを伝えた。

 の方は全く知らなかったことだろうが、やはり黒子の方はある程度知っていたらしい。彼はやはり妹のと同じで洞察力に優れているし、存外人の動きをよく見ていたので、青峰のことも承知だったのだろう。

 中学一年の頃から、青峰はのことが好きだった。

 丁度色恋沙汰に目覚め始めるその時期、皆浮き足だったりしていたが、だからこそ間違った方向に走る人間も多い。他人の感情の機微を読み取るのが得意で大抵のことはうまくやる彼女だが、恋愛関係になると、彼女はよく読み間違った。

 それは彼女が恋愛を理解していなかったからだ。

 彼女はそのことにおそらくあまり気づいていない。なぜならそういった事態のすべて青峰が裏で手を回して相手を押さえていたからだ。



「いっとっけど、俺だけじゃねぇからな。部員がいなくなっては困るとか言って、赤司とか他の奴もノリノリだったんだからな。」




 正直青峰と赤司は全く気が合わない。だが互いに利害が一致した時、赤司ほど便利な相手はいなかった。なぜなら彼は青峰に一番ないものを持っていたからだ。賢く特別な観察眼を持つは赤司にとっても利用価値のある存在で、いなくなると困ると考えていたのだろう。




「知ってますよ。ついでに桃井さんがもみ消してたでしょう。」

「天下の帝光バスケ部そろって暴力事件のもみ消しかよ。ろくでもねぇな。」




 火神は呆れたように言って、口にハンバーガーを放り込む。




「うっせぇよ。の奴、そういうことに疎いから、すぐについて行きやがる。」

「あの子、危機感ないですからね。」

「おまえが過保護だからじゃねぇのかよ。」




 青峰は他人事のような言い方をする黒子を睨んだ。黒子はバニラシェイクから顔を上げ、何度か丸い瞳を瞬く。

 小さい頃から双子であったため、二人は一緒に動いてきた。とくにの身体が弱かったため病院を出てからは男女だとは思えないほど常に一緒にされ、班やクラスも離れたことがなかったのだという。それは中学時代も同じだ。

 が恋愛ごとから遠ざかっていることも、そして何やら無謀なことも、それなりに黒子がフォローしてきた結果である。





「まぁ、ひとりで出来ることは少ないですけど、二人で出来ることは多いですからね。それにいつも僕はあの子にとっての外の世界の入り口でしたから。」





 そのことについて、幼い頃から別に不満はなかった。

 身体が弱くて、何も出来ない、ひとりぼっちのを、黒子はいつも置いていけなかった。だから気づけば二人だけで遊んでいた。

 それを心苦しく思っていたのは、の方だったと思う。

 だからこそ荻原と黒子が遊び始めた時、はそちらに行くように言った。どうしても体調を崩しがちでそれを理由に遊びに行けないという黒子を必死で自分の部屋から追い出した。黒子の外の世界が広がり始めると同時に、はひとりになった。



 ――――――――――――ねえ、もう来なくて良いよ。テツの所に行ってあげて、



 病室を訪れていた両親に、彼女が言ったことがある。

 中学校の初めに移植を受けるまで、の病状は悪くなるばかりで、本人もそれを理解していた。外の世界との関係が閉ざされるにつれては病んでいった。彼女のすべては出来るか、出来ないかの判断しか持っていなかった。

 彼女はすべてを諦めていた。


 だから、荻原がいなくなってから、また黒子は妹の傍に戻った。彼女の隣に並ぶ人が出来るまで、時間が許す限りはひとりぼっちの彼女の隣にいようと心に決めていた。

 自分が無駄だと思う彼女に、双子の兄である自分だけは、彼女を必要としていると思わせるために。





「おまえ、シスコンだもんなぁ。案外。」




 火神が笑って、黒子を茶化す。




「そうですよ。世の中のお兄ちゃんはみんなシスコンです。」




 黒子はいっそすがすがしいほどあっさりと、変わらない表情で頷いた。



「案外ちまちま俺の邪魔してくんもんなぁ。うぜぇ。」



 青峰は机に突っ伏してため息をつく。

 結局の所、青峰との関係が悪くなっていたため東欧に行かないことはまだしも、が高校に誠凛を選んだのは間違いなく兄がいたからだ。バスケに興味のなかった彼女に、それ以外の理由はない。




「当たり前ですよ。それに今だけですから。」




 多分、自分の役目は高校を終えるまでだ。の成績なら大学もどこでも行けるし、多分今度こそ青峰が推薦で入る所を受けるだろう。そうなれば、黒子もやっとお役御免だ。少し寂しいが、幼い頃からいつかそうなることは覚悟していた。




 だからもう少しだけ、彼女の傍にいたかった。
もう少しだけ