父も兄も同じだったから、それが普通だと思っていた。

 それが特別だと気づいたのは、最初の友達となった赤司が当たり前だと思っていたそれを出来なかったからだ。でもそれが、には大きな才能には思えなかったし、赤司はいつももっともっと賢かった。だから別に珍しくもないと思っていた。




「読み終わったのかい?」




 が本を閉じると、赤司が間髪入れずに尋ねる。




「う、うん。」

「面白かった?」
「ちょっと。」

「じゃあそれをくれ。いらないだろう?もう。」




 赤司がそう言うので、は彼に自分の持っていた本を渡した。が本を二度読み直すことがないと、赤司は昔から知っている。その必要性がないからだ。本は好きだが、持ち運ぶ必要がないので、の引っ越し荷物は恐ろしく少なかった。




「今日食べたいものあるかい?」

「おむらいすが良いな。」

「材料もあるし、それにしようか。」




 赤司は腰に手を当てて、片手で本を持ったまま言う。

 彼は物心つく頃にはの隣にいた。いつも一緒にいたのは、たまたまだと思うし、結構辛辣なことも言われていた。彼がに向ける口癖はいつも『鈍くさいは鈍くさいなりに考えろ』だった。とろくて皆より遅くしかものの出来ないをいつもせかすのが赤司の役目だった。

 なのに、赤司は何も聞かないし、何も言わない。

 まだ昔のように会話が上手に続けられなくて、怖くて、「うん。」くらいしか返事が出来ない自分を、責めることもない。

 部屋で引きこもっているとノックをしてリビングに呼び寄せようとするが、部屋に戻ることは許してくれる。外に無理矢理連れて行くこともないし、この間外に出て、彼のチームメイトを見て気絶してしまった時も何も言わずにおんぶして家に連れて帰ってくれた。




「ごめんね。」




 は絞り出すような声で、でもちゃんと赤司に聞こえるように言った。

 彼はソファーに座るを見たが、持っていた本を机において、ソファーの隣に座る。ぎしりと音がして、怖くては目をつぶったが、そっと自分より大きな手がの頭の上に振ってきた。




がふらふらするのは、いつも通りだろう」




 今に始まったことじゃない、と赤司はあっさりと言う。



 ――――――――――――――こっちだ。


 いつもが迷子になったり、皆より遅れていると、彼はの手を強く引っ張って、列から外れないように追いつかせた。は小さい頃から、人より出来るところと、出来ないところの差の大きすぎた。だから出来ないところを、彼が補ってくれていた。

 周囲の人は、いつも優しいのだと思っていた。




「どうせのことだ。成績は問題ないのだし、学校くらい気にしなくて良い。」

「でも、転校なんて。」




 せっかく京都の名門中学に受かったというのに、転校なんて恥ずかしいことだ。それにいじめに負けての転校などなおさら。そう思っては俯いたが、赤司の答えはあっさりしていた。





「試験には受かったんだから、良いじゃないか。レベルが下がったわけでもなし。」

「でも、にいさまにも、帰ってきてもらってしまって・・・」




 長兄は仕事の関係で中東に赴任している。なかなか日本に帰って来ることが出来ないし、有給休暇も限られているというのに、わざわざ心配して転校の手続きなどのため日本に帰ってきていたのだ。赤司にも状況を直接説明するために会ってくれた。

 年の離れた兄に本当は迷惑をかけたくなかった。




「クリスマスと正月休暇だったわけだし、妹の顔を見たかったんだろう。」




 ただの不安を、赤司はすました顔で適当にいなし、机の上に置いていたマグカップを手に取り、口をつける。




「・・・でも、」

「忠煕さんも忠麿さんも、が泣いて暗い顔をしている方が心配するだろう。はくだらないことを気にしすぎだ。」




 彼はいつも、の不安をあっさりと言葉で打ち消す。それは気休めでしかないともわかっていたけれど、少しだけ心が軽くなる。




「それにしても、やっと話し出したね。」

「え?」

「くだらない話。」

「・・・え?」




 聞き間違いではないだろう。何やら酷いことを言われた気がして、が彼を見ると、少したくましくなったが、彼は昔と同じように笑っていた。ただ、あまり清々しくない、少し意地悪い笑みだ。それが酷く彼らしい。




の話はいつも脈絡を得なくて無駄なことが多かっただろう?それをつらつらと結論のないまま話すから、昔から退屈していたよ。」

「・・・ひどい。」

「ただやはりそれがないと、がいるって感じがしなくて気持ち悪かったんだ。」

「すごく酷い。」

「酷くないよ。何時間もそれを聞かされるこっちの気持ちにもなってくれ。」




 赤司は軽くこめかみを押さえて、小さく笑う。

 元々は話をまとめるというのが苦手だった。能力上まとめる必要性がないからだ。だからの話が長くて最後まで聞かなければ結論が見えない。その情報処理をするのが、いつも赤司だった。だからこそ、赤司はの能力をかっていたし、は彼の協力が必要だった。




「ほら、泣くなよ。流石の俺も慌てるから。」





 いつの間にか目尻にたまっていて、それを赤司が拭ってくれる。

 笑うことも忘れていたけれど、泣くことも忘れていた。そういえばいつも自分が泣いていると、赤司がやってきて、不安を全部取っ払ってくれていたのだったと、は唸りながらも少しすっきりした気持ちで頷いた。
安堵