を迎えに行けば何故か灰崎と話していて、結局昼ご飯は灰崎もともに学食で食べることになった。
「え、征、あ、間違った。赤司くん、そんなに食べるの?」
赤司が学食のビュッフェ形式の食べ物をとっていると、が手元をのぞき込んで驚いた顔をしていた。
成長期という奴なのか、確かに最近無性にお腹がすく時がある。もちろん栄養バランスに関してはきちんと気にして食べている。野菜も食べているが、確かに量自体は全体的で増えたかもしれない。それに比例して急速に背も伸びてきている。
赤司は隣で食べ物を皿にのせているを見る。少し彼女のつむじが遠ざかったような気がする。
「は少ないな。食べないのか?」
「・・・食べたら背、伸びるかな。」
「無理じゃね?」
灰崎が後ろからいらない突っ込みを入れて、パンだけを買って会計へと早足で歩いて行く。
「何もされなかったか?」
赤司は心配になって、に尋ねる。
廊下で待たせていたはずのがいつの間にか中庭に出ていて、ウサギ小屋の前で灰崎と話していたのだ。今日は他の一軍レギュラーたちと学食で食べるはずだったので、にそう言ってあった。
灰崎は元々部活自体サボりがちで、レギュラーたちと一緒に動くこともなく、仲もあまり良くはない。そんな状況だったため、呼んでも来ないだろうと赤司も思っていたのだが、に行くぞと言うと、灰崎も来るのだと言い出した。何故かが誘っていて、灰崎もついてくる事になっていたらしい。
「え?灰崎くんのこと?なんかいじめのこととか心配してくれたよ?」
「・・・そうか?」
拍子抜けするほどの反応は普通で、赤司は思わず眉を寄せる。
灰崎は素行が非常に悪い。そのためにあまり近づいて欲しくなかったが、彼女にそういうことを言ってもうまく対処できない。結果的に、他のまともな部員にをできる限り接触させないようにさせるくらいしか出来そうになかった。
赤司はを守る義務がある。二度とをいじめなどに晒してはいけない。だから、できる限り気をつけなければならないのだ。の身辺に。今度こそ彼女を泣かせないために。
そして自分自身のためにも。
「あ、やっときたんですね。」
黒子がにっこりと笑う。
は黒子の隣に、赤司はその向かい側に腰を下ろした。黒子の隣には緑間が、青峰を挟んで赤司の向こうには紫原がいる。灰崎は緑間の隣に座ろうとしたが、黒子のお皿にのっていたミートボールが魅力的に見えたのだろう。
「もーらいっ、ミートボール」
許可も得ず、黒子のお皿に手を伸ばしてそれをとる。
「腹減ってんなら大盛りにしとくかおかわりいけよ!毎回人のもんとってんじゃねーよ。」
黒子の代わりに、青峰が灰崎に抗議した。
「僕は別に構いませんが。」
「灰崎!」
青峰が止めるが、灰崎はそのミートボールを遠慮なく自分の口の中に放り込んだ。
「いーじゃねーか。別にぃ。おまえもよく人のもん食うじゃん。」
「灰崎くん、座って食べないとお行儀悪いよ。」
が間の抜けた言葉を差し挟む。その少しのんびりした口調が不釣り合いで、青峰も灰崎も一瞬黙り込む。
「あと音を立てて食べるなよ。品がないぞ。」
緑間がの一言に付け足す。灰崎はそちらに怒りの目を向けたが、緑間はすました顔でやり過ごした。
「いつも言ってんだろぉ?腹減ってるとかそーゆーんじゃねーんだよ。」
灰崎はミートソースのついた自分の指をなめながらにやりと笑う。
「人が食ってるもんってやたらうまそーに見えるからよぉ、ついな。」
人のものがよく見えるというのは、幼い頃にはよくある話だが、強奪を趣味とするのはあまり好かれない。実際に赤司を初め、緑間も、青峰ですらもあまり彼のことが好きではなかった。そのため、学食に彼が現れた時点で、少ししらける。
だがは別に何も感じないらしい。
「灰崎くん、黒子くんにあげたら?」
「あぁ?」
「パン。」
「はぁ?なんで?」
「だって、黒子くんのミートボール食べちゃったから。かわりに。」
要するは、灰崎が黒子のミートボールを食べてしまったから、パンを上げるとかして埋め合わせをしろと言っているのだ。それはなかなか灰崎に対して勇気ある発言であり、同時に灰崎の素行の悪さを知らないから全く恐れていない証拠だったが、他の面々は灰崎がなんと返すか、思わず注視してしまう。
キレてに掴みかかるようなことがあれば、青峰も赤司も容赦する気はなかったが、幸い灰崎はに苛立ちは覚えても手を出すほどの感情は抱かなかったらしい。
「馬鹿じゃねぇの?ちびっ子。おまえも人のもんとってちょっとは大きくなった方が良いぜ。」
「・・・そ、そんなことしなくてもきっと30センチくらい成長期になったら伸びるもん。」
「いや、それは少し無理じゃないかな。」
赤司はの言葉に冷静な突っ込みを入れて、小さく息を吐く。青峰も安堵の息を吐いてから、の皿を見て呆れた。
「おまえ、なんかサラダばっかじゃね?そんなんじゃでかくならねぇぞ。」
「青峰くんのお皿・・・なんか油い。」
「うっせぇよ。野菜なんて食ってる気しねぇじゃねぇか。」
の皿は野菜ばかりでこれも偏りがあるが、青峰の皿にも肉しか並んでいない。そういう点ではレベルは一緒だった。
「ちん、いつものショートブレッドもってないのー?」
紫原がの服の袖をくいっと引っ張る。
紫原は最近、が作るクラッカーのような酒粕で作るショートブレッドが好物だ。健康にも良く、疲労回復にも役に立つそのクラッカーをは毎日うん百枚単位で焼く。最近は他のマネージャーも焼くようになったのだが、それでも味が違うらしい。
「え?持ってきてるけど、あれは部活の時だよ。」
「えー頂戴よ。あれ美味しいじゃん。ねー、」
「だめだよ、それにあんまりたくさん食べたら身体に良くないよ。」
甘いものではないが、同じものをたくさん食べるのは良くないとは主張する。
「・・・でもさ、お菓子よりましじゃね?」
青峰は日頃紫原が食べているポテトチップスやうまい棒よりよっぽど身体に良いだろうと思ったが、向かい側に座って見ていた黒子が口を開く。
「紫原君。あまりわがままをいうと、さんが作ってくれなくなるかもしれませんよ。」
「えーーー、ちんそんなことしないよねー。俺あれ大好きなんだぁ、作ってくれるよね。」
「なんで紫原くんはお菓子にそんなに必死なのかな?」
は小首を傾げて、自分のサラダをむしゃむ食べる。
「、おまえハムスターみたいなのだよ。」
小さくて目が丸くてつぶらで、野菜を何やら貪っている感じだ。緑間はふっと浮かんだ動物を口にしたが、全員が同じだったらしく、に一斉に視線が集まる。
「?」
はもきゅもきゅ食べながら首を傾げる。まるっこくて大きな瞳のハムスターみたいだった。
「そういえば、今日から一人二年が一軍に上がってくるらしい。始めたのはつい二週間ほど前らしい。俺たち以来のスピード昇格だそうだ。」
緑間がふと思い出したように口にする。
「新しい、ひと?」
はあまりよくは聞いていないのか、首を傾げる。
「は一軍からほとんど出ないから、知らないかもしれないが、2軍ではあっという間に有名になっていたんだ。」
赤司は説明を付け足す。
基本的にマネージャーとは言え、能力的な問題からは最初から一軍配属であり、しかもほとんど一軍から出ない。そのため、2,3軍がどうなっているかをほとんど知らなかった。下から上がってくる人は一軍に来てからしかわからない。
「ふぅん。二年生か、楽しみだね。お名前はなんて言うの?」
はにっこりと笑って、緑間に尋ねる。
「名前は黄瀬涼太だ。」
「え?あ!そいつ俺知ってるわ!前会った。」
青峰は肉を口に突っ込みながら、「ん、」と声を上げた。
「ふーん、黄瀬涼太、ね。」
灰崎は興味を持ったのか、その名前を反芻する。
「珍しいな、灰崎。おまえが人の名前を覚えるなんて。」
緑間が褒めるような口調ではなく、むしろ懸念を含んだ目を灰崎に向けた。
「いやぁ、ま勘なんだけどな。何となく、けっこうやりそーじゃん。」
灰崎はいつもの面倒くさそうな様子ではなく、唇の端を楽しそうにつり上げる。
「そんで、仲良くはなれなそーだ。」
それはまさに不穏な予言だった。
崩壊を知らない