が読み終わった本をそのまま黒子がもらうようになったのは、彼女が同じ本を二度読まないからだった。逆に黒子も読んだ本を彼女に貸す。彼女は一度見ればそれ以降まったく読まずに内容を覚えているので、すぐに返ってくる。
それで気づいたのは、彼女は、暗唱は出来るけれど、文章の意味はあまり理解出来ていないし、そこからの情報によって自分の行動を改めたり、追体験をすると言うことがないと言うことだった。
「提出用のプリントをそんな風にしては駄目ですよ。」
数学の先生が配ったプリントを折り紙にしている彼女を見て、黒子は言う。
本や物語でそういうことをすれば怒られると書いてあっても、彼女はやる。いまいち覚えていることと実際のこととの結びつきがないのだ。まさに彼女の行動は退屈している子供そのもので、プリントには落書きまで書かれている。
絵はかなりうまくて、黒子の方が目を瞬く程だったが、普通勉強中にそれは駄目だ。しかもそれは提出する予定のもので、先生は驚くだろう。いろいろな意味で。
「紙飛行機か!俺もやろ!」
「青峰君!!そんなことしたら先生怒り狂いますよ!!」
成績の良いなら多少の折り目がついていても、先生は首を傾げる程度だろうが、青峰がやれば馬鹿にしていると怒られるのは火を見るよりも明らかだ。落書きの消し痕も危ない位だ。
「えー、だって面白くないよ。なんで書かないといけないんだろう。口頭のテストで良いのに。」
はもう書くことすらも面倒くさいらしい。一応テスト前になると多数の提出物が課せられる。それをやるのが面倒くさいのか、プリントを見ながらも青峰も飽き気味だった。ちなみに黒子はすでに終わらせて提出している。
赤司は部活停止になってもそこそこ忙しいので、勉強を見ている暇まではない。仲の良い黒子に課せられたのは、ひとまず二人に平常点の一部となるプリントを提出させろというものだった。ところがこのふたり、黒子がやったのを写しても良いと言っているのに、写すことすらまともにしない。
は答えも記憶しているはずなのに、書くのが面倒くさいし、手が痛いや何やと言い訳をして、進んでいなかった。
「だいたいよぉ、数学なんて出来て何の意味があるんだ?」
「だよねぇ。人間数学なくても生きていけるよね。」
「・・・知ってます?中学校は進級できますけど、高校は馬鹿じゃ進級できないんですよ。」
「俺は中学生だしまだ良いじゃん。それにどうせスポーツ推薦で高校いけんだろ」
「大丈夫。わたし、成績は良いから。」
「さんに関しては返す言葉がありませんが、入ってから進級できないといつまでたっても出られませんよ。」
黒子はため息をついて、二人を見る。
成績は天地の差があるが、どこまで馬鹿だと、才能で生きていけなくなるんだろう、と黒子はつまらないことを真剣に考えてしまった。
「そういや、おまえ結局、バスケ部入部したのか?」
その記憶能力を買われて、監督から直々にスカウトを受け、バスケ部の部員が慣れるために頻繁に保健室に出入りしているが、正式にどうしたのかまだ青峰は聞いていない。退屈ついでに尋ねると、は「うーん。」と悩んだ声を出した。
「わたし、役に立つかわかんないし、」
「わかんなくねぇよ。それに赤司があんなに熱心に誘うんだぜ?役立つって確信があるんだろ。」
青峰はよく知らないが、赤司の話ではあまりおおっぴらに言ってはいないが、幼馴染みなのだという。
昔から知っている上、賢く人の才能を見抜くのがうまい赤司ならば、彼女の“使い方”も心得ているはずだ。有益だと確信を持っているからこそ、周りを囲んで誘っているのだろう。それに少なくとも監督が役に立つと判断するほどの才能がある。
そこは心配する所ではないと青峰は思っていた。だが本人は違うらしい。
「んー、でも征ちゃ、・・・赤司君は昔から、結構庇っててくれたみたいだから、」
は目尻を下げて、小首を傾げた。
中学になっていじめられてから気づいたことだが、はそれまで自分の才能も何もかも、他人に聞かれたことがなかった。多分うまく赤司が周りの目がに向かないようにしてくれていたのだろう。上手にをフォローしてくれていたのだ。
あまりに当たり前のように彼が幼い頃から傍にいて、彼がいないというのがどういうことなのか、気づかなかっただけで。
「えー、あの赤司が義務だけでおまえ誘うとは思えねぇけどぉ?」
確かに赤司は人望もあるし、温厚で優しい。だが、青峰の目に赤司は何となくストイックで、なんだかんだ言っても現実主義に見えていた。青峰はの言うように赤司が無償で彼女を庇っていたとは思えない。彼は幼馴染みだからと言って優遇しそうではないし、能力的にも、そして性格的にも気に入っているから、と一緒にいたはずだ。
今回の件も、役に立つとの確信があるから、監督にまで紹介し、をバスケ部に入れようとしている。それが何か青峰には明確にわからないが、少なくとも彼女がいると赤司にとって大きなメリットがあるのだろう。
だが、にはそういう感覚はなく、面倒を見てもらっているというそれしかないらしい。
「そういやおまえ、レモンの蜂蜜漬け作れんの?」
「え?料理?一人暮らししていたから、人並みには出来るけど。京都の家では習っていたし。」
は一応名門、家出身で、将来のためにと料理は厳しくやらされた。嫡男ではないので勉強やその他に関しては言われたことがないが、裁縫や料理に関してはみっちりやられた。適当な性格のもそれだけは逃れられず、泣くまでやらされていたので、ある程度は出来ると自負がある。
正直記憶力以外では唯一の取り柄かもしれない。
「えーじゃあ良いじゃん!一年のマネやってるさつき最悪でさぁ。俺ら一年だから先輩に食われるし、秘密で一年に作ってこいよ。」
「青峰くん、先輩に怒られますよ。」
「が作ってくりゃ怒られねぇじゃん。な。だからマネなれよ。飯のために。」
青峰は明るくを誘う。そういう求め方をされたのは初めてらしい。は戸惑うように黒子を窺う。だが確かに黒子も青峰の意見に同意だ。
「料理が少しでも普通に出来るのなら・・・確かに、死にたくないですし、作ってくれれば嬉しいです。」
この感じだと間違いなく彼女は一軍のマネージャー、しかも特殊な例になるだろう。普通の雑用をさせられない分、体力勝負ではないし、時間もあるはずだ。それなら是非、普通のご飯を作ってきて欲しい。別に普通のもので良いから。
「お料理役に立つ?」
は確認するように尋ねる。それで黒子は、彼女が聞きたかったのは、いじめ自分の嫌われていた才能ではなく、自分自身の努力で手に入れたものを求めて欲しかったのだと知る。
「たつ!絶対たつ!おまえそれだけで俺たちを救える!!」
「そうですよ。美味しいご飯は活力のもとですよ。」
青峰は単純に自分の身の安全のため、黒子は理解した上で、同じようにを誘う。彼女は二人の相違のある意図にもまったく気づかなかったのか、小さく頷く。
「じゃあは入部するよ。」
「おっしゃ!!」
青峰は手を振り上げて、桃井の料理から逃れられると喜びの声を上げる。それは酷い気がしたが、思わず喜んでしまった黒子も実質的には同罪だった。
小さな貴方で良い