「赤司くんの知り合いだったんですか?」



 黒子は少し困ったようにベンチで眠っている少女を見下ろす。青峰が声をかけた途端、というより彼を見た途端、彼女は一瞬にして気絶してしまった。見るからに何かに怯えているような感じだったし、気を遣ってはいたが、まさか一瞬にして気絶するとは予想外だ。

 流石の黒子も青峰に注意を促す時間すらもなかった。

 なんとか青峰が受け止めてコンクリート激突は避けられたが、彼も顔を見た途端に気絶されたのはショックだったのか、自分の顔が怖かったのかと少し悩んでいた。




「あぁ、幼馴染みでね。小学校が一緒で、中学は別だったんだが、三学期から同じ中学に通うことになる。」




 赤司は淡々とした様子で言ったが、目には心配がにじんでいる。寒くないようにと自分が持ってきた上着とベンチの上にいる少女にかけてやっていた。




「へー、同い年?ちっちゃくない?」




 紫原は少女を見て言う。

 誰が見ても、身長は130センチそこそこ。おかっぱでそれがまた何か子供っぽく見える。しかも目が大きいのでなおさらだ。小学生高学年と言って、子供料金で電車に乗ったとしても、誰も止めたりしないだろう。




「彼女、家の。」




 緑間は見覚えがあったのか、彼女を見て目を見開く。

 家は有名な公家で、彼女はその本系の娘だ。嫡男の兄とは年が離れているためどうしても忘れられがちだが、彼女たち兄妹はある才能でそれなりに有名だった。




「緑間は知っているのか。だ。」

「なんか男みたいな名前だな。」




 青峰は赤司の紹介にそう素っ気なく言った。




「まぁ、性格は女らしいしおしゃべりなんだけどね」





 名前だけ聞くと、彼女はまるで男の子だ。しかし性格は全く正反対で非常に女らしいし、何よりも小さい。彼女の両親も兄もそれほど身長が低くはなかったと思うのだが、彼女は何故か小さかった。昔から身体的な成長が遅い。

 いや。それだけではない。精神的な成長も遅かったなと赤司は心の中でため息をついた。




「慣れるまであまり近づかないでやってくれ。見てわかるとおり気絶するから。」

「人の顔見て気絶するとか失礼だろ。」




 青峰は少し不服そうに言ったが、一応彼女を気絶させてしまったことは気にしているらしい。赤司もまさか黒子が平気だとは思いもしなかったが、彼女が気絶するところを実際に見たのは初めてだったので、良いデータになった。

 話には聞いていたが、彼女の対人恐怖症は来るところまで来ているらしい。



「しばらくは、保健室登校だな。これは。」




 赤司は小さく呟く。

 赤司に対しては暗いなりにも返事をしていたし、大丈夫だろうと思っていたが、甘かったようだ。幼馴染みと他人は別と言うことだろう。大人は大丈夫らしいが、多分教室に行く前に学生にすれ違わないなどありえないので気絶するだろうから、保健室登校も難しいくらいだ。




「とはいえ、黒子は大丈夫だったようだから、声をかけてやってくれ。」

「あ、はい。」

「えー、黒ちんだけずるい―。」




 紫原が口をとがらせるが、こればかりは無理だ。赤司の問題ではなく、の問題である。




「ひとまず俺、時間がやべぇから帰るわ。そいつに謝っといてくれよ。また気絶させたら可愛そうだしな。」




 青峰は大きめのバスケットボールと鞄を持って、赤司に言った。中学と言うこともあり、門限もある。青峰は手を振ってばたばたとコートを出て行った。




「気をつけて。寄り道はだめですよ。」

「黒子、おまえ母親みたいなのだよ。」




 黒子が青峰に手を振り、注意するのを見ながら、緑間は眉を寄せた。

 明日は日曜日で、土日は練習も休みだ。だから土曜日の今日集まってバスケをしていたのだが、終わりがけとは言え、の気絶で中断となってしまった。彼女は嫌がっていたのに無理矢理連れてきたので赤司のせいだ。



「あー、俺も帰るよー。」



 紫原もお菓子を食べながら、またねと手を振って見せる。



「お菓子食べるのは良いですけど、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てるんですよ。」

「やはり黒子、おまえ何か変なのだよ。」




 緑間はまた黒子に突っ込むが、それが鬱陶しかったのか黒子は「うるさいですね。」と少しむっとした顔をした。二人がいなくなると、緑間は静かに口を開く。




「確かの末っ子は京都の名門中学に通っていたはずだろう?」





 噂は聞いていたらしい。彼女は社交界で、それなりに有名だった。本人の性格と言うよりは、その幼い頃からの資質によってだ。



「内密にして欲しいんだけど、良いかな。」




 赤司は緑間と黒子を見て、尋ねる。




「あ、はい。もちろん。」

「言うはずがないのだよ。」




 黒子も緑間も即答した。

 彼女が中学1年の三学期なんて中途半端な時期に、しかも幼馴染みのいる学校にわざわざ転校してくるなど、何かの問題があるとしか考えられない。




「元からちょっとずれていたんけど、いじめでね。」





 赤司はを見下ろしてため息をつく。

 特別な資質と、よく話し、よく笑う幼い性格。おそらく、ねたみやそねみをうまくあしらうことが出来なかったのだろう。幼い頃からそういうことは、赤司がやっていたためなおさらだ。




「でも、それって保健室までたどり着けるんでしょうか。気絶せず。」





 黒子は懸念を示す。それは赤司とも同じもので、赤司はその苦労を思ってため息をついた。



それでも大切