「すっごーい。本がいっぱい!!」




 は勝手に自分の声が弾むのがわかった。

 寺と言うにはあまりにも広い境内に、たくさんの本や骨董品が並んでいる。露店も所狭しと並んでいて、人も多くて楽しそうだった。




「今日は土曜日なので人も多いですね。」





 黒子は満足げに笑って小首を傾げた。




「おぉ、これはすばらしい!ひよこを持ったくまなのだよ。」




 ラッキーアイテムに使える、と緑間が叫んでいる。

 それはの目にはお世辞にも趣味が良いとは言えなかったが、彼はラッキーアイテムとして二つの利用価値のある骨董品を求めているらしい。しかも大きい方が良いらしく、骨董市を物色して楽しそうに笑っていた。

 その隣には古本市のコーナーもあり、たくさんの本が並んでいる。





「どうでも良いから。まず食べない?」





 紫原は退屈そうにちらりと骨董品を確認して、すぐに露店の方へと歩いて行く。背が高いので頭一つ分大きく、わかりやすい。




「俺も飯かな。肉買ってくるわ。肉。」




 育ち盛りの男の子としてはありきたりな発言を残して、青峰も紫原に続いて露店の方へと歩いていった。




「なんか美味しそうかも。」




 はふたりの背中を見送りながら、なんだか露店に自然と目が行き、そこにあるものが美味しそうな気がした。

 人が食べていたり、好きだと言われると、何となく欲しくなる、そんな心情なのだろう。ふと視界の端によぎったケパブの文字が気になって、食べたことがなくて行きたくてむずむずする。足を踏み出そうとした途端、手を引かれた。




、どこに行くんだい?」





 赤司がいつの間にかの手を掴んでいた。





「あ、えっと、ケパブ、食べたいかなって。」

「どこの話だ。」

「あそこ、あそこにあるケパブ食べたいの。」




 は赤司にケパブの露店を示す。彼はの指さす方向に目を向けて確認すると、後ろにいる緑間や黒子に目を向ける。





「黒子たちはしばらくここにいるかい?」

「えぇ、本を探したいので。」

「あぁ、骨董を探したいのだよ。」

「なら、すぐ戻るよ。がケパブを食べたいそうだから。」






 きちんと皆がはぐれないようにと気を配ってのことだろう。は方向音痴で、大抵同じ場所に戻ってこれない。だから友人から離れる時は気をつけないといけないのだが、注意力散漫なため、何かに気をとられるとすぐにはぐれるのだ。

 赤司はそんなの習性をよく知るため、一緒に行ってくれる気らしい。




「昔から言っているだろう?離れるなって。」

「そうだった。」





 は赤司の自分よりだいぶ大きくなった手を握り返す。




 ―――――――――――――、だめだ。





 いつもそうだ。彼はと他の人を繋ぐ存在だった。彼は人とを円滑に繋いでくれる。そうしていつもを守ってくれていた。だから、彼といれば大丈夫だとは心に言い聞かせる。

 そういえば小学校卒業以来、こんなに人の多い場所に出るのは久しぶりかもしれない。人が多くて、人混みをよけるのは大変だが、彼の手を頼りに何とか足を踏み出す。彼は上手に隙間を作ってくれるので、なんとか進むことが出来た。




「大丈夫か?」





 ケパブ屋の前に出ると、だいぶ人がきれていた。赤司の確認の声を聞きながら、は大きく頷いた。





「うん。人がいっぱいでびっくりしたけど、」

「すいませーん。ひとつください。」





 が言うと、トルコ人なのか背の大きな少年が出てきて、応対する。あまり年齢が変わらないように見えて、身体が勝手に硬直し、勝手に手が震えて、それを抑えるように赤司の手をぎゅっと握りしめる。





「袋で包みましょうか?」

「良いです。そのまま食べますから。」





 言葉をうまく紡げなくなったの代わりに赤司が答えた。彼は一度の手を痛くなるほど強くわかるように握ってから、手を離し、鞄の中から財布を取り出し、支払う。




「あ・・・征ちゃん、」




 我に返っては自分の鞄を震える手で掴むが、うまくチャックが引けない。財布を出さなくちゃと慌てればなおさらだ。




「良いから。」





 赤司がを落ち着かせるように一つ背中を叩いて、お金を渡し、ケパブを受け取る。そして受け取った方とは違うもう片方の手で、の頭を抱き寄せた。




「怖くないさ。」

「・・・」




 彼の近くにいて、が大変なことになったのは一度だけだ。その一度がある意味でが彼とともにいるのを躊躇わせ、そして同時に彼が自分にとって必要な存在であると知る原因となった。

 そう、彼がいればきっと大丈夫だ。





「そうだね。征ちゃんがいるもんね。」

「・・・そうか。」





 彼はの答えに少し驚いたのか、眼を丸くしたが、嬉しそうに、柔らかく笑う。

 多分は、彼のそういう笑顔が好きだ。彼の母親がいなくなってから、少しずつ彼の表情は固まっていった。父親とうまくいっていないことも知っている。でもはずっと赤司とともにいて、少し離れてしまったこともあったけれど、やはり自分はここにいるべきなのかもしれない。



 そう思う時がある。



 そしてきっと、彼の傍にいる限り、自分は大丈夫だ。彼がいつも守ってくれて、酷い目になど遭うはずがない。だって、いつもそうだったから。




「ほら、たくさん食べないと大きくなれないぞ。」

「それは嫌みだよ。良いね。征ちゃんは背がにょきにょき伸びて。」




 すねたように言いながら、赤司からケパブを受け取る。

 震えは、いつの間にか止まっていた。まだ怖いとは思うけれど、耐えられないほどではない。赤司が傍にいるなら、きっと大丈夫。彼の傍にいて、大丈夫でなかったことはない。





「小さいくらいが可愛いよ。」

「そういうのは、伸びてるから言えるんだよ。」




 の運動神経も、反射神経も悪くない。実際に長兄も次兄も優れたスポーツ選手だった。なのに、がスポーツを何もしなかったのは、あまりにの背が昔からあまりに小さかったからだ。どのスポーツでも、それがネックになってしまう。





「戻るか。」





 また手を繋いで、人混みをかき分けていく。大きな学生ともすれ違ったが、赤司の手の温もりを認識すれば、少しだけ心に余裕が生まれた。




「うん。」





 は頷いて、彼に導かれるままに続く。

 骨董品や本が並んでいるところに戻ると、緑間と黒子が熱心にそれぞれの目当てのものを探しているのは一緒だったが、その隣では退屈そうに二人を眺めながら大量の食べ物を抱えている青峰と紫原がいた。紫原は甘いもの、青峰は肉と系統こそ違うが、まったく同じだ。

 そしてもまたケパブを手に持っている。




「おぉ、おまえうまそうなの持ってんじゃん、肉?」





 青峰は笑いながら尋ねる。





「半分や野菜、半分肉かな。」

「一口くれよ。俺のもやるからさ。」




 そう言って彼が差し出したのは、てらてらと脂のしたたる豚肉の串焼き。も結構な食いしん坊だが、流石に油ばっかりは好きではない。




「おいしくなさそうだから、いらない。」

「なんで!?ってかおまえそんなキャラだっけ?!」





 青峰が不満そうな顔をしていたが、は自分のケパブをとられる方が嫌だった。




変わらぬ郷愁