徐々に部員の前に出ても気絶しなくなったは初対面の人は苦手だが、それは気絶さえしなければ人見知りの程度で、ゆっくりではあるが順調にバスケ部のマネージャー業に順応していった。
「良いわよ。そんなの運ばなくて良いから!」
2年生のマネージャーの先輩の鴻池が、の腕から大きな飲み物の籠を取り上げる。
彼女はこのたび3年の卒業に当たり、マネージャーのまとめ役になった人物で、長い漆黒の髪を結い上げた、性格のさっぱりしていててきぱき動く、逞しい人ながら、もよく見てくれて、心配してくれていた。
「え、でも、」
「いや、絶対無理よ。持ってあげるから。」
学年で一番小柄なが持っていると何かとかわいそうになるのか、先輩マネージャーたちは皆、が荷物を運んだりするのを止める。小さい割には力持ちなのだが、大抵の場合は気持ちだけで十分だと言われた。
特には見て、選手の動きを記憶し、それによる統計を取るのが仕事であり、普通のマネージャーとは違う。それを先輩マネージャーたちも理解しているのか、用事を言いつけられることは極端に少ない。
だがはそういう所は真面目で、時間が空いている限りはせっせと手伝いをしていた。そのため先輩のマネージャーたちからも驚くほどに好かれている。対人恐怖症はまだあり、どうしても初めての部員と接する時は人を盾にすることがあるが、それも慣れてきていた。
「ちゃん、時間あったらそこのボード軽いからしまっといて。」
「はい!」
は言われたとおり点数をつけるボードを引きずって体育館倉庫に片付けた。ちょうどボードを片付け終わって倉庫から出てきたは、虹村と鉢合わせた。前なら気絶ものだが、今は一瞬どきりとするだけで何もない。
「あんま無理はすんなよ。」
虹村はそう言って、の頭をくしゃりと撫でてくれる。
「はい。でも大丈夫です、」
ボードを片付けたは次にその小さな体躯では似合わない飲み物を大量に運んでいく。先ほど先輩マネージャーが運んでいった分の残りだ。だがそれを虹村はめざとく見ていた。
「おーい、一年!座敷童が運んでんぞ!手伝ってやれ!!」
一軍に入っているレギュラーはキセキの世代と黒子のみだが、虹村は端でまだボールをついていた面々に声をかける。
「あ、え、?はーい。」
一番手前にいた青峰が返事をして、の代わりに大きな飲み物を持って行く。それをは慌てて止めた。
「え、大丈夫ですよ。虹村先輩。わたし、運べます。」
「大丈夫じゃねぇよ。それにおまえは荷物運びじゃなくて、とっとと報告上げてこい。」
虹村はの背中を軽く叩いて言った。
「で、でも。青峰君に運ばせるのは・・・」
「良いって。まだ、コーチに報告上げに行ってねぇんだろ?また後でなー。」
青峰は軽く言って、軽々とが手間取っていた大きな飲みものの籠を抱えていく。
「また後でって、おまえら一緒に帰んのか?」
虹村は気になったらしく、残されたに尋ねる。
「違います。夜に黒子くんと青峰くんと一緒に練習してるんで。」
「おまえそれにつきあってんの?すごいなぁ。ま、無理はすんなよ。」
虹村はに注意して、集まっている一軍の所へと去って行った
前は虹村のことも怖かったが、彼がなんだかんだ言いつつ部員みんなのことを考えており、自分のことをちゃんと心配してくれると気づけば、何も怖くはなかった。マネージャーの先輩たちも目的は部員のサポートと勝たせることであり、そのための力を持つを大切にしてくれている。
練習が終わると、今日の気になる部分や今日の統計と総合的な統計の結果などをコーチに伝え、コーチからの質問にその回数や選手のボール占有率などを報告し、の仕事は終わる。大抵その後にまだ残っているであろう洗濯や洗い物を手伝おうとするのだが、それくらいなら部員の動きを見ておけと体育館に帰されてしまう場合がほとんどだった。
の記憶力はあくまで見なければわからないし、情報は蓄積されればされるほど良い。そのためできる限り一軍の部員とともに過ごす義務がにはあり、そのことをマネージャーたちもよく理解していた。特にこれから中心となっていくキセキの世代とともにいることを求められている。
とはいえ、が青峰と黒子の居残り練習につきあうのは、別にそのためではない。
「あーー!」
はボールをとられて、悔しさのあまり声を上げる。
「あーじゃねぇよ。初めて二週間の奴にそうそうしょっちゅうとられてたまるかよ。」
青峰は呆れたようにボールをつきながら言う。
は放課後に青峰にバスケを教えてもらうようになっていた。どうせ黒子と青峰は居残りで自主練をしていたので、その延長のようなものだ。は運動神経も良く、日頃はマネージャー業に専念しているが、それでも青峰が楽しめるほどに良い動きをした。
「すごいですね。」
黒子も思わず感心する。
今となっては黒子ではを全く止められない。もちろん役割が違うと言ってしまえばそれまでなのだが、彼女は飲み込みが早く、動きもきわめて良いため、徐々に青峰の動きになれ、反応しつつあった。
もちろん脚力、体力に男女差は大きいが、反射神経に遜色はない。
基礎的なところも才能があるのか、ドリブルやシュートも驚くほどの速度でうまくなっている。しかもは面白ければ持続的にやるタイプで、しかも結構な負けず嫌い。負けっ放しは嫌だとしつこいぐらいに青峰にくってかかった。
「あぁ!またやられた!!もう一回!!」
「おいおい、もうやめようぜ。」
「やだ!!もう一回!」
青峰は未だにボールをとりに来るにうんざりしていたが、はしつこい。いつもこんな感じで、はボールがとれるまでやる。でも手を抜かれると怒るので、青峰も困っていた。
ちなみにだいたい10本やって、がボールをとれるのは今のところ一本程度だ。ちなみにとれるというだけで、まだ青峰を越えてシュートを入れるだけの能力はない。ただそれも時間の問題で、シュートの入る率もどんどん良くなっていた。
「、おいで、帰るぞ。」
赤司が連絡などを終えて、体育館にやってくる。
「おいおい、保護者が迎えに来たぞ。」
「もう一回!」
は赤司が目に入っていないのか、青峰に言う。だが後ろからがしっとの服の襟元を赤司がしっかりと掴んでいた。
「俺が迎えに来てるのに、帰らないとか言わないだろうな。」
「あ、征ちゃん?・・・あれ、保護者?」
今青峰の言った内容がやっと今、理解できましたとでも言うように、は赤司を振り返る。
大抵赤司は忙しく、部活が終わっても遅くまで連絡や上級生との話し合いで残る。と赤司はともに帰るので、彼を待っている間、青峰と黒子の練習につきあうというのが、の最近の動き方だった。とはいえ、も練習しているので、一緒だが。
「成果はあったのか?」
「あんまりない。青峰くん、強いもん。」
「あたりめぇだろ。初めてちょっとの奴に負けてたまるかよ。でもま、シュートは前より入るようになったんじゃねえの?」
青峰はあまり気のない褒め方をする。赤司はそれに目をぱちくりさせて、小さなの頭を見た。
「そうなのか?。」
「うーん。わかんない。でも、征ちゃんが夢中になる気持ちはわかったよ。」
はにっこりと笑って、赤司に言う。
「さん、前から赤司くんがやっているのを見て、楽しそうだなって思って、やってみたかったらしいんです。」
黒子はの言葉に付け足した。
そういえば幼い頃からは赤司のバスケをずっと見ているだけで、一緒にやったことはなかった。の長兄が赤司にバスケを教えていても、彼女は楽しそうに見ているだけだった。あの頃から本当は、やってみたかったのかもしれない。
「そう、なのか。」
赤司は少し困ったように首を傾げて、を見る。
本当はあまりにバスケをして欲しくなかった気がする。あまりに遠い昔の話で、それが何故だったのか、いまいち赤司は思い出せない。
ただ、いまはが楽しそうなので、放っておくことにした。
忘却と郷愁