赤司はリビングで少し元気がないまでも、テレビをぼんやりと見ているを見ながら考える。
紫原の発言に気絶したことはやはり尾を引いているようだが、それでも顔色はだいぶ戻っていて、食事も普通にしていたし、前のように部屋に引きこもることもなかった。
黒子が確認したのは、“何が”いじめの原因になったか、ということだった。
赤司は最初、いじめた本人たちが彼女の小学校時代の同級生であり、赤司に恨みを抱いていたから、幼馴染みの彼女に標的を定めたのだと思っていた。だがそれはあくまで数人で、彼女が登校拒否になる程酷かったというのは荷担した人間がたくさんいたのだ。
そしてその大きな要因となったのは、黒子が確認したとおり、おそらく彼女の“才能”だった。
カンニングとは、他人のテストを盗み見て答えを書く行為だ。彼女は確かにそんなことはしていない。だが見たまま記憶できるという彼女の生まれ持った才能は人からやっかみを受けることがある。
今までは学校のテストと言っても明確な順位はなかなか出なかったし、いつも成績は赤司とが同位であったため、赤司の方が常に目立っていて、が具体的に何かを言われることはなかったし、彼女の特殊性は全く目立たなかった。
だが中学になり、おそらく彼女は周囲から勉強方法なども聞かれただろう。自分の特殊性など全くわかっていなかっただろうは、当たり前のようにぺらぺらと話したはずだ。それがおそらく、大きな反感を買った。
「・・・確かに反則だが、そんなのは言い訳だ。」
赤司ですらも、思ったことがある。
気を抜けば、多分すぐに成績でに負ける。彼女はどんなものもすぐ記憶してしまう。そのため、彼女が勉強する、しないに関わらず学校の成績を取ることはそれほど難しくはないのだ。
赤司は彼女の判断能力のなさや、単純に覚えているだけで理解はしていないという考える力のなさ、それ以外の処理能力の欠如をよくわかっているので、その彼女の弱点を自分がとる形で彼女と同じ、もしくはその上の成績を取っている。
だが、それが出来るのはをよく知っている人間だけだ。
おそらくの才能を見た、しかも努力で成績をキープしていた生徒は、彼女に焦燥と羨望、そして同時に憎しみを抱いたことだろう。何の努力もせずに、出来るなど考えられない、と。
かつて赤司ですらも考えたことのある疑念は憎しみに変わったのだ。
「?バスケ部には入ることにしたのか?」
赤司はテレビを見ているに声をかける。
「・・・考え中。」
「そうだろうな。」
いじめの経緯を考えれば、は自分の才能が歓迎されるものではないと思ったはずだ。それをフルに使うことを求められるバスケ部に入りたいかと言われれば、否なのだろう。
赤司は彼女をどうしてやるのが一番ベターなのか、考えあぐねていた。
「ひっ、」
引き連れた悲鳴をが上げる。後ろを振り向いてみると、彼女はソファーの上でクッションを抱きしめて座りながら心霊体験の番組を見ていた。
「・・・」
赤司は呆れてテーブルの椅子から立ち上がり、ソファーに歩み寄ると彼女の隣に座る。
チープな心霊番組だ。今やっているのは心霊写真で、一枚の写真を提示し、それにまつわるエピソードとともに、写真の問題部分をフォーカスするというものだ。
はそれを真剣な顔で見ている。
「、」
赤司はの手にあるリモコンを取り上げると、チャンネルを変える。びっくりするくらいに明るい笑い声が打って変わってテレビから響く。それにすらびくっとしては赤司の方を見た。
「なんで?気になるよ・・・続き、」
「気になるって、いつも眠れないって騒ぐのはだろ?」
幼い頃から存外は心霊番組が好きだった。そのくせ恐がりで、トイレに行けないとかいろいろと騒いで一緒に眠ってくれとねだるのだ。
「だ、大丈夫、リビングで電気つけて寝る。」
「大丈夫じゃない。風邪をひく。それにそうなったら、一緒に寝てやるよ。仕方がないから。」
声が震えているの頭をぽんぽんと撫でてやる。はその申し出に安堵の息を吐いて、戯れるように赤司の腰に抱きついてきた。
「なんか大きくなったね。征ちゃん。」
順調に成長期で身長の伸びている赤司と違い、成長が遅いのかはあまり身長が伸びていない。130センチ足らずの身長は、まるで彼女の精神年齢を反映しているようだ。
彼女は記憶力が良く、ありとあらゆるものを覚えているが、それを“理解”することが出来ない。理解するためには記憶をもう一度見直す必要があり、そんなことは莫大な記憶を持つは絶対にせず、ただ覚えているだけだ。周りが成長しても、いつまでもは幼いまま笑っている。複雑な感情を理解できない。
黒子は彼女に素直に、何故倒れたのか聞こうとした。
でも、赤司は彼女が傷つくのが怖くて、同時に自分のせいで彼女がいじめられたのだと明確にするのが嫌で、聞くことが出来なかった。幼い頃なら踏み込んで問題のなかったところに、いつの間にか溝が出来て、距離を作る。
それを成長というのかもしれない。でも多分、にはまだわからない。
「は小さいな。相変わらず。」
赤司は戯れるように、考えを払拭するために幼い頃と同じように抱きしめ、固まる。
腰に抱きついてきている彼女の胸が、赤司の膝に当たっていることに気づいたのだ。成長していないとばかり思っていたけれど、彼女の胸は結構ふわりとしていて、柔らかい。
「・・・」
何とも複雑だが、は気づいていない。楽しそうに赤司に抱きついて、「大きくなって良いな。」と笑う。女の精神的成長は男よりも早いというのに、の成長はこんなにも遅い。でもそれは赤司も似たようなものなのかもしれない。
「ま、たまには良いか。一緒に寝ても。久しぶりだし。」
そんな仏心を出すことが、他人に対してないと言うことに、まだ赤司も気づいていない。のことが子供だ、成長が遅いと思いながらも、まだ赤司にも、自覚はなかった。
忍び寄る無意識