「明後日ね、バスケ部を見に行こうと思うの。」





 はソファーに座って、テレビでアンビリー○ボーを眺めていたが唐突にそう言った。手は面白くなかったのか、ぽちぽちとチャンネルを連打して、一回り、また同じチャンネルに戻ってきている。





「どうしたんだい?突然。」




 赤司はテーブルにいたが、マグカップを持っての座るソファーに腰を下ろす。




「うん。青峰くんがね、二階から見てたら、大丈夫かもだから、見に来いって。」




 は小さくはにかんだように笑って言う。だがその笑みが何やら不快で、思わず赤司は眉を寄せてしまった。

 確かに対人恐怖症は緩和されていないが、最近やっとあまり近づかれなければ青峰とは話せるようになったらしい。目の前で相対するわけではないのならば、ある程度耐えられるだろう。もちろんバスケ部の部員が来たらそのまま気絶することになるが、少なくとも青峰と黒子が事情を知っているので、対応は出来る。




「倒れちゃうから・・・だめ、かな。」




 赤司の表情を窺って、は目尻を下げる。その目尻を下げた表情に弱い赤司は自分の不快感が消えていくのを感じた。

 何を馬鹿なことを感じたのだ。




「いや、良いことだ。保健室からは僕が迎えに行こうか?放課後だろう?」

「黒子くんと人を避けていこうかなって言ってたんだけど。二階から勝手に見るなんて、大丈夫かな。」

「それは俺から監督とコーチに話しておくよ。」




 練習の邪魔にならないように、基本的には体育館の二階は学生立ち入り禁止だ。しかしすでに彼女の才能を加味してコーチと監督にはある程度の事情は赤司から説明してあり、彼女の能力を考えれば、すぐに許可されるだろう。




「それに、もう少し慣れてきたら、また、バスケ部を手伝って欲しい。」




 赤司は小さな彼女の手を握って言う。

 小学校の頃、いつも彼女はベンチに座って、赤司やチームがバスケをするのを見ていた。彼女自身は身体が小さいので競技自体はしなかったが、彼女はゲームメイクをする赤司にとって一番重要な力を持っていた。

 だから彼女を引っ張って、いろいろなチームの試合を見に行ったものだ。




「せっかく、同じ中学に入ったんだから。」




 赤司としては、本当は彼女と一緒の中学に入りたかった。

 でも彼女は親の意向で京都の名門中学に入ってしまったし、自分はバスケの強い中学に行きたかったので、仕方がなかったのだ。こういう不幸な形だったとは言え、が同じ中学に転校したことを、赤司は心の底から嬉しく思っていた。




「・・・出来るかな。」




 は不安そうな顔をした。



「出来るさ。昔だってそうしていたんだから。」




 赤司は彼女の不安を知りながらも、それを払拭するように強く言う。

 いじめのことは、赤司も彼女の兄から聞いている。元々彼女と同じ中学だったものが音頭をとり、暴力事件にまで発展していたそれは、彼女の心を容赦なく蝕み、無邪気な笑顔を奪った。それを許せないと赤司は思う。

 だが、赤司はその理由が自分のせいであることも知っていた。




「うん。気絶しちゃうかもしれないけど、がんばるね。」




 は泣きそうな顔で笑って、ぐっと小さな拳を握りしめる。

 自分から行くと言っていても、やはり不安は大きいのだろう。彼女が向けられた誹謗中傷と暴力は、一ヶ月ほどで消えるようなレベルではない。黒子や青峰と徐々に仲良くなったとしても、他人が自分を傷つけるかもしれないと怯える心は、消えないのだ。

 少し前まで周りが皆敵という、恐怖の中で生きていたのだから。




「馬鹿だな。無理はしなくて良いんだ。」





 彼はそっと、不安に震える彼女を抱きしめる。

 一ヶ月前、彼女は兄の隣で悲しく、暗い目をして俯き、黙り込んでいた。返事は「うん。」以外ほとんどかえってこず、かつての笑顔はすべて消えてしまっていた。今はだいぶましになったが、傷は癒えていない。無理をしてぶり返してはならないのだ。

 だから自分が少しでも彼女が優しく受け入れてもらえるように、周りを形作っていこうと、小さな身体を抱きしめながら、赤司は決めていた。



守りたい