体育館の二階に行くと、そこにいたのは上品そうな初老の監督だった。
「そうか、忠煕の妹のか、名前に似合わず、可愛い子に育ったな。」
穏やかに細められる優しそうな目に、はこくんと頷く。
多分彼も最初はの名前を見て、男だと思ったことだろう。両親にその意図はなく、ただ単に綺麗な名前だと思ってつけたそうだが、大方男につけられる名前だったため、勘違いする人は多い。別に仕方ないことだとはわかっているが、性格も男らしくなく、その上小さい。
全く名前に見合っていないのには、自覚があった。
「すまないね。褒めたつもりだったんだが。」
少し目尻を下げたせいで感情が伝わったのだろう、彼はを見て、笑って見せる。
学生など自分と同じ年代の生徒には緊張させられ、気絶してしまうだが、大人はその範囲に入らない。そのため帝光中学校のバスケ部の監督だという、この初老の男性も別に平気だった。
「覚えているかな、監督の白金耕造だ。久しぶりだな。」
「う、うっすらと覚えています。お、お久しぶりです。」
白金から差し出された手に、自分のそれを重ねる。存外固いその手は大きく、何か包容力の表れのような気がした。
長兄がバスケをやっていた頃、は数度彼に会ったことがあった。兄もまた帝光中だったからだ。
「あの、征・・・赤司君が何か言っていましたか?」
多分、のことについて監督に赤司が説明してくれたのだろう。彼が何を言っていたのだろうかと気になって尋ねて、白金の方を見ると、彼の目は驚くほどに優しくて、赤司が言ったことが多分自分にとってプラスになることだったのだと知る。
いつも赤司は辛辣なことや文句を言いながらも、をサポートしてくれる。
「あぁ。前にも彼から話は聞いていて、スカウトしようかと思っていたんだ。」
白金は冗談ともつかない笑みを浮かべ、ぽんぽんとの頭を撫で、下で始まっている練習を見るように促す。
単純練習の良し悪しなんて言うのは、にはまったくわからない。順番にボールを持ってシュートを入れている部員たちをぼんやり見ていると、そこにいた黒子がぱっと顔を上げて、小さく手を振る。も手を振りかえしたが、それでの存在に気づいた青峰が、ぶんぶんと大きく手を振ってきた。
手を振り替えしてみたが、それで二階に人がいることに気づいたのが、部員たちがこちらを見てきた。遠いとは言え感じる圧迫感に、手が震える。
だがすぐに彼らは長身に黒髪の少年に怒鳴られ、練習に戻った。
「大丈夫かい?」
の対人恐怖症を赤司から聞いているのか、白金が心配したようにの背中を叩く。
「は、はい。」
は答えたが、声は完全に震えてしまった。
遠いとは言え、やはり視線を向けられると身体が凍る。青峰や黒子が平気になってきたため、大丈夫かと思っていたが、やはり駄目らしい。部員に近くで相対すれば気絶してしまうだろう。
「まぁ練習が始まればこっちを見る余裕なんてないさ。」
白金は慰めるように言ってから、下を示す。
「さっき、こっちを見ていた部員に声をかけたのが、虹村。キャプテンだ。」
が下を見ると、先ほど部員たちに声をかけた黒髪の少年が指示を出している。てきぱきした様子からも、十分にキャプテンの風体がうかがえる。すでに2月も近づき、3年生は引退しているため、二年の彼が指揮を執るのだろう。
繰り返しのシュート練習を見ながら、はその動きを反芻する。
全国有数のバスケ部のため、かなりの部員がいる。今回はが来ていることもあり、一軍、二軍の合同練習のため、体育館はいっぱいだ。この後コートでは試合が行われる予定だという。
バスケの試合を見るのも久しぶりだ。
「見ていて、何か気づくことがあるかい?」
「んー、」
頭の中で彼らの動きを反芻しながら、は考える。
「誰のですか?」
「そうだな。君は青峰と知り合いだったな。彼はどうだ。」
「シュートの踏切が全部一緒ですね。あと人が前に立つとだいたい八割、青峰くんにとっての左側?に動きますね。」
ある程度相手の動きを予測できるなら、ボールを手からたたき落とすのはそれほど難しくない。特にその人物の癖や可能性から来る運動の規則性は確率的な問題で、意図的に簡単には変えられない。それを予測できればど素人でもボールをたたき落とすことが出来る。
「わたしは、まだたくさんは見ていないので、わからないですけど、多分たくさん見ればもっとわかります。」
はその漆黒の瞳で全体を見回す。白金はふむと満足そうに頷くと、次は下にいた赤司を示した。
「なら君は幼馴染みをよく見てたんじゃないか。」
白金は赤司からの話を聞いていたため、幼馴染みだと言うことも知っている。青峰の練習を見たのは初めてだろうが、赤司ならば違うはずだ。
は何度か目を瞬いて、うーんと考える。
「でもそれ、直接以外は言っちゃ駄目って。」
赤司がの才能に気づき、それの使い方を教えてくれた。その時に、赤司に関することは他人に言うなと言われていた。それは多分彼にとってのデメリットになるからだろう。
「ふっ、そうか。」
白金は小さく吹き出す。
には彼が笑う意味がわからなかったが、別段に気にしなかった。ただ目の前で繰り広げられている練習やプレイの映像を頭に焼き付ける。部員の数は多いが、それは見える範囲であればには関係ない。ぽんぽんとリズミカルなボールをつく音が昔を思い出させる。
いつもこうして、赤司やそのチームがするプレイを幼い頃から見ていた。だから彼を見ているのは好きだった。
一緒にいる