背の低い黒子が言うことではないが、改めて見るとやはりは背が低かった。

 おかっぱの漆黒の髪に大きな漆黒の丸い瞳、小作りな顔のパーツの赤司の幼馴染みは、誰も小学生だと言ってもわからないくらい可愛らしく、童顔だったし、なにやらころっとした子犬のような印象を抱かせる容姿をしていた。

 しかも130センチと誰よりも背が低い。成長が遅いと言っても良いだろう。

 最初に会った時は不安そうに目尻を下げるばかりだったし、外に出ればそれは今でも変わっていないが、保健室の中では彼女は無邪気で子供っぽい、ただの女の子だった。




「おまえ本読むのかよ。」




 あまり近づくと気絶されるので一メートル程度距離をあけて、青峰がに言う。

 保健室登校でいつも保健室にいる彼女の机には大量の本が並べられている。買ったものも、図書館で借りたものもあるが、どちらにしても大量の本が積まれている。どう見ても一日で読めるようなレベルではなかったが、どうする気なのか、黒子にはよくわからない。

 本を読まない青峰にとってはもっとわからないだろう。




「こんな文字ばっかりのやつ、面白いか?」




 一つの本を手に取った途端、彼はげんなりした様子で尋ねる。




「え、えっと、うぅん。面白くないよ。」




 は首を横に振って、黒子が全く予想しない答えをあっさりと返した。




「はぁ?おまえ面白くねぇのに読んでんの?」

「だって。暇なんだもん。。」

「暇って、良いよなおまえ、授業出なくて良くて。おまえちょっとは勉強しろよ。」




 保健室登校のため基本的には授業に出ていない。勉強嫌いでいつも授業は寝てばかりいる青峰にとってはうらやましい限りだ。ただ授業に出ていると言うのは、別に青峰が勉強しているという事実を示すわけではない。




「それ絶対青峰くんに言われたくないと思います。」




 黒子は青峰に辛辣に突っ込む。

 成績は赤点ばかり並んでいる青峰にだけは、勉強しろなんて誰も言われたくない。むしろおまえが勉強しろという感じだ。




「うっせぇな。」

「それに学期はじめの実力テスト、彼女一位でしたよ。」

「はぁ?何言ってんだよ。赤司だろ?トップは。」



 一年の今までずっと定期テスト、実力テストともに不動の一位だったのだ。代わり映えのない掲示に興味はなかった。




「赤司君の隣に名前並んでましたよ。あいうえお順ですから。」




 黒子はすました顔で言う。

 帝光中学においては、上位の順位はあからさまに掲示される。とはいえ成績の相当悪い青峰にとって順位などどうでも良い話で、おそらくちらっと確認した程度なのだろう。そのため見落としたのだ。赤司の隣に並んでいた名前を。




「二列目にあった緑間君が三位って書いてあった時、僕も目を疑いましたよ。」

「緑間のやつ負けたのかよ!だっせ、今度おちょくってやろ。」




 青峰は楽しい話題を見つけたとでも言うように、にやっと笑う。




「まぁ人をおちょくれるような成績じゃないですよね。青峰くん。」

「おまえ、誰の味方だよ!緑間苦手とか言ってたろ!!」

「それとこれとは話が別です。」





 黒子ははっきりと遠慮なく青峰に返した。それが面白かったのか、は無邪気な笑顔を見せる。




「青峰くんと黒子くんは面白いねー。」



 話を聞いて楽しそうに笑う彼女は、童顔だと言うことだけでなく、とても可愛い。





「あー、それにしてもは成績だけは良いんだな。馬鹿なのに。」

「青峰君にだけは言われたくないと思います。」




 何を根拠に言っているのだ、と黒子は眉を寄せて青峰に言う。だが、は彼の言葉に臆面もなく頷く。




「うん。馬鹿だよ−。」

「え?」




 黒子は彼女の言っている意味がわからず、首を傾げた。

 彼女の成績は赤司と並ぶほどに良い。だというのに、青峰が彼女のことを馬鹿だという理由も、彼女がそれに頷く理由もまったく見えてこず、頭にはてなだけが浮かぶ。




「だって、わたし、数学とか、何も解けないし。」

「は?」

「やっぱりな!おまえなんか同じ空気感じたんだよ!」

「どうして?」

「野生の勘。」



 青峰の野生の勘は時々恐ろしい。特にスポーツでそれが発揮されることが多く、バスケでは天才的な才能がある。




「・・・?」




 テストは隣との席は離されるし、は保健室で受けていたためカンニングする相手もいない。仮に保健医が不正をしていたとしても、答えをすべて教科書やノートから見つけるなど不可能だ。すべてそこから出ているわけではないのだから。

 だからある程度は彼女の実力は確かなはずなのに、彼女は数学を何も解けないと言うし、青峰も彼女のことを“馬鹿”だという。だが少なくとも彼女のテストの成績は間違いなく赤司と同じくらい良い。

 ただ、確かに頷ける部分はある。青峰と彼女の会話の内容を聞いている限り、確かに会話レベルはどう考えても同じくらいだ。特別彼女が賢いとは思えない。話し方も非常に単純ではっきりしており、理路整然と話すこともない。




「なぁ、おまえバスケ見に来いよ。面白いぜ。」




 青峰は笑ってを誘う。



「でも、たくさん人のいるところは・・・」

「こないだも見に来てたじゃねぇか。離れたところなら良いんだろ?なら二階から見とけよ。」




 は確かに、相手と近くで対面すると気絶してしまう。確かに慣れれば徐々に大丈夫になっていくものだが、それでも時間がかかる。相手を怖くない人間だと知る必要もある。だが、離れていると別に大丈夫だ。体育館の二階からなら、倒れずに皆を見ることが出来るだろう。大抵いるのもコーチか、監督くらいだ。

 大人は気絶の範囲に入らない。



「あの、青峰くん、あまり無理は、」




 転校した事情を赤司から聞いている黒子は、少し焦って青峰を止める。だが青峰は無邪気な瞳をに向けていた。




「・・・わかった。見に行ってみる。」




 は少し不安そうだったが、青峰の誘いを断り切れなかったのか、小さくこくんと頷く。



「え、え、」

「おっしゃ!どうせなら明後日見に来いよ。明後日は一軍と二軍の練習試合もあるしな!!」




 単純練習は面白くないが、明後日は一軍二軍の練習試合もある日だ。勝敗がつくのならば、彼女が見ていても面白いだろう。黒子は少し不安に思ったが、それでも楽しそうに青峰のバスケの話を聞いているを見ると、まぁ良いかと思ってしまった。
勇気か無謀か