幼馴染みの赤司征十郎と住むようにと兄に言われた時は、なんと答えて良いかわからなかった。

 学校では酷いいじめに遭っていて、でも海外にいる両親や兄に心配をかけたくなくて何も言えず、一人で抱え込んでいた。それでとうとう耐えきれなくなったのは、一年生の二学期の半ばにさしかかった頃。祖母の家の離れに住んでいたが、いつしか学校に行けなくなり、部屋で一日中ずっと閉じこもって2週間もたっていた。

 学校から連絡が行ったのか、無理矢理休暇を取って日本に帰ってきた兄が、呆然とした面持ちでを見ていた。きっと引きこもりになった妹を悲しく思ったことだろう。

 両親や兄が忙しいのは知っていたから、海外からわざわざ帰ってきてもらうなんて申し訳なくて、ごめんなさいと泣きながら言うと、兄は自分を抱きしめて心配するなと言ってくれた。でもはいじめなんかに負けてしまった自分が情けなくて、申し訳なくて、涙が止まらなかった。


 とはいえ両親、二人の兄ともに赴任先が危険地域であるため、を連れてはいけない。


 そこからの長兄の対応ははやく、まず怖くて家から出られなくなっていたを精神科にかけ、その間にいろいろな所に相談し、両親と話し合った上で、幼馴染みで小学校の一緒だった赤司征十郎のいる帝光中学に、正月を境にを転校させることに決めた。

 そして引きこもりを心配してか、赤司の家に一緒に住むようにと言われてしまった。




「・・・」




 はじっと料理を作っている赤司を見つめる。

 彼は幼い頃からしっかりしていて、小学生時代はのんびりしたをいつも陰で支えてくれたり、フォローしてくれたりしていた。だから小学生時代に自分がとろいとか、鈍いとか、鈍くさいと言うことを、は理解していなかった。

 結果的にそれも、いじめの原因になった。



「ごめんね。」



 ソファーの上で膝を抱えて、小さく呟く。面と向かって言う勇気はもうにはなくて、今も彼の目をまともに見ることも出来ず、いつも俯いている。




 ―――――――――――――――――おまえ、気色悪ぃよな!





 そう言ってあざ笑い、髪の毛を引っ張ってきた少年たちを思い出せば、勝手に身体が震えて、膝に自分の顔を押しつけた。

 今は春休みなので学校に行かなくてすむ。食事の材料もお手伝いさんが買ってきてくれることが多いので外に出なくても良い。だが、あと1週間もすれば行かなくてはならない。それが嫌で嫌でたまらなくて、マンションの屋上からダイブしたい衝動に駆られた。




、そこの大きなお皿とってくれ。」





 赤司がフライパンを持ったまま言う。は慌てて目尻を拭い、棚の一番下にあった大きなお皿を出した。それに彼はフライパンで作っていたカルボナーラを入れていく。結構量があったが、育ち盛りの彼ならあっさりと食べられるだろう。

 一年会わない間に少し背が伸びて、彼は随分と逞しくなっていた。

 話では帝光中学でバスケ部に入って努力しているのだという。彼は成績も良く、昔から何でも出来たから、中学でも何ら問題なくやっているのだろう。


 中学に入ってからいじめられ、人の前に立つことすらも怖くなった自分とは大違いだ。


 フォークやスプーンを用意して、リビングにあるテーブルに大きな皿を置き、二人で向かい合わせに座る。幼い頃、お互いに両親が忙しかったため、の兄が作った料理をいつもこうして二人だけで食べていた。それがなくなったのは、中学が離れてからだ。

 あの頃の自分は、多分笑っていた。今は笑い方すらも忘れてしまったけれど。




「平日、俺はバスケ部の練習があるから行くけど、ちゃんと食べるものは食べるんだぞ。」




 親が子供に言うように、彼はに言う。



「バスケ部?」

「そうだ。興味があるなら見に来い。は役に立つからな。学校に慣れてきたらマネージャーにでもなれば良い。」



 彼の言葉に、自分の肩が自分でも震えたのがわかった。彼がを役に立つという理由を承知している。だが、それがいじめの原因となったことを、彼は多分知らない。



「それと今日の夕方、一年のレギュラーと練習する予定なんだ。」

「うん。」

「だから一緒においで、帰りにご飯を食べて帰ろう。」

「え、」




 今度こそ背中から上がってきた震えで、持っているフォークが震えて、お皿にカチリと当たった。それが不自然に静かな部屋に響く




?」

「あ、う、」




 頷くことが出来なかった。彼に久しぶりに会って、普通に会話できていたつもりになっていたが、やはり刻まれた恐怖は消えない。



「話しかけたりはしなくて良い。コートの端から見てるだけで良いんだ。夜だし、多分人通りもないよ。」




 を宥めるように、赤司は穏やかな声で言う。

 一緒に行って、赤司が練習をしている間は、わからないようにコートの傍で見ていれば良いのだ。選手たちが気づかない程度の距離から。そうすれば別に人と会う必要はないし、目立つこともない。わからないから誰も声をかけないだろう。




「・・・うん。」




 頷きながら、自分の心の中にあった期待を打ち消す。

 赤司の傍にいたからと言って、多分昔の自分みたいに笑えるわけじゃない。やはり昔とは違う、笑い方も忘れてどうしたらよいのかわからない。

 消えてしまいたいと漠然とまだ考えていた。




惨め