短い春休みが過ぎて新たに2年生になると、は赤司と同じクラスになっていた。




「あ、征ちゃんと同じクラスだ。でも青峰くんや黒子くんと別クラスかぁ、残念。」

「二度と青峰と同じクラスにならないと思うけどね。」




 赤司は少し呆れたような視線をに向ける。だがは自覚がないのか、「なんで?」と首を傾げていた。

 クラスには何人かバスケ部員やマネージャーもいるので、知人が一人もいないと言うことはないが、それでも少しは緊張しているのか、表情が硬かった。




「まあ、俺もいる。大丈夫だ。」




 赤司はぽんぽんとの背中を軽く叩く。



「う、うん。」




 は少し安心したのか、小さく頷いて笑った。

 幸いなことに席もと赤司は人並べにされていて、赤司が前、が後ろだった。始業式が終われば今日の学校はすぐに終わる。隣近所と適当に挨拶をして、つまらないことを話すと、あっという間に放課後にさしかかっていた。
 













「あ、灰崎くんだ。」




 は体育館に行く途中ですれ違った生徒を見て声を上げた。



「おぉ、あ、赤司の飼い犬。」



 灰崎は心底嫌そうな顔でに視線を向ける。だがその言葉の意味がわからず、は首を傾げた。少なくとも同居しているので、彼が犬を飼っていればすぐにわかる。




「赤司くんは犬を飼ってないよ。」

「おまえ、俺を馬鹿にしてんのかよ。」

「え?どうして?」



 凄まれても何が彼の勘に触ったのかわからず、後ずさる。こういう人は怖いとは知っている。やはりいじめられていた時のトラウマは十分に残っていて、恐怖のあまりにふわりと浮くような、気絶しそうな感覚が身体を支配する。

 だが、ぽんと突然、後ろから両肩を支えられた。



「灰崎君、あまりさんをいじめては駄目ですよ。」




 後ろから聞こえたのは、柔らかい黒子の声だ。




「別にいじめてねぇよ。」



 灰崎は黒子の出現に驚いたようだったが、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向き、そのまま靴を履き替える。



「灰崎君も今から部活ですか?」




 今から数分後には部活が始まるので、行くなら少し急がなくてはいけない。




「あぁ?めんどくせー、行くわけねえだろ。」



 灰崎は素っ気なく言って、腰に手を当ててため息をつくと、と黒子を見下ろした。



「おまえらちっちぇな。」




 黒子が恐らく150センチくらい。に至っては恐らく130センチ台だろう。身長差があるせいか、同年代という感じがしない。鬱陶しいなと本気で言おうとしたが、正直何やら子供に文句を言っているような気分になって、何やらばからしくなった。




「失礼ですね。」

「事実だろうが。おまえら子供っぽくてお似合いだな。」




 二人そろって丸いつぶらで大きな目と、何やらどこか抜けた、ぽけっとした雰囲気。何となく、本気で凄む気が失せる。




「あーもう良いわ。おまえらにつきあってられね・・・」

「灰崎ぃい!!」





 突然後ろから、虹村の罵声が響き渡る。

 はそれだけで気絶しそうになったが、少し顔を上げれば、視線の先で黒子がにっこりと笑っていた。どうやら彼は元々虹村がやってくると予想していたらしい。どうやら彼はただの足止め役だったようだ。虹村が車での。




「やっべ!!」




 灰崎が顔色を変え、黒子やなどそっちのけで全速力で走り出す。




「待ちやがれぇえええ!!」




 は灰崎が走り出した方向の反対側にいた虹村が、自分たちの前を通り抜けていくのを呆然とみていることしか出来なかった。



「よくやった黒子!!赤司!」



 虹村は一瞬振り返ってそう言って、颯爽と灰崎を追うために去って行く。すごいスピードだと感動しながら、ふと彼の台詞の最後についていた名前に首を傾げていると、赤司が少し慌てた様子でやってきた。




!大丈夫か?」

「え?だ、大丈夫だよ?何かあったの?」




 は未だ靴を履き替えず、持ったままの状態で首を傾げる。赤司は大きな部活用のエナメル鞄を持って走ってきたのか、僅かに肩で息をしていていた。




「黒子、よく気づいてくれたな。」




 赤司が黒子にねぎらいの言葉をかける。




「なんかよく内容まではわかりませんでしたが、言いたいことはわかりましたから。」




 黒子は目尻を下げて困ったようにを見た。

 黒子が帰ろうと校舎を出て歩いていると、声が聞こえて上を向いたのだ。すると3階の廊下の窓から赤司にが何かをこちらに向かって叫んでいた。詳しい話までは聞こえなかったが、赤司が指さした方向を見てすぐにわかった。

 そこにいたのがと灰崎だったからだ。

 灰崎は素行の悪さで有名で、しかもきわめて女癖が悪い。を怖がらせるかもしれないと、赤司がわざとと灰崎が接点を持たないように気を遣っていたのは黒子も知っていたので、すぐに黒子が灰崎に声をかけたのだ。

 とはいえ、そんな赤司の気遣いをは全く知らなかったらしい。



「・・・、灰崎の噂を知らないのか?」




 赤司は黒子と顔を見合わせて、に尋ねた。




「うわさ?すごい人なの?まぁ、レギュラーだから、すごいのかな。」




 灰崎は何かと理由をつけて練習に来ない。が部活でいつも一緒にいる青峰や黒子、幼馴染みの赤司ともあまり仲が良くないようだし、自身も接点がなく、直接話したことはほとんどなかった。のイメージとしてはキャプテンである虹村にいつも追いかけられている人、というイメージだ。

 プレイは確かにすごいので、噂になっているのかもしれないなと納得して顔を上げると、赤司と黒子は何とも言えない雰囲気を醸し出して目尻を下げていた。



「え、な、なに?そんなにすごい人?」

「いや、が考えているのとは逆の意味だよ。」

「まったく正反対です。」

「反対?じゃあすごくない人なの?」

「何かが違う。」




 赤司はため息をついて、首を横に振る。




「まぁ、良い。ただ、あまり灰崎に近づくな。」

「うん。わかった。」



 は素直に頷いた。

 正直頼まれても近づきたくない。あの目は人に暴力を振るったり、酷く怒ったりする人の目だ。だからあまり自分から近づきたくない。それに幼い頃からの経験で、何となくだが赤司の隣にいればなんとかなるとわかっていた。




「さて、部活に行くか。」




 赤司が声をかけたので、慌ててと黒子は靴を履き替えた。




「そういや、征ちゃんさっきどこに行ってたの?」




 ホームルームが終わり、が部活に行こうかなと思った時、赤司はすでに教室にいなかった。だから一人で体育館まで向かうところだったのだ。




「少し先生に呼び出されていてね。待っていてくれれば良かったのに。鞄残っていただろう?」

「そうだっけ?見てなかった。」

「見てくれ。同じクラスなんだから、部活くらい一緒に行こう。」




 赤司は少し呆れたように息を吐く。




「ごめん。これからは待つようにするよ。」




 は素直に謝った。

 一年の時は短い間とはいえ、青峰と同じクラスで、彼はどんな役職にもついていなかったので、大抵隣のクラスだった黒子と合流して、そのまま部活に行っていた。今は赤司と同じクラスなので、待っていても良かったかもしれない。

 多分今まで灰崎と部活以外で会わなかったのは、青峰や黒子がいたからだ。




は疎いからな。そういう所。」




 赤司は隣にいるの丸いつむじを見ながら、ため息をつく。黒子も同じことを感じていたのか、赤司に向かって小さく頷いて見せた。





危機管理能力の欠如