起きればいつの間にか保健室にいて、何故か目の前には心配顔の黒子と青峰がいた。




「大丈夫ですか?」




 黒子は目尻を下げてその丸い瞳でこちらを見ている。ゆっくりと身体を起こすと、少し身体に鈍いきしみが残っていたが、大丈夫そうだった。




「あれれ、わたし・・・」

「キャプテン見て倒れたんだろ。」




 何してたんだったっけ、と首を傾げると青峰が代わりに答えてくれた。

 それで思い出す。今日初めてバスケ部の練習を見に体育館の二階に行って、監督だという白金と一緒に練習を眺め、その動きメモしていたのだ。久しぶりに見るバスケ部の練習は楽しそうで、も楽しくなった。

 ところが、その後やってきたコーチと赤司と少し話をして、そのデータを赤司に渡し、後の記憶はない。だがそういえば一瞬だけ、黒髪の男の人が見えた気がした。




「やっぱキャプテンって人相悪ぃんだよ!」

「青峰くんも初対面で気絶されましたよね。」

「うるせぇよ。」




 青峰はが寝ていたベッドの傍にあった椅子に座って、むっとした顔で黒子を睨む。そういえば赤司はどうしたんだろうかときょろきょろと彼の赤い髪を探していると、黒子が苦笑した。




「赤司君ですか?なかなか目を覚まさないので、さんの鞄をとりに行きましたよ。」

「あ、そっか。鞄置きっ放しだった。」





 鞄は体育館に置いたままだった。おそらく体育館で倒れたのに皆驚いて、を運んでいるうちに鞄を忘れたのだ。とはいえ鞄の中には重要なものは何もないので関係なかった。




「キャプテン走らされてたもんな〜。」

「仕方ないですよ。今日はみんな二階には上がるなって言われてたのに、報告があるからって行っちゃったんですから。」

「え、そうなの?」

「そうですよ。多分赤司君がさんのことを気遣ってコーチに言ってあったんだと思います。」





 最初に注意として、今日は体育館の二階には用があっても許可があるまで上ってくるなとあらかじめ言われていた。それは多分、対人恐怖症で学生を前にすると気絶するが見に来ることへの配慮だったのだろう。

 なのに、虹村は何の許可も取らずに上って言ってしまったのだ。キャプテンだし、コーチに報告があったのだろうが、許可が出るまでは駄目だ。




「それにしても、なんで監督、に会いたかったんだろうな。」




 青峰は不思議そうに首を傾げる。

 バスケ部の監督が、選手ならまだしも、普通の女子生徒に会うなど普通はあり得ない。ましてやほとんどバスケに関すること以外、出てこない監督だ。




「た、たぶん、お兄様のこと、知ってたからだと思う。」

「わたしのお兄様、バスケで有名だったし、帝光だったから。」




 には二人の兄がいる。年は十以上も離れており、どちらも職について海外の危険地域に飛ばされてはいるが、長兄は学生時代バスケをやっていたし、天才と名高かった。彼は身体的な能力としても優れていたが、何よりその高い頭脳と恐ろしい程の記憶力で長らく頂点に君臨していた。




「それなんでおまえと関係あんだよ。兄貴の話だろ?」

「わたしも一緒で記憶力が良いからだよ。」

「記憶力ぅ?!」





 青峰はうさんくさそうにを見る。





「・・・どのくらい良いんですか?」






 黒子は素朴に知りたいのか、問い返した。

 は辺りを見回し、近くに置いてあった保健のプリントを見やる。それは多分保健医が用意していたものだろう。それに手を伸ばし、A4サイズの紙にびっしりと文字が書いてあるのを確認してから、それを黒子と青峰に渡す。




「なんだよ。」

「間違っていないか、よく見ておいてね。」




 はそう前置きをして、改めて彼を見る。




「3月ほけんだより、3月3日は「耳に日」です。気になる耳の病気。中耳炎。鼓膜の内側にある「中耳」というところが炎症をおこし、膿がたまる病気です。激しい耳の痛みや発熱、耳の詰まった感じなどが見られます。中耳は耳管という勘によってみみのおくとつながっているため、そこから雑菌が入り込みやすく、風邪を引いた時・・・」




 何も見ていないのに、すらすらとプリントの内容をは上から読み上げていく。最初はよくわからず、ぼうっとプリントを見ていたが、黒子と青峰は顔を合わせて、を見た。

 身体の割に頭は大きいし、童顔だが、確かにこれは一種の才能だ。




「続ける?」





 は大きな瞳を瞬いて尋ねる。




「すごいですね。十分わかりました。」




 要するに監督たちは、のこの力を相手の分析に役立てたり、自分たちの課題を見いだすのに使う気なのだ。彼女の力があれば映像も含めて、簡単に相手の癖や行動を統計化できる。おそらく対戦相手のスカウティングは容易だし、逆に味方の弱点を見つけ、克服することも出来る。

 黒子は赤司や監督が彼女をマネージャーとして引き入れようとしているのだとすぐに納得した。



「えーでもさぁ、それって何の役に立つんだよ。」




 記憶力の良い話と、役に立つというのがいまいち理解できなかったのか、青峰は首を傾げる。




「さぁ、わたしもよくわからない。」




 は笑って返す。

 実はいつも赤司の言うままに自分の記憶を引っ張り出してきただけなので、正直に言うとバスケに自分が何の役に立つのか、さっぱりわからなかった。なので、今日も白金監督に言われたことを本当なのだろうかとすら思っていた。




「・・・」





 黒子は生ぬるい目で楽しそうに話している二人を見る。


 学力は天地ほど差があるというのに、彼女と青峰の会話レベルが一緒の理由が、痛いほどにわかった気がした。


似てる