の兄・忠煕は有名なバスケプレイヤーだった。次兄の忠麿も別の球技で有名だ。

 の三兄妹はそれぞれ才能の大小はあるが、基本的に記憶力、IQ、動体視力、運動神経、洞察力などに特殊な才能を持っており、潜在能力は随一である。だがIQが大幅に欠如している末っ子のは、記憶力で幼い頃こそ有名だったが、徐々にあまり目立たない存在だった。

 それは隣に赤司がいたからだ。彼の才能とカリスマ性が明確化するに従って、の特殊性は誰かの目にとまることがなくなった。

 だからは、自分の才能をどう役立てたら良いか、そしてどういう風に他人に受け入れてもらえば良いのか、わからなかったのだ。そのことによって、は中学に入り、赤司と離れた途端、いじめられることになった。




「おらよ。」




 青峰はご所望のスイカバーを渡す。



「ありがとー。」




 は目を輝かせてそれを受け取った。その隣では黒子も同じようにピンク色のアイスを食べている。

 青峰とは単純な性格がぴったり合うらしい。黒子は保護者といった感じで、二人が変な方向に行かないように見張っている。




「奴はなんなのだよ。」




 緑間はわいわいと話す面々を見ながら、息を吐く。赤司はちらりと緑間を見て、首を傾げる。だが彼の言うことはある程度理解できていた。

 あの才能を見せつけられては、赤司ですらも心がざわつく。彼女は並大抵の才能ではない。潜在能力だけならばおそらく誰をも凌駕する圧倒的なものだ。とはいえ、彼女に自覚はないし、彼女自身の性格は至って平凡だ。

 緑間も噂にちらっと聞いたことはあったが、まさかここまでだとは思っていなかった。




「・・・あれが、対人恐怖症の原因か。」





 緑間は確認だけをするように赤司に問うた。





「そうだ。」





 赤司は静かに頷く。

 あの性格と才能の乖離が、他人が彼女を認められない理由となり、徹底的にたたきのめそうとした。彼女は才能こそあるが、それを誇示する方法も、相手を押さえる方法を知らなかったのだ。前に常に赤司がいたから。そういったことは赤司がしていた。

 彼女は才能ある二人の兄がおり、常に才能ある赤司が幼馴染みで、注目を集めないが故に天真爛漫に育ってきた。嫉妬や負の感情をほとんど知らなかったのだ。足りない部分を無意識に赤司に頼ってきた彼女は、赤司がいなくてはうまく自分の才能を受け入れてもらう方法を知らなかった。




「ただ、いじめの原因も間違いなく俺だよ。」

「は?」

「そういうことだよ。」




 赤司は静かにそう言って、楽しそうに笑っているに目を向ける。

 今の赤司が彼女にきつく言えず、必要以上にに優しいのは、何も個人的な感情と関連性のためだけではない。いじめの一部原因は間違いなく、赤司への反感があったからだ。





「・・・そんなこと、彼女は気づいていないのだよ。」

「まぁ、あの子は鈍いからね。」





 赤司が言うまで、きっと気づかないだろう。肉体的な相手に対する洞察力はあるが、は相手の感情を慮るのが非常に苦手だった。





「おまえも鈍いのだよ。」





 緑間は少し眉を寄せて、眼鏡を上げて言う。





「どういう意味だい?」

「そういう意味なのだよ。」




 赤司が尋ね返しても、彼はそれ以上話す気はないらしい。緑間は赤司に背を向けると、コンビニの中に入っていった。赤司はそんな彼が気になったが、気にしないことにしての方を見る。彼女はスイカバーにかじりついていたが、飽きてきたらしい。






「冷たい。」

「そりゃね。まだ3月だ。」





 がどれだけスイカバーが好きでも、運動もしていない彼女には冷たい。そんなことわかるだろうと思うが、は昔からこんな感じで、感性的にやってみてから思い出す。




「全部食べれるのか?たれてくるよ。」

「んー、食べてー。」

「だろうね。」





 赤司はため息をついて、半分ほど残ったスイカバーをの手からとった。

 昔からそうだ。は冷たいものを食べたいというのに、最後まで食べられない。だから最初から言うのだが、どうしても少しは食べたいらしいのだ。結局いつももったいないような気がしてあまりを食べるのは赤司だった。





「赤司君も、食べるんですね。アイス。」





 黒子が意外そうに首を傾げて言う。




「まぁあまり食べないけど、捨てるのもね。」




 もったいない、と思ってしまう赤司は真面目なのだろう。アイスも食べないような、そんなに自分には固いイメージがあったのだろうかと首を傾げる。はにこにこと笑っていたが、ふと青峰を見た。





「青峰くん、なんでゴミ箱見てるの?」

「いや、ちょっと本が欲しくて・・・」

「本屋さん行かないとないよ。」






 がまっとうな意見を青峰に言うが、黒子と赤司は彼の意図がわかってもそれを口に出すのがはばかられて顔を見合わせた。本屋で買うことが出来ないような雑誌が見たいと思って雑誌ゴミ箱を見ていたのだ。




ちーん、食べる?」




 腕に大量のお菓子を抱いている紫原が尋ねる。

 どうやらいないと思ったら、お菓子の物色に時間がかかっていたらしい。スイカバーを食べながら赤司が彼に目を向けると、彼は不思議そうに瞳を瞬いて固まる。





「赤ちん、食べるんだ。アイス。」

が食べ始めたのに、食べられないとか言うから。」

「だって、大きいんだもん。」

「えー、大きいのは良いことだよー。」




 紫原はのんびり言って、にクッキーを渡す。あまり塩っぽいものが好きではないことを、知っていたらしい。




「ありがとー。」

「ん、いつものお礼。」





 がいつも作っているショートブレッドのお礼のつもりらしい。確かに紫原はの作るショートブレッドが好きで、いつも最後まで食べている。

 はクッキーをもらって、楽しそうに笑っている。

 赤司は彼女の笑っている顔を見るのが、嫌いではない。久々に再会した時のような常に俯き、悲しそうな顔をしている彼女を見るのは大嫌いだ。でも、何故か、最近心にむかつきを覚える。笑っているのに、いらだつ時がある。

 それが何なのか、徐々に赤司は気づき始めていた。でも気づかないふりをしたいと思っていた。






自覚ある悪意