まだ登録はしていないが、新しいマネージャー候補だという少女が保健室にいると聞いて会いに行くと、最初カーテン越しで話していたが、どうして気になってカーテンを引いた途端、初対面から気絶された。
「すまないね。ちょっと過敏で。」
赤司は彼女が眠っているベッドの端に腰を下ろして、困ったように桃井に謝る。
話では彼女は赤司の幼馴染みで、小学校が一緒だったという。彼女の記憶力の良さを誰より知っていたからこそ、バスケ部に入れようとしているのだろう。彼女が気絶するのをあらかじめ予想していたのか、対応も慣れきっていた。
「・・・ちょー可愛い!ちっちゃくて小動物みたい!!」
それが桃井が眠っている少女に抱いた第一印象だった。
長い漆黒の睫が頬を覆っているが、気絶する際に見たまん丸に開かれた漆黒の瞳は驚くほどに大きかったし、顔立ちも小作りで整っていて可愛いの一言に尽きる。身体も小さく130センチしかないだろう。小学生みたいだが、小動物的なかわいさがもえる。
赤司の話ではいじめが原因の対人恐怖症だったと言うが、この可愛い動物をいじめた奴らはきっと血の色が違うと桃井は思う。
「もしマネージャーになるとしても、これから桃井には多分、と動いてもらうことが増えると思う。は、記憶は得意だけど、分析は苦手だからね。」
赤司は眠っているの額の髪を撫でながら、桃井に苦笑しながら言った。
は言ってしまえば大きなデータベースだ。検索も出来る、無尽蔵に情報が出てくる高性能のコンピューター。けれどその情報を分析したて精査したり、課題を見いだしたとしてその対策を考えると言った、創造的なことは苦手だ。
逆に情報の蓄積に関して桃井は特別な記憶力を持たないが、分析や対策は得意だった。
「可愛い。可愛すぎる!もらって良いのこの座敷童!?」
桃井は思わず両手を君で赤司に叫んでしまった。
女の子の例に漏れず、桃井も可愛いものは大好きだ。色気というのはないが、小さくて可愛い彼女を見ていると、抱きしめたくなる。一緒に動けと言われれば、大歓迎だ。
「・・・いや、なんか違うけど、を気に入ってくれるならまぁ良いことにするよ。」
赤司は桃井のハイテンションについて行けなかったのか少し困った顔をしていたが、気を取り直したように頷いてをまた見下ろした。
あれ?と桃井は思う。
眠るを見つめる彼の瞳は驚くほどに優しく、慈愛に満ちていて、驚く。彼はいつもクールで、物事を淡々としていくタイプの人間だ。他人を必要以上に庇うこともない。俯いていれば、能力のある人間でも手助けしない、そういうタイプだと思っていた。
だが、彼女に対して赤司は驚くほど、精一杯対処している。
「赤司君って、ちゃん?のこと、好きなの?」
「は?」
間髪入れずに、心底不思議そうな赤司の言葉が返ってくる。それがあまりに素の表情で、間違いだったと桃井は「ごめん。」と返した。
「そういう風に見える人もいるのかもしれないね。を放っておくと大事になるって、小学校の最初に悟ったから。」
赤司は笑いながら思わずそう答えた。
幼い頃から彼女の天才的な記憶力の良さは誰もが知るもので、神童とまで言われて注目されていた。とはいえ彼女は末っ子で、立派な嫡男である兄が二人もいたため、蝶よ花よと育てられていた。そんな彼女を帝王学まで習わされ、嫡男として厳しく育てられていた赤司は当初疎ましく思っていた。
彼女を処理すべきは自分だと悟ったのは小学生一年の時に、林間学校があったからだ。登山中幼馴染みの赤司には彼女が全く違うことに気をとられていることは痛いほどにわかっていたが、放って置いた。結果、は迷子になり、地元の捜索隊も含めて大捜索が行われたのだ。
先生方はパニック状態。集合時間で人が足りないので生徒も帰るわけにも行かず、帰宅は驚くほど遅れた。
本当は、赤司はが二合目の近くの川辺で華に気をとられていたのを知っていたし、列から離れたのもわかっていた。だが、それを地元の捜索隊に言っても、先生たちは人数確認をしなかった責任から逃れるために、最後の人数確認義務のあった、9合目でいなくなったと主張した。
当時生きていた母を説得して翌日2合目近くの川辺に連れて行ってもらうと、そこにはのんきに葉っぱに包まれて泥だらけで眠っているがいた。
――――――――――――――なんで、はぐれたりしたんだ!!
赤司は苛立ちとともにを怒鳴りつけた。幼かったこともあり、大人に信じてもらえなかった、大人の汚さも見えたし、これで死んでいたらわかっていて声をかけなかった自分のせいだとも思った。が見つかった瞬間、怒りが抑えられなかった。すごい剣幕で怒鳴りつけた赤司に、母ですらも驚いていたと思う。
彼女はびくっと肩を震わせて、途端にびーびー泣き出した。
後からよく聞いてみれば、本人はまったく迷子になったことを気づいておらず、楽しく遊んでいるつもりだったのに、突然怒鳴られ、びっくりしたのだ。彼女は周りのことを何も理解できていなかったし、神童と言われながらも、その意味すら、何もわかっていなかった。
「それで思ったんだよ。先にフォローしておかないと、面倒が増える。」
今回のこともそうだが、最初からを同じ中学にしておけばこんな大きな面倒ごとにはならなかったのだ。放っておけば置くほど問題が大きくなり、ろくなことがない。
「・・・あ、そうなんだ。」
何やらあまりに予想外の事情に、桃井は目をぱちくりさせる。何となく雰囲気などからのことが好きかと思っていたが、どうやら赤司にそういう気持ちは微塵もないらしい。少なくとも意識的には。
拍子抜けしたし、まだ気づけていないだけなのではないかとも思ったが、やぶ蛇になっても嫌だし、まぁ可愛い同僚が出来るなら良いかと桃井は考え直した。
わからないもの