試験が終わった翌日の練習から、正式にはバスケ部のマネージャーになった。

 気絶すると困るので、基本的に体育館の二階で留まって見ることが、放課後のの仕事になった。字が汚い上に、いらないことを書くため、結局記録させることは諦め、代わりにコーチや監督、キャプテンなどが必要な情報を聞き取ることになったため、本当には見ているだけだ。

 は二階でいつも影ながら見に来ている白金監督の隣に座って見ているだけだったが、心配していたのだろう。赤司はよく選手たちが休憩に入った時を見計らって、二階に上がってきた。





「赤司か。」





 白金は目を細め、赤司に目を向ける。彼は礼儀正しく頭を下げてから、に話しかけた。




「どうだい?」

「うん。見てるだけだよ。いる?」




 はにっこりと笑って、赤司にクラッカーを差し出した。昨日の夜、赤司が勉強している間に作ったものだ。




「これって、」

「酒粕と塩麹のショートブレッドだよ。」

「久しぶりだな。のこれを食べるのも。」






 かりかりしており、部活動のあとの栄養補給などにも役立つものだ。

 小学校の頃、バスケをしていた兄に差し入れは何が良いかと聞いた時に、酒粕で作ったショートブレッドが良いと聞いたのだ。酒粕にはビタミンなども含まれており、激しい運動後の疲労回復に役立つのだろう。それを小学校時代から、はいつも赤司の練習の時に大量に作っていた。

 後でキャプテンから皆に渡しれもらうつもりだ。




「でも、まずスポーツドリンク持ってきてるんだろう?」

「うん。」





 赤司は笑って手のひらを差し出すから、は一つ頷いて鞄の中から大きめの明な水筒を取り出す。彼はさも当たり前のようにそれを受け取った。

 それはレモンと蜂蜜で作る、手作りのスポーツドリンクだ。塩も入っている上自然のもので作っているから、健康にも良い。酸味があるのでさわやかで飲みやすい。甘さなども調整できるので、小学生時代から赤司は普通のスポーツドリンクよりもそれを好んでいた。




「ショートブレッドの方はいただいたが、なかなかの味だったよ。とても食べやすい。」




 白金は優しげに目を細め、穏やかに笑う。それは娘か孫を見るような温かいもので、は彼のことが好きだった。厳しい人だと言うが、彼はに無茶は言わない。対人恐怖症を患っているのことを理解した上で、対応してくれていた。

 それにの記憶力のことも、長所だと考えてくれている。

 前の中学でひたすらいじめられてばかりいたにとっては、その記憶力を長所と捉え、それを明確に口にして安心させてくれる白金は、とても慕わしい存在だった。




「そうですね。昔からこれが好きだったんですよ。食べやすいし。」





 赤司は白金に礼儀正しく対応しながらも、飲み物を一口二口飲んでから、そのクラッカーを口に入れた。





。ドリンクもらっていくよ。」

「征ちゃ・・・赤司くんの水筒だよ。それ。」






 朝にが寝坊してしまい、渡しそびれただけだ。元々彼のために彼の水筒で作ったスポーツドリンクなので、練習していないにはいらないものだし、持って行って構わない。それをきちんと尋ねるのは、白金の前だからなのかなと、は首を傾げる。





「その残りのショートブレッドはどうする気だい?」

「虹村さんに渡して、配ってもらおうかなって・・・」

「気絶したら困るから、渡そうか?」




 確かに終わるタイミングで渡さなければいけないが、気絶するので下りていけないでは渡し損なうかもしれないし、そもそも未だに虹村はボーダーラインで、あまり近づかれると気絶するだろう。




「うん。お願い。」





 赤司の申し出をありがたく受けることにして、クラッカーの入っているタッパーを渡す。もちろん自分のストックである小さなタッパーは別にある。





「あとみんなが出て行くまで、ここにいて良い。帰りは迎えに来るから。」

「うん。残り、頑張ってねー」

「あぁ。」




 頷いて、タッパーを持って練習に戻る彼を見送る。いつもこんな感じで、彼を見送っていたな、小学生の頃、と懐かしく目を細めていただったが、ふと視線を感じて隣に座っている白金を見る。




「いやね。仲が良いなと思ってね。」





 白金はにこにこ笑っていた。

 実は彼とは兄が小さい頃、何度かあったことがある。兄がまだ、帝光中学にいた頃だ。長兄とは結構年が離れている。兄が中学でバスケをしている頃、はよちよち歩きで、両親が三者面談で目を離した隙に兄を探して帝光中学に迷い込んだことがある。

 その時保護してくれたのが白金だった。彼は当時まだコーチで、もちろん幼すぎたはあまり覚えていないが、白金はよく覚えていたという。





「本当に、笑うと忠煕にそっくりだ。」




 白金は大きく頷いて言う。

 長兄の忠煕は、天才と言われたバスケプレイヤーで、帝光中学の長い歴史の中で最も成功し、そして最もあっさりとバスケをやめた人物として名高い。彼は今、貿易会社に勤めて世界を飛び回る生活をしている。

 現在は中東の危険地域に派遣されている。

 その長兄とは顔立ちがそっくりだったらしい。お互いに母親似で、なつっこい童顔が特徴だ。とはいえ忠煕は体格にも恵まれており、195センチあったのに対して、は130センチと非常に小さい。だが笑うと特に雰囲気が似ていると言われる。




「うーん、にいさまは頭も良かったけど、わたしそうでもないから。」




 は少し恥ずかしくなって目を伏せる。

 容姿も似ているが、その記憶能力もまた、長兄とはそっくり同じだ。とはいえ、彼はIQも高かったため、自分で分析してきたが、は記憶力が良いのは下手をすれば忠煕以上だが、生憎IQはからきしで、分析能力は皆無だった。




「でも、それを赤司が補っているんだろう。なら良いじゃないか。」




 白金は穏やかに笑った。も今は多分赤司が補ってくれているのだと、小学校の時は気づかなかったが理解している。

 そして、それを申し訳なく思う。




「・・・頼ってばっかりで、心痛いんですけど。」




 目尻を下げると、白金は僅かに目を開き、困ったような顔をする。



「別に、君ばかりが頼っているわけではないだろうけどね。」

「そうですか?でもわたし、助けてもらってばっかりで、今も。」





 バスケ部に入れるようにしてくれたのは、赤司だ。いじめ問題で困り果てたを受け入れようとしてくれたのも、一緒に暮らしてくれるのも、そして今こうして、徐々に気絶せずに話せる人が増えているのも、彼が無茶をさせず、それでいて人との繋がりを保ってくれているからだ。





「そんなこと気にしなくて良いだろう。彼はそれが嫌なら嫌とはっきり言うさ。」






 白金はぽんぽんとの頭を撫でて言う。には彼の言っている意味がよくわからなかったが、少しだけその温もりに安心した。




そのままで良い