バスケ部員が何人か保健室に出入りするようになると、だいぶも慣れてきたのか、気絶も少なくなり、青峰、黒子の他に、キセキの世代や桃井なども面と向かって話せるようになった。虹村に関してはまだ練習中で、離れてならともかく、近くはやっぱり気絶対象だった。



「でね、今日虹村さんが購買のパンを持ってきてくれたんだよ。」




 は帰り道、楽しそうに笑いながら話す。

 購買部はいつでも学生でいっぱいのため、人と相対した途端気絶してしまうは行くことが出来ない。それを知って、虹村がわざわざついでに昼休みにパンを差し入れたのだ。は初めて食べる学校の購買部のパンにテンションを上げていた。




「あまりおいしくないと話題だったけど?」

「そんなことなかったよ。ちょっと大きかったけど、美味しかった。」




 は輝くような笑顔を見せている。それを見ながら赤司もつられるように笑った。

 まだ正式に入部していないのでマネージャーと言うほどの業務はしていないが、バスケ部の練習をいつも体育館の二階から見て情報収集や、パターンを見て確認している。監督である白金とコーチの真田は彼女の能力を高く評価しており、個別の練習プログラムを作ったり、敵のDVDを見せて敵の対策を立てることにも役立っていた。


 そのためバスケ部では今やの名を知らないものはない。ただ同時に気絶するという話もいつの間にか出回っており、桃井が彼女のことを座敷童みたいな見た目の子だと触れ回ったせいか、バスケ部の座敷童として有名になっていた。


 確かに彼女の情報統計のおかげで、二軍、三軍も楽に勝てている。

 虹村としては購買のパンも、彼女に対するささやかなお礼のつもりだったのだろう。なんだかんだ言っても、存在感の強い虹村をまだは苦手に思っているので、直接言葉に出来ない分のお礼だ。

 しかも正式入部はまだなので、部員ですらもない。





「征ちゃんのおかげだね。」

「何が?」

「だって征ちゃんが説明してくれたんでしょ?みんなに。」





 は少し悲しそうに笑う。その儚げな笑顔が消えてしまいそうで、彼女の手を握る。






「馬鹿だな。いつもそうだっただろう。」






 小学生の時から、いつもフォローするのは赤司の役目だった。それに、感謝などする必要はない。本来なら、彼女がいじめられた理由は、半分は赤司のせいなのだから。
 ――――――――――――・・・酷いいじめを受けていてね。




 彼女の兄の忠煕はそう言っていた。家に引きこもり、学校に行けなくなり、対人恐怖症になったのも、全部全部いじめのせいだと。そしていじめをした張本人たちは、昔赤司がたたきのめした記憶のある小学校時代の同級生だった。言ってしまえば、赤司への恨みを、いつも傍にいたに向けたのだ。

 間接的に、彼女の笑顔を奪ったのは、自分だった。




「どうしたの?征ちゃん。」





 が心配そうに赤司の手を握り返してくる。




「いや、なんでもないよ。」




 赤司にはその事実を告白する勇気はなく、ただ誤魔化した。彼女は少し不思議そうな顔をしたが、馬鹿なのでそれ以上気づかない。




「なぁに?浮かないお顔。またおじさまから連絡?」



 はきょとんとした表情で尋ねてくる。

 赤司が母が死んでから、あまり父とうまくいっていないことを、彼女はよく知っている。特に“幸せな家庭”で育ったにとって、“壊れた家庭”である赤司の家は随分と異質に映っていたのか、母がいなくなってから小学校時代、よく赤司は長期休みをの実家であるの家で過ごしていた。

 毎回半ば無理矢理、が誘うのだ。一緒に帰ろうと。

 の説明はよくわからないが、冷たい感じがして好きではないらしい。自分の家族は温かいと前にぽつりと言っていた。




「そういうわけじゃない」




 赤司はひらひらと手を振って見せた。

 おそらく父はしばらく干渉してこない。それに干渉してきたとしても、を口実に使って適当に断れば良いのだ。赤司家より、家の方が由緒ある家で、父といえど、家の末っ子のに父が強く言うことは出来ない。

 そういう点でも、が傍にいるのは赤司にとって良いことだった。




「うん。わたしは征ちゃんが大好きだよ。」





 は明るく笑って言ってみせる。それは久しぶりに聞く、耳心地の良い言葉だった。

 それはいつも赤司の母が言っていた言葉だった。彼女がいなくなった時、ショックで言葉も出なかった赤司に、ぼろぼろ泣きながらがまねをして言ったのだ。




 ――――――――――――ちゃんを、大事にするのよ。




 女の子が欲しかったという母はよく鈍くさくて、いらないことばかりするを笑いながら、赤司にそう言っていた。



 ―――――――――――だいすきだよ



 正直彼女の顔は涙でぼろぼろで、泣きじゃくりながら言われては、どっちの親が死んだのかわからなかった。

 それから、赤司が元気がないと、はいつもそう言うようになった。最近は彼女自身がしょげた顔ばかりで、余裕がなくて赤司を窺うことも出来なかったのだろうが、やっと少し心に余裕が生まれたのだ。それは僅かかもしれないが回復の証だ。

 母親がどんな人だったかなんか忘れてしまったけれど、縋り付いてきた泣きじゃくるだけはよく覚えている。




「馬鹿だな。」




 赤司は決まって、そうやって素っ気なく返す。酷い言い方なのに、彼女は満面の笑顔で「うん。」と頷く。

 互いに足りないものがあったのかもしれない。それを埋めるようにいつも寄り添っていた。求めていたものを失っていたのは、自分も同じだったのかもしれないと、取り戻した彼女の笑顔を見ながら、赤司は思っていた。
隣に君がいる