の才能はすぐに部に認められた。

 対面すると気絶するので直接会話することはないし、体育館の二階から眺めているため近くでマネージャーのように雑用をすることはないが、青峰や赤司、黒子を通じての評価表や食べ物の差し入れ、そして相手方のデータの提示などでバスケ部に貢献し、その力を認められていた。




「なーんか、直接礼を言えねぇのは残念だよな。」




 練習でたまった汗をタオルで拭きながら、虹村が小さく苦笑する。

 マネージャーたちには普通に顔を合わせられるので礼の一つも言えるが、対面すると気絶するのであまり言えない。虹村はたまに保健室に行ってカーテン越しに話しているが、何やらどうしても遠い感じがする。

 二階を見上げると彼女はコーチと話していた。全員の身体能力や動き方の癖を含めて、伝えているのだろう。あまり部員の視線が集まると彼女が気絶するので、上は見ないというのが暗黙の了解になっていた。


 ちなみに男女は関係ないらしく、一軍のマネージャーの桃井以外、マネージャー相手でも気絶するらしいので、連絡役は今のところ慣れて気絶しなくなった上、仲の良い黒子、青峰、桃井、そして幼馴染みの赤司がだいたいやっていた。





「だよなぁ、昨日コンピューター打ちの個人能力評価もらったけど、的確だったもんな。」





 他の部員も思わず口にする。

 テストが終わり、練習が始まった昨日、コーチを通じて渡されたのは一枚の紙だった。それは通常の体力テストのような数値ではないが、それぞれの癖、どちらに飛ぶか、練習試合におけるシュートの命中率などの数値やデータがずらっと並んでいた。

 それを作ったのはらしい。一体どうやって全員の膨大なデータを把握したのか、彼女の記憶力の恐ろしさを知らない部員たちは方法論にも首を傾げたが、そのデータはまさにその通りで、ついでにコーチから弱点に下線がひかれており、治すべき課題をそれぞれ課せられていた。





「ありゃ、才能だな。」






 学年でも背は一番前だろうと思えるほど小さい少女が持つ、才能。それはバスケ部だけでなく、どの部もほしがるものだろう。虹村たちバスケ部がそれを手に入れることが出来たのは、が赤司の幼馴染みで、あの対人恐怖症を含めて赤司とバスケ部が受け入れたからだ。

 赤司がいなければ彼女はあそこにいない。むしろ彼女の才能にすら、誰も気づかなかったかもしれない。




「慣れんのにどのくらいかかるんだよ。俺も保健室通おうかな。」

「俺、もう一ヶ月通ってるけど、慣れられねえんだけど。強面なのかな。」

「虹村、気の毒だな。」




 ぽんと部員はキャプテンである虹村の肩を叩く。それは慰めだったのだが、本当の話だった。

 1週間で慣れた青峰や緑間と違い、何故か虹村は存在感が強すぎるのか、未だ対面するとに気絶されている。

 コーチが今日のの選手たちへの評価を聞いたのか、下りてくる。

 注意が終わると、解散だ。しばらくして人がまばらになるまで片付けを手伝っていた赤司と、青峰、紫原、緑間、桃井、そして黒子は、人がいなくなるのを見計らって二階に座って見ていたが下りてくるのを待った。





!!大丈夫だよ、もう!!」





 桃井が二階に声をかけると、は二階から下りてくる。恐る恐るだが、それでも桃井は笑いながら彼女を抱きしめた。




「ちょー可愛い!!可愛い!!」




 130センチ、座敷童のような童顔と大きな漆黒の瞳を持つが、最近の桃井のお気に入りだ。は大きな桃井の胸にぐいぐい押しつけられて苦しそうだが、嫌がってはおらず、困った姉を見る妹のようにじっと桃井を見ていた。




ちん〜、あのクラッカーはないのぉ?」






 紫原はでかい図体ですぐにの元に歩み寄り、お菓子をねだる。

 酒粕で作るショートブレッドは健康にも良く、同時に味もさっぱりしていて甘すぎず、しょっぱすぎずでそのまま食べても美味しい。一軍だけの分とは言え、大量に作るのは手間がかかるだろうが、大抵はそれをタッパーに入れて焼いて持ってきていた。

 夕飯のついでに毎日せっせと作っている。




「あるよ。ちょっとだけだけど。」




 は鞄の中から小さな自分用のタッパーをとりだし、紫原に渡す。




「ありがとー、」




 紫原は満面の笑みでそれを受け取り、開けてばりばり食べ始める。お菓子に目のない彼にとっては、のクラッカーはどうしても美味しく、しかも健康に良く、喜ばしいもののようで、毎日あまっていないかとねだっていた。

 はまだ片付けをしている面々に退屈してきたのか、隣でボールを回していた青峰のボールをとり、ぽんぽんとつく。それに青峰は目を見張った。




「・・・おまえ?ちょっと1on1やろうぜ。そこ立てよ。」

「え?相手にならないよ。」

「良いからさ。」




 青峰はからボールを取り上げ、ドリブルをしながら体勢を作る。




「とれば良いの?」

「あぁ、どんな方法でも良い、とりに来い。」





 小さく、小柄な彼女からの圧迫感はまったくない。だがどうしても先ほどボールをとった動きが気になって仕方がなかった。何かを見落としている気がしたのだ。




「おい、やめ。」




 赤司が止めようと手を伸ばす、だがそれよりも早く、青峰が動いた。

 それと同じ速度、否、むしろそれ以上の早さで、動く方向に視線すらも向けなかったはずなのに、迷うことなく彼女は青峰と同じ方向に動き、ボールを叩こうとする。それを青峰は左手から右手にボールを持ち替えることで避けたが、すぐに彼女の左手が上からではなく、下から斜めにボールを叩いた。




「え?」




 ころんとボールが音をたてて体育館の床に転がる。




「下から・・・!?」




 黒子が呆然とした表情で、彼女の判断に驚く。ボールにどうしても視線が行きがちだ。だからこそ、彼女はボールの死角になる、下側から、でも真上に叩いては上に青峰の手があるため、ボールをとることが出来ないため、横にずれるようにボールをはたいた。

 とはいえ、はたいたからと言って、次に何か出来るわけではない。ただ衝撃過ぎて、ただ呆然と全員が転がっていくボールを見ていた。

 青峰ほどのプレイヤーから、ど素人が1on1でボールをとれるなど、あり得ない。だが彼女の戦略も、動きも、全く他のプレイヤーに遜色のないものだった。そして何より彼女は、彼が動くよりも先に動いて、自分の動きの遅さを埋めていた。




「おい、おまえなんで俺が右に動くってわかったんだよ。」




 青峰は、驚いている青峰が逆に不思議だというように首を傾げているに尋ねる。

 彼女は最初から青峰が右に動くとわかっていた。そちらに視線は向けていない。彼女は下手をすれば青峰が動くより一歩早かった。だが青峰が動く方向を修正できるほどの時間はすでになかった。その微妙なコンマ数秒の動きを、彼女はきちんと読んできた。




「え?だって、動いたよ。」

「どこが?」

「動く方の反対の二の腕の方がねがぴっくて動くんだよ。」





 それは本当に微々たる動きだ。しかしぴくりとそちらの方向に動く。それが彼が動く方向を決めた時の合図だ。そこからは手を伸ばせば反対の手にボールをうつすか、軌道を曲げてドリブルするかの二択になるが、青峰は虚を突かれていた。

 そういう時人間は、相手の手よりも遠いところにボールを置きたくなる。だから彼は右手にボールを移し替えたのだ。それも予想できることだった。後は彼にバレないようにボールをたたき落とす方法を考えるだけだ。




「おまえ、動体視力も良いのかよ。」




 そんな癖、わかっていても動いている物体の僅かな反応を見られるだけの動体視力が普通の人間ならばない。

 どうしても彼女の莫大な記憶力に目が行きがちだが、一瞬にしてそれに気づく洞察力と、そしてそれに反応して動く反射神経が必要となってくる。そちらにも彼女はかなりの才能があるのだ。本人がスポーツをしないのでわからないだけで。



「それにしてもおまえ、ルールとかわかってんだな。何もわかってねぇのかと思ってたぜ。」




 青峰はボールを回しながら言う。

 彼女は基本的に記憶はしているが“理解”はしていないのが常だ。見ていてもバスケのルールなど知らないと思っていたが、どう見ても今の動きはある程度ルールを理解してのものだった。




「うん。にいさまがやってたし、赤司くんのをいつもみていたから。」





 は笑って答える。青峰は「へー、」としか返さなかったが、何人かは知っている。彼女の兄は天才とうたわれた帝光中学出身の、プレイヤーだった。




「おまえ、もう少し背がありゃ、バスケ出来たろうに。もったいねー。おっしゃ、今日はアイスおごってやるぜ。」




 青峰は笑っての背を叩く。





「やったぁ。スイカバーが良い。」





 当たり前のようには返す。だが赤司は困ったように隣でため息をついていた。
安易な才能の表出