一年のテスト終わりから、はちゃんとクラスに顔を出すようになった。春休みまであと少しという所だったが、転校生というような扱いでなんとかは怖がりながらもクラスに馴染んだ。ところが一つ誤算があった。

 馴染んだ理由は青峰が同じクラスだったからだ。だが、問題も青峰が同じクラスだったからだった。





「・・・マジすんません。」

「ごめんなさい。」






 青峰とは二人並んで怒り心頭の担任に頭を下げる。

 が学校の教室にちゃんと通うようになって二日後、と青峰は二人で、廊下で箒と黒板消しを使って野球をし、電灯を割った。その次の日は二人そろってお菓子を昼休みに勝手に買いに行き、校門が閉まっていて入れなくなった。さらにその3日後、今度はサッカーボールで中庭にて遊んでいて廊下のガラスを割った。

 そして本日、砲丸投げの球が打てるか試してみようとか言いだし、壁に穴が空いた。





「青峰、おまえは親呼び出しだ!いい加減にしろ!!」

「えーー、お袋に殺される。」

「いっぺん死ね!、おまえいっつもしおらしく見えるのになんでこんなことばっかりするんだ。次やったら保護者呼ぶぞ。」

「ごめんなさい。」




 反抗的な青峰と違って、はぺこりと深々頭を下げる。そのため担任も何も言えず、次からは気をつけろというのだが、次また青峰と一緒に悪ふざけをしている。

 は見た目も座敷童のようで、せこせこ動くことはない。なのに、いつの間にかいないし、いらないことをしているのだ。しかも小さいので担任もすぐに目を離し、青峰と二人で消えている。この二人のクラスを一緒にしたことが、担任最大の後悔だった。





「すいません。」





 赤司は少し困った顔で担任を見て謝った。

 何故ここに彼がいるかというと、保護者の問題だった。現在の両親は海外で、赤司の父親がの保護者となっているので、代わりに壁の弁償などの関係で呼び出そうとしたのだが、こちらもまた国内にいるが忙しいらしい。

 に弁償の説明をしても、両親は海外だという話以外出てこず、「どうしよう」の一言だったので、話にならなかった。そのため赤司にどうすべきか聞くと、彼から家人に話し、弁償についての話を進めてくれることになったのだ。

 が問題を起こした場合、その後処理のために赤司を呼び出すのが担任の暗黙の了解となっている。





「でもどうして、砲丸で野球をしちゃ駄目なの?」





 はとても不思議そうに担任に尋ねる。





「あんなぁ、壁に穴開けちゃだめだろ。」

「じゃあ、壁に穴開けなかったら良い?」





 無邪気な瞳は、全く反省していない。担任は頭を抱えたくなった。

 これがの困ったところで、いまいち担任が注意しても、全部を納得してくれないのだ。まったく同じことはやらないが、類似のことはまたやる。素直に謝っていても、また青峰と似たような悪ふざけをするのだ。そしてまた素直に謝るからこちらも何も言えない。青峰以上に問題だった。

 だが、隣でそれを聞いていた赤司が担任に助け船を出す。





、なんで砲丸で野球をしようと思ったんだい?」





 赤司は穏やかな声でに尋ねる。





「だって青峰くんが言ったからだよ。面白そうだし。」

「でもは重たい砲丸なんて投げられないだろう?」

「でも打てるかもしれないよ。」






 は大きな瞳で赤司を見上げている。

 実際に青峰が近距離から砲丸を投げ、がバットで打つということを試してみて、結局出来るはずもなく、教室の壁をぶち破った。ちなみに教室を選んだのはで、休み時間であったため校庭にはたくさん人がおり、廊下と中庭はこの間駄目だと言われたから、だそうだ。

 廊下と中庭で野球をしてはいけないと言われるのは、危ないからだ。教室はもっと危ないだろうと思うが、にそんな理論は通じない。




が投げられないくらい重たいものが人に当たったら危ないだろう?野球ボールでも死ぬこともあるんだ。だから物を壊す可能性もあるし、物や人のたくさんいるところでやっちゃいけないんだ。」




 赤司はかみ砕いてゆっくりとに言い聞かせる。は黒い瞳を瞬いて、少し考えてから、納得したのか、「そっか」と頷いた。

 担任は二人のやりとりを見ていて、何故と赤司を同じクラスにしなかったのだろうかと後悔していた。しかも赤司はを説得するのが驚くほどにうまい。も赤司に言われたことは何か響くところがあるのか、二度とやらない。





「次からは気をつけろよ。」






 担任はそれだけを言って、と赤司を部屋から出した。成績が悪かった青峰の方は、春休み補習の話が合ったので残された。だが、少なくとも担任は、来年のクラス編成は絶対にと青峰を離し、赤司とを一緒にしようと心に決めていた。








「おじさまなんて言ってた?」

「・・・びっくりしていたよ。」





 赤司が父に報告すると、父はを大人しいと思っていたらしく、非常に驚いていた。

 確かには大人しいし、名門家出身で礼儀や作法はわきまえている。しかし、大人しいことといらないことをするかは話が別だ。しかも何故か青峰はを乗せるのが馬鹿みたいにうまかった。感情優先のは、楽しそうに見えれば何でもやる。多分青峰はが興味を持つように楽しそうに話すのだ。

 それには簡単につられて、やり始めて大変なことになる。今まで青峰一人で面白そうだと思っているだけだったことも、二人いれば出来る。おかげでクラスにが入った途端、教師たちの頭痛は増えた。

 今まで赤司がのそういう所を止めてきていたが、それがなければざっとこんなものだ。赤司としてはある程度別のクラスになった時点で予想していたので驚きもしなかったが、来年は間違いなくと同じクラスにされるだろう。

 少なくともと青峰は別のクラスになるだろう。





「そっか・・・あとでおじさまにも謝らなくちゃね。忙しい中でごめんねって」





 の両親や兄たちも海外で忙しいが、国内にいるからと言って赤司の父が忙しくないわけではない。ほとんど屋敷に帰ってこないくらいだ。なのに、手間取らせたことは、本当に申し訳ないと思う。




「そうだね。俺も一週間で父さんに5回も電話したのは初めてだ。」





 赤司は思わず小さく笑ってしまった。

 一週間に五回会話をしたのも、本当に久々かもしれない。幼い頃はたわいのない会話をした気もするが、もうそんなことは忘れてしまって、いつの間にか用件しか話さなくなった。顔を合わして一緒に食事をするのは一ヶ月に一度あるかないか。お世辞にも良い関係とは言えない。

 が親と一週間に一度はskypeしているのとは大違いだ。





「忠煕さんには連絡したのかい?」





 忠煕とは、の長兄で、現在危険地域に単身赴任中だ。




「うん。弁償の件があるから。」

「なんて?」

「くれぐれも自分で処理しようとせずに、征十郎の言うことをよく聞きなさい、だって。いつもそればっかり。心配しすぎだよね。」




 は少し不満そうに言う。

 幼い頃から長兄の忠煕は赤司のことをかっており、何かとがトラブルを起こすと「征十郎に言いなさい。」と言っていた。それが恐らく問題を大きくしない良い方法だと知っているからだろう。





「普通先生の言うことをよく聞きなさいとか言うんじゃないのかなぁ。」

が先生の言うことを聞かないからじゃないのか?」

「えー、ちゃんと聞いてるよ。中庭と廊下でボール遊びしたら駄目だって言われたから、教室でしたよ。」







 は真顔で言う。

 それはある意味で正解だ。確かに教師は中庭と廊下でボール遊びをしてはならないとに言っただろう。だが、教室でしてはいけないと言っていない。だから教室でした。

 その注意には普通、中庭と廊下でボール遊びをしてはいけないのは、人が多く狭くて危険だという暗黙の了解がある。だから教室となればなおさら駄目だ。しかし、はその暗黙の了解が理解できない。赤司がを扱うのがうまいというのは、そういう所だ。

 赤司は表面上のことはに言わない。に本質の所だけを伝える。そうすればは理解できるのだ。教師はどうしても目先で起こったトラブルのことしか注意をしないので、忠煕はいつも赤司の言うことを聞くようにに求める。







「クラスはどうだい?」





 赤司は背の低いのつむじを眺めながら問う。

 対人恐怖症で、初対面の人間の前では気絶してしまうだったが、それも徐々にバスケ部の部員と関わることで是正されていた。この間縁日に言った時が彼女にとって一つの区切りになったらしく、次の日から保健室登校もやめた。

 良い方向に向かっているのは、間違いない。





「うん。楽しいよ。青峰くんがすぐにわたしを友達に紹介してくれたし、」





 明るい青峰は友達も多い。そのせいか、がクラスに来た途端、すぐに見つけて友達の輪の中に入れてくれた。やんちゃな子ばかりの男の子のグループだが、居心地は良い。だから悪のりもしてしまうのだが、好意的に受け入れてくれていることはわかっていた。

 だから今のところ、大きな不和はない。女子も何人かが声をかけてくれていて、何とかクラスにも溶け込めそうだった。

 とはいえ、もうすぐ春休みである。それは運命の2年生の始まりがもうすぐであることを告げていた。




良い変化とその裏目