帝光中学のバスケ部監督を務めている白金耕造はの噂を実は、すでに彼女が小学校の頃に聞いたことがあった。

 日本有数の公家、家の娘として、彼女は生まれた。年の離れた兄二人のことを、白金は知っている。今は普通の貿易会社に勤め、海外を飛び回っているが、特に上の兄は帝光中にかつて所属しており、優秀な選手だった上、IQがびっくりするほどに高く、同時にある能力で有名だった。

 とはいえ末っ子の彼女は兄たちほどカリスマ性があるわけではなく、びっくりするほど背が小さいためおそらくスポーツには向かず、童顔で、挙げ句対人恐怖症まで患っていた。

 しかしだったとしても彼女の価値は変わらない。彼女は誰が見てもオンリーワンの才能を持っている。兄たちと違って一番末っ子のはまったくIQは高くないが、やはりその能力は間違いなく同じだった。




「えっと、」





 彼女が睨んでいる紙きれは白金が渡した一軍の名簿に空欄をつけたもので、彼女はその部分にシャープペンシルでびっしりと文字を書いている。彼ら一人一人の癖や、動き方の特徴だ。それにはバスケには不必要な癖も含まれていていたが、横には何回やったかの数字まで書かれている。

 ただ字は驚くほど汚く、まるで暗号のようで、白金は目をぱちくりさせる。これは説明してもらわないとわからないだろう。

 練習試合が終わったと同時に、あとの片付けを残して一軍のコーチをしていた真田と赤司が二階へと上がってきた。




「あ、征、えっと、赤司君。」




 はぱっと書いていた紙から顔を上げる。

 白金の目から見ても赤司は彼女を心配していたのだろう。あらかじめ混乱がないようにの対人恐怖症について話し、他の学生を二階に近づけないようにコーチとキャプテンの虹村に説明して協力を仰いでいた。

 白金に対してもそれは同じで、礼儀をきちんとわきまえ、彼女の能力の有益さを語りながらも、心配がにじんでいた。





「びっしりだな。無駄な情報がいっぱい。」




 赤司は彼女が書いていたものを見て、小さい笑みを浮かべるが、彼女の手から紙とシャーペンを取り上げると、くるりとそれを回した。どうやらその暗号めいた独特の汚い字が読めるらしい。そしてそれにざっと目を通し、重要な所だけに手早く丸い黒丸をつけていく。

 白金とコーチの真田もちらりとその紙をのぞき込む。

 それぞれのプレイの癖などが細かく書かれていたが、それは歩き方や仕草なども、バスケとは関係のない情報も大量に含まれていた。





「なんだこれは。誰が誰を見てるって?」

「え?この3年生のマネージャーさんが合計1時間くらい青峰くんを見ていたよ。」




 彼女の視界に収まるところにいれば、誰であっても観察の対象だ。バスケとは関係のない情報であるため必要ないはずだが、は何にこの情報が使われるかと言うことがわかっていないので、すべてが書き込まれている。



「・・・何故こんな細かく回数まで、」




 コーチの真田は紙を見て呆然とする。分析と言うよりはどちらかというと統計だ。しかしそれは本来ならDVDに撮り、何度も確認して行かなければわからないレベルのもので、本来なら今見ただけの彼女が数えられるものではない。




「そうか。君は忠煕を知らんのか。」




 白金はあごに手を当てて、納得したようにあごを引く。




「いや、忠煕選手については聞いたことがあります。」




 今は20代半ばだが、大学時代まで非常に有名で天才と言われたバスケットボールの選手で、何よりもその記憶力で有名だった。




は見たものを全部覚えられるんですよ。整理は苦手ですけど。」




 赤司は笑いながら真田に説明する。

 は小さい頃から見たものをすべて覚えられる。それも見たそのままに全部覚えるのだ。簡単に言えば頭の中に大きなパソコンがあり、その中にインプットしたものを検索をして集めることが出来ると言うことだ。

 そのため同一人物の同じ仕草や癖などを検索し、どのくらいの頻度でそれをするのか、数えることが出来る。DVDとにらめっこをして何度もDVDを確認して他のチームを研究するより、彼女に見せた方が一度ですむし、仲間の弱点もそうだ。

 だからこそ、今回、一軍も二軍も含めての練習試合をに見せたのだ。その動きを記憶し、問題点や癖を洗い出すために。とはいえ彼女に出来るのは癖や動きの統計だけで、その課題の対策まではわからないのだが。




「彼女に聞けば、いつどこで、誰がどう動いたか、全部わかります。」




 下手なDVDで検索するよりも便利だ。赤司はそれを昔から利用してきたのでよく知っている。



「対人恐怖症の件は聞いているので、下りていく必要はないし、答えは急いでいない。これからバスケ部の部員に慣れることも必要だと思う。保健室に何人か通わせるから、それから考えてくれて良い。めどはだいたい2年になる頃、全中予選が始まるからな。」





 白金はに言う。小さなは下で片付けをしている部員たちを見下ろした。

 の潜在能力は他のマネージャーたちとは一線を画す。単純な情報収集や雑用などをさせるより、彼女にはまず“見て”もらうことが重要だ。その映像の集積が何よりもこちらの武器になるはずだ。だから白金としてはできる限り彼女が欲しいと考えている。

 だが学校という場所上、無理矢理というわけにはいかない。




「えっと、それはマネージャーってことですか?」





 はきょとんとした表情でその大きな漆黒の瞳を瞬く。





「あぁ、出来ればそうしてほしいんだが・・・」

「監督!」




 白金が言おうとしたのを、下から上がってきた虹村の声が遮る。彼は部員の片付けがだいたい終わったので、報告に来たのだが、その彼を見た途端にの表情が凍った。




「ぁ、ぅ、」

!」




 ふらっと小さな身体が力を失う。それを赤司が慌てて床にぶつかる前に支えた。




「・・・え、え、もしかして俺のせいっすか?」

「そうだな。ひとまず体育館10周走ってこい。」






 白金の言葉に、虹村は顔を凍り付かせた。



しまった