本と骨董品をあてどもなく熱心にふらふらと黒子と緑間だったが、赤司の提案で時間が大幅に削減されることになった。
「村上春樹の続編とかありました?」
「それは木陰から二番目だよ。」
「猫を抱いた犬のぬいぐるみはどこなのだよ。」
「それは右の一番の端っこの店だよ。」
黒子や緑間の創作物をがあっさりと答える。
「なるほどな。そんな使い方もあんのかよ。」
青峰は思わず感心した。
この後みんなでゲームセンターにでも行こうという話になったが、黒子と緑間の骨董品と本探しがいつまでたっても終わらなかったのだ。
は見たまま記憶する力を持っている。
赤司はまずにすべての露店、古本や、骨董品屋を一周させ、すべての位置、物品を記憶させてから、に場所を聞くように言ったのだ。それは非常に妥当な助言で、はすぐに必要な物の自動検索機となった。
流石幼馴染みだけあり、の有効的な使い方も承知している。
「何度も右往左往するより良いだろう?」
「ま。あてがねぇといつまでかかるかわかんねぇもんな。」
青峰も赤司の言葉に同意して、バスケットボールをくるくると回す。紫原はに一口もらってケパブが食べたくなったらしく、買いに行ってしまった。
緑間と黒子はしばらく戻ってくる気配もないので、退屈だ。
実は、青峰は赤司があまり得意ではなかった。あまり賢くなく、勘や感情を重視する青峰に対して、正反対に頭が良く、理論を得意とする彼は全くといって良いほど噛みあわない。利害が反したことがないのでもめたことこそないが、プライベートで合致するタイプだとは思えなかった。
だが、赤司の幼馴染みのは違う。
「、遊ぼうぜ。」
青峰はを誘った。少し先にはバスケットボールのコートがある。
「え、わたしあんまりバスケしたことないよ。」
「教えてやるよ。」
「おい、青峰。」
赤司が低い声で止めるが、そんなことで怯むタイプではない。
「おまえ過保護すぎだろ。こいつがやりてぇかどうかだろ。」
バスケをやるかどうか、決めるのはであって、赤司ではない。がやるのだから、その選択肢を赤司が勝手に奪うことは出来ないはずだ。
「バスケは楽しいぜ。」
青峰はに手を伸ばす。
「・・・じゃあ、やろうかな。」
は単純に青峰が楽しそうなので、やろうかなと思って手を重ねた。
兄が、そして幼馴染みの彼が必死になってやるものが、なんなのか知りたいとずっと思っていたから、は青峰の申し出が素直に嬉しかった。
「おっしゃ!教えてやる。」
笑いながらの手を取って笑う。は、夕方は涼しいだろうと着ていたスプリングコートをその辺に放りだしてから始めた。
赤司はため息をついてと青峰を眺める。
感覚的な説明の多い青峰では頭の悪いに教えることは出来ないだろうと赤司は予想していたが、それは逆だったようだ。二人とも頭が悪いため、感覚的でないと理解できないところが一緒らしく、どうやら退屈しても良い基礎的な説明がとんとん拍子に進んでいる。
「あれ?何やってるんですか?あれ。」
本を持って戻ってきた黒子が、コートで遊んでいる青峰とを見て首を傾げる。
「さん、バスケ出来たんですね。」
「いや、今日初めてだ。」
「え?結構うまくないですか?」
「の兄の忠煕さんが、少し教えていたかもしれないが・・・背が小さすぎるからな。」
赤司は小さく息を吐いた。
確かにには運動の才能がある。反射神経、動体視力、運動神経はきわめて良く、才能としては一級品だ。実際にスポーツの分野での兄二人もプロを十分目されたほどの選手だった。特に長兄の忠煕に至ってはバスケで歴代最高の選手と言われていたほどだ。
だが、小さい時からは身長が低すぎた。
3月生まれだからと言うのもあるだろうが、元々未熟児で、本当なら予定日は7月だったらしい。大きくなれば関係ないとは言われるが、それにしても中学1年生にして130センチは低すぎる。そのためスポーツで大成することはないと言われて何もさせられていなかった。
彼女が兄妹の末っ子だというのもあるのだろう。名門の公家一家出身で愛情いっぱいに育てられているが、それでも女のが優れている必要はなかったし、勉強もスポーツを無理矢理させる必要がなかったのだ。
今のはせいぜい徒競走が学年で一番早い、それだけだ。生憎背が低すぎて、全国で戦えるレベルではない。
「でも、これは、かなり・・・」
黒子の目から見ても、ボールをとりに行く彼女の動きは良い。
青峰と一度1on1をした時も、は青峰の手に合ったボールをたたき落として見せた。もちろんドリブルやシュートは出来ないが、帝光中学のレギュラーからど素人がボールをたたき落とすなど本来あってはならないことだ。
だが、一瞬の隙とそれを可能にする動体視力、そして感性。それは誰が見ても遜色のないものだった。
「・・・これは、」
赤司もじっとの動きを見ながら、眼を丸くする。
まだ自分がドリブルをすることはうまくないし、シュートなども同じくだが、反応速度は驚くほどに良い。青峰のドリブルが動こうと僅かに速度が変わるたび、それにあわせて身体が動く。それは決して簡単なことではない。
「あぁ!」
が手を伸ばそうとした途端に、青峰が手を引く。それにむっとした顔をして叫んだ。
「そんなに簡単にバスケ部がボールをとられてたまるかよ、出来たら夕飯おごってやるぜ。」
「・・・絶対とる!」
青峰に煽られて、はむきになる。
よくも悪くも、は素直だ。理性的な方ではないのでよく泣くし、よく笑う。だからこそ、煽られればむきになって本気でとりにいくのだ。
の戦略も動きも恐ろしく良い。しかも徐々に青峰の動きに反応できるようになっている。もちろん彼も手加減しているし、夢中になったが転ばないようには注意している。がドリブルが出来ない事もわかっているため、この1on1において、青峰がを抜くこともない。
だが、青峰自身も面白いのか、徐々にの手を交わすことにおもしろさを感じ、夢中になってきているようだった。
「・・・ちんって、バスケ出来たんだね。」
帰ってきた紫原が、驚いたように眼を丸くして言う。
「いや、まともに練習したことはない。」
幼い頃から一緒にいるので、赤司はがしていたことはだいたい知っている。せいぜい彼女は赤司がバスケをしている時にボールをぽんぽんとついて遊んでいたくらいで、まともに教えられたことはない。見てはいるが見ることと、やることは話が違う。
ドリブルやシュートも出来ない。だから競技自体をしていたわけではないが、それでも彼女の才能は見れば明らかだ。
「ちっ、あぶねっ」
一瞬、の右手が出てきたため、青峰がボールを下げる。その瞬間彼はボールの下から斜めに来た左手に気づいていなかった。だが、それは前にが使った手であり、今度は青峰もボールから手を離さなかったため、すぐに滞空時間が長く、方向転換したためボールに触れられない。
だが、僅かに斜めに向いたボールを、今度はが手の甲で軽く叩いた。
「わっ!」
一瞬ボールが青峰の手から離れる。そのボールを容赦なく、の右手が青峰の手から遠ざかるように強くたたいた。ぼんっと大きな音を立てて、地面にボールが転がる。
「やった!!おごり!!」
はぴょんと飛び上がって手を振り上げた。その頃には二人とも汗だくで、は熱さにブラウスのボタンをいくつか開けて、裾をぱたぱたさせる。下にキャミソールを着ているようだったが、ブラジャーの肩紐が見えて、赤司はため息をついた。黒子も気づいたのか視線をそらしている。
ただと青峰はどちらも気づいていないらしく、もう一度やる気のようだ。
「おまえら、何やっているのだよ。」
心底呆れたように緑間が言うが、やはり顔が赤い。
「はぁ?真剣勝負だよ。おまえ、こりゃまぐれだ!」
「約束は約束だよ!おごりって言った!」
「そこはわかってらぁ!」
青峰は悔しそうに吐き捨てて、ボールをつきなおす。だがすでに全員が戻ってきており、赤司が口を開いた。
「駄目だ。もうそろそろ行くぞ。」
「えーー、征ちゃん、もう少し!」
「いい加減にしろ。誰かタオル持っていないか。」
「持ってます。」
黒子は赤司の意図を察して、にタオルを渡す。
「青峰くんもですよ。ふたりとも、身体冷えちゃいますよ。ね。」
まだ3月とはいえ寒い。それに飲み物なども全く持ってきていないから、このまま続けてしまえば、明日体調を崩すかもしれない。特には慣れていないはずだ。
「むー、もうちょっとしたかったのに。」
「そりゃ俺の台詞だっての!」
は少し不満げにむっとして言った言葉に、青峰は不機嫌そうに眉を寄せ、軽くの頭を小突く。
「存外負けず嫌いじゃねぇか。」
「負けたら気分悪いもん。」
「そりゃ同感だ。」
「もうやめてくださいね。さんもその格好は感心しませんよ。赤司君に殺されたくないでしょう?」
話を進めてしまうともう一度コートに戻ってしまいそうな二人に、黒子が釘を刺す。と青峰はぴくりと反応して、赤司を見る。彼は笑顔だったが、後ろに黒いオーラが見えた。
心配しているんだよ