という人間は、非常に小さい。身長は130センチ強、誰が見ても学年で一番小柄だが、その割にマネージャーとしてよく動く。見た目の割に力持ちなのか、言い訳など全くせず、てきぱきと重たい飲み物を運ぶし、洗濯物を干す。

 料理もうまいのか、差し入れも一軍から三軍まで全員100人分例外なくきちんと作ってくる。

 少しのんびりしたところもあるが記憶力がきわめてよく、それ故に選手の能力を記憶、統計化するその才能は誰もが感動するほどで、マネージャーからもスカウティングを行う一軍のキャプテンやレギュラーからも認められている。

 それでも特別扱いを望まず、せっせと時間がある限りは動いているので、部活の中でやっかみを受けることはまったくなかった。

 いじめで対人恐怖症にまでなったと言うが、何故いじめられたのかすらもわからない。




「童ちゃーん。可愛いわね〜」




 三年のマネージャーのまとめ役でもある鴻池は、の頭をなで回す。

 いつの間にかバスケ部内でののあだ名は“座敷童”、もしくは“童ちゃん”になっていた。もちろんその子供っぽい容姿とおかっぱを見ていつの間にかついたものだ。




「本当に可愛いですよね〜。わたしが男の子なら惚れちゃう。料理うまいし、結婚したい。」




 桃井は遠慮なくに抱きついた。

 最初は桃井を見て気絶したも、今となっては桃井と一番仲良くなっている。ふくよかな胸と美しい容姿の持ち主である桃井と、背が低く、幼児体型だがどちらかというと酷く可愛らしいは正反対と言っても良い。

 性格も桃井はどちらかというとどうでも良いところには押しが強いのに、肝心な所で弱い。は逆にどうでも良いところに関しては押しが弱く、頼りなかったが、肝心な所に強かった。そういう性格の違いも、仲が良い原因なのだろう。

 そのため、何故か男子からも人気があった。



「そういえば、三年に放課後デートに誘われてなかった?」




 ふと鴻池が思い出したようにに尋ねる。




「えー、!そんなの聞いてない!」




 桃井がに詰め寄って、むっとした顔で叫ぶ。それは焼き餅のようだったが、はよくわからないのか、首を傾げた。




「え?言われてないよ」

「うそ、誘われてたでしょ?」

「違いますよ。日曜日に一緒に帰らないかって言われたんです。」

「あんた、それデートに誘われてんのよ。」




 基本的にバスケ部では土日も部活がある。とはいえ日曜日は半日で練習が終わるので、一緒に帰らないかというのは、事実上その後デートをしようと言っているようなものだ。三年の鴻池にはすぐにその意図が理解できたが、はよくわからないらしい。




「え?」

「ちょっ、先輩!わかってないですよ!!」




 桃井が少し呆れたように腕の中でぽかんとしているを見て先輩に言う。




「童ちゃん。ちなみになんて断ったのよ。」

「青峰くんと黒子くんの練習につきあってから、赤司くんと帰るから、一緒に帰れませんって言いました。」

「あはは!とりつく島なし!!」




 鴻池はこちらが痛快なほど腹を抱えて笑い、聞いていた周りのマネージャーたちも笑い転げる。

 マネージャーたちはが青峰と黒子の居残り練習につきあって、遅くなってから、同じく大抵遅くまで話し合いなどで残ることになる赤司と帰っていることを知っている。もちろん同居だと言うことまでは知らないが、家が近いため送っていると思っているはずだ。



「え、で、結局の所、本命は誰なのよ。」



 鴻池はを茶化すように尋ねる。




「ほんめい?」




 は言葉の意味がわからず、首を傾げた。




「そ。好きな子とかいないの?」




 それは中学生の女子としては実に一般的な話だった。他のマネージャーたちも手を止めて真剣な顔での答えを待っている。




「え?さっちゃんも赤司くんも黒子くんも青峰くんも、みんなも好きだよ?」



 は漆黒の大きな瞳を瞬いて、大きく頭を傾けた。



「っ、可愛い!可愛い!!私も好きだよ!!」

「さっちゃん、し、しぬ!く、くるし・・・」

「桃井!あんた童ちゃんを離しなさい!!」




 桃井は最初に自分の名前が出てきたことにテンションが上がってしまい、思いっきり腕に力を込める。だが首に丁度桃井の手が食い込んでしまって、は首を絞められて苦しそうに彼女の手を叩いていたが、くてっと力が抜けた。



!!!」

「童ちゃん〜!!」









 
 青峰はくるくるとボールを回しながら、「あー」とやる気のなさそうな声を出しながらマネージャーたちの方を見る。



「おい、よそ見をするな。青峰。」




 赤司がすました顔でドリブルしながらやってきて、青峰に注意する。彼の視線の先に目をやれば、マネージャーたちがを囲んで騒いでいた。一軍のマネージャーの中で、今のところ2年生はと桃井だけだ。そのため二人が上級生から愛情あるいびりをうけていることはよくあった。

 赤司からマネージャーをまとめている鴻池は、が対人恐怖症であることもきちんと話してある。彼女はさばさばしたおおざっぱなタイプながら繊細な所も持ち合わせており、チームのためにもきちんと対応すると約束してくれた。

 今のところ目立った問題は起きていない。




「仲良くしているようで、何よりだ。」




 赤司は満足げに一つ頷いて、自分の練習に戻る。やる気のない青峰はまだマネージャーたちのコート端でのやりとりを見ていたが、「あ。」と小さく声を上げた。




「なんだ?」

「さつきがをノックアウトした。」

「はぁ?」




 慌てて赤司はボールを持ったまま振り向く。そして倒れているを見るとボールを籠に入れ、顔色を変えてマネージャーたちの方に小走りで駆け寄っていった。




「・・・どうしたんですか?」





 徐々に騒ぎが大きくなり、コートの端に人だかりが出来ているのを見た黒子は目をぱちくりさせる。



「なにやってんだ?あれ。」




 流石にキャプテンの虹村も気づいたのか、呆れた表情で人混みの方へと駆けていった。




「あれ?赤ちんにちんがおんぶされてるー?気絶した?」

「気絶したんじゃなくて、さつきにノックアウトされた。」




 紫原の言葉を青峰が訂正する。

 どうやら完全に気を失ってしまっているを赤司が保健室まで運ぶつもりらしい。をおんぶしたまま、主将の虹村に一言二言告げている。




「なんだ、桃井の料理か?恐ろしいのだよ。」

「ちげー、さつき本人が原因だって。」

「・・・なんなのだよ。」

「桃井さん、テンション上がるとすぐさんに抱きつくんで、ちょっと力入れすぎたんでしょう。」




 青峰の説明不足で事情の飲み込めない緑間に、黒子は的確な説明を入れる。青峰はそれを気のない様子で見ながら、ぽんぽんと何度かドリブルをする。




「テツ、俺の勘なんだけどさ。」

「はい?」

「赤司ってさぁ・・・のこと好きじゃね?」

「でしょうね。」




 青峰の見解に、本当にあっさり黒子は同意する。




「え?」




 あまりに軽い同意に、青峰の方が眼を丸くした。




「見たらわかるじゃないですか。本人無自覚っぽいですけど。」




 確かに多くの人間は気づいていないだろう。も赤司のことを学校では“征ちゃん”とは呼ばない。それなりに距離をとって接している。だが、人間観察が趣味の黒子にとっては、例え読みにくい赤司であっても、その行動から、恋愛感情は間違いないと感じていた。

 ただそれを本人が気づいているかは、まだ知らない。


無意識の恋慕