「本当にかーわーい!!」
まるで子犬を愛でるように、目を輝かせて桃井が言う。対するは今にも抱きつかれそうな雰囲気にびびって、赤司の後ろに避難中だった。流石に赤司の後ろにいる彼女に抱きつくことは出来ない。
「何やっているのだよ。」
「はぁ、緑間。見てわかんねぇの?ブスと座敷童の戦い。さつき本当にきもいよな。びびられてんじゃん。」
「青峰君は黙ってて!このかわいさがわからないなんて!!」
緑間と青峰の呆れたような台詞を一瞬で遮って、桃井は手をぶんぶんと振る。
「ひとまずさんが怖がっていますので、桃井さん、落ち着きましょう。」
黒子は桃井を適当に宥めて、彼女に席を勧めた。
何故こうして放課後であるにもかかわらず、保健室に集まっているかというと、もうすでに3学期も終わりにさしかかり、再来週からテストが始まるので、もうすぐ部活停止だ。がいるので明確に保健室で留まる理由があるため、集まりやすいと言うことでここで勉強と言うことになったのだ。
とはいえ、保健室登校で授業を全く受けておらず、一番テストが危ういはずのは、赤司のノートと教科書を一通り見ただけで記憶したらしく、筆記用具を出す気すらもない。
もともと見たまま記憶できるため、字を書くのは面倒くさいので苦手だった。
「俺も勉強しないと、今回は数学で差がつきそうではないからね。」
赤司は先ほどから難しい問題集を解いている。
というのも今回、先生が数学に関してはあまりに範囲が広いので、問題集3冊と教科書の中からしか問題を出さないと言い出したのだ。そうなれば映像も画像も教科書ですらもそのまま記憶できるが断然有利だった。
前回実力テストで赤司とは同じく一位だったため、範囲が限られ、記憶だけで点数がとれる可能性の高い定期テストと言うこともあり、赤司はを警戒してかなり真面目に勉強していた。
とはいえ当のは別段勉強する気はないらしく、置かれたお菓子を紫原と一緒に食べているだけだ。
「ちゃんって全然勉強しないんだね。」
桃井は少し驚いたように言う。
「うん。わたし、勉強嫌い。」
「仲間じゃんー、俺も眠くなるんだよな。」
青峰は退屈そうにシャーペンを回しているだけだったが、ぱっと顔を上げて同意した。
「ただ、成績は天地の差ですけどね。」
黒子は容赦のない指摘をする。
「だが、馬鹿さ加減はおそらくの方が、青峰の数倍だぞ。」
赤司は苦笑して、それぞれ勉強している面々を見た。
「そうだねー、わたし、数学って一問も解いたことないし。」
「と、といたことないって、どういうことなの?」
意味がわからず、桃井は首を傾げる。
少なくともは実力テストで学年一位だったほどの学力の持ち主だ。その彼女が数学を一問も解いたことがないと言うのがどういうことなのか、理解できない。
「え?覚えているだけだよ。答え、全部。」
は何のことはなく、あっさりと白状した。
幼い頃から記憶力の良かったは、勉強をしたことがない。足し算や小数点の計算なども莫大な量を表にしたものを記憶しているだけであって、一度たりとも問題自体を解いたこともなければ、答えが“理解”出来たこともなかった。
そう、すべての問題の“やり方”をその恐ろしい記憶力故に、は考えたことがなかった。
「わたしは見たことのない問題は何も出来ないんだよ。」
は数学が苦手だ。ごくごくたまにだが、見たこともない問題が出てくるからだ。何万通り、何億通りの問題を見ているが、それでも難しい問題が数学にはある。
「まぁ、でも、が覚えていないような問題が出るのは、各教科一問あるかないかだよ。それに期待していたら、俺はすぐに一位から引きずり下ろされてしまうね。」
赤司でも忘れている問題というのはどうしてもある。だが記憶力の良い彼女は基本的に見た問題は覚えているのでそう言った点での間違いは期待できない。差がつくのはいつもその数問だ。なかなか赤司には不利な条件だ。
油断すればあっさりと一位は陥落する。
誰もがわかっているかわからないかを確認することは出来ない。実際に問題を解いているのか、それとも記憶しているだけかなど、誰もわからないのだから。
「それってある意味ぃ、公然としたカンニングだよね〜、ずるくない?」
紫原がお菓子をむさぼりながら言う。要するに彼女は努力しなくても、能力で満点が取れると言うことになる。
だがそれを言った途端、の顔色が変わった。
「ちゃん?」
桃井が表情の変化に気づいて、慌てた様子で言う。
「?」
赤司が立ち上がり、の細い肩を掴む。つられるように顔を上げたは顔色が真っ青で、大きな黒い瞳には涙がたまっていた。桃色の唇が僅かに開かれ、何か言葉を紡ごうとして、彼女ののど元からかふっと変な音が出た。
同時にふっと瞳が閉じられ、身体が力をなくす。
「!」
赤司が名前を呼んで崩れた身体を受け止めるが、気を失っているのか、彼女はぴくりとも動かなかった。
「・・・今のは、紫原じゃね?」
青峰がお菓子を食べるのも忘れ、呆然としている紫原に言う。
「えー、俺ぇ?今まで大丈夫だったのにー、俺なんかやばいこといった?」
流石にショックだったのか、珍しく早口で尋ねる。赤司も腕に抱えているをベッドに運んで、首を傾げた。
一体今の会話のどこに彼女に引っかかるところがあったのだろうか。
「ってかさぁ、結局いじめってどんなことやられてたんだよ。」
青峰はうんざりした様子で、机に突っ伏して尋ねる。
「青峰、それはデリケートな問題なのだよ!」
「でもさ、それがわかんねぇと、やっぱどうしようもなくね?」
彼の言うことには一理あった。
赤司ですらも、がいじめられていたということは聞いていたが、それの内容までは知らない。も言わない。ただ彼女が対人恐怖症になったということだけだ。彼女の口からいじめの具体的な内容について聞いたこともない。
「・・・でも聞きにくい話よね。」
桃井が目尻を下げる。青峰は簡単に言うが、幼馴染みの赤司にとっても、誰にとってもそれは非常に聞きづらいことだった。
君を苛むもの