「目がしばしばするー」

「何をやっていたのだよ。」 




 緑間はバスケットボールを片付けながらに尋ねる。





「去年の全中のDVDノンストップ。」




 の仕事は基本的にその膨大な記憶力によってすべての情報を見て、それを記憶し、そして似たような動き、癖などをすべて統計化するというものだ。そのためにはまず“見る”必要があるため、今年度に向けての布石だった。

 これから全中に向けて、敵の試合の観戦もの仕事になる。そのためにも昨年の全中の試合のDVDは時間のある今のうちに早めに見ておくにこしたことはなかった。

 とはいえ、流石に放課後までぶっ続けで映像を見ているのは結構辛い。



「うー、目がかすむー」

「あまりこすってはだめなのだよ。」



 緑間はの手を止めて、でもどうして良いのかわからず慌てたように辺りを見回す。




「ちょっと冷やした方が楽ですかね。」




 黒子がやってきてタオルに巻いた冷却剤を持ってきた。




「これを目の上に置いたらちょっとはましになるかも。」

「ありがとう黒子くん。」




 はそれで目を覆い、黒子に促されるままベンチに寝転がる。ベンチは固かったが、それでも今は疲れているので心地よい。いつの間にかはそのまま眠りに落ちていた。
















 大抵練習終わりに先輩やキャプテンとミーティングがあるため、赤司は帰る時間までを待たせることが多い。その間は大抵青峰と黒子の居残り練習につきあうのが常なのだが、今日、赤司が体育館に戻ると、はベンチの上で爆睡していた。




「まったく、こんなところで。」






 今日は部活には直接出ず、全中のDVDを見ていたと聞いている。ぶっ続けで4時間ぐらい見ていたはずだから、疲れたのだろう。赤司はに自分のブレザーを掛けてやってから、まだ居残り練習を続けている面々に顔を向けた。

 いつもは青峰と黒子だけの体育館に、もう一人黄色い頭の影がある。




「あー赤司っちっスね。」




 明るい笑顔とともに駆け寄ってきたのは、今日一軍に上がってきたばかりの黄瀬だ。どうやら青峰とどうしても練習がしたかったらしく、居残っていたようだ。1on1をしていたようで、相手にならない黒子は少し不満そうな顔をしながら、それを見ていた。




「まだやっていたのか。」

「あぁ、ま、良いかなって。今日はは疲れたみたいだしな。」 




 青峰は少し残念そうに良いながらも、優しい目を貫に向ける。

 いつもは青峰と1 on 1をしているも、疲れているのかぐっすりだ。少なくとも今のところ起きる気配もないし、青峰も流石に起こしてやっては可愛そうだと思ったのだろう。目元をこすったのか、少し目尻のところが赤かった。

 軽くそれを確認しながら、帰ったら冷やすか軟膏でも塗ってやろうと考える。




「そういやこのちっちゃい子はバスケ部で何してるんっスか?座敷童って有名な子っすよね。」




 黄瀬は眠っているを見下ろして言う。




「そんな話になってるのか。」

「えー有名っスよー。赤司っちがつれてる座敷童。」




 成績が赤司と同じで一位と言うことより、2年で同じクラスになってからは、赤司がつれている子という印象がついているようだ。しかも小学生時代と同じく、あだ名もいつのまにか座敷童で定着しつつある。背が小さくおかっぱに近い髪型をしているからだろう。目が大きく背が小さいから、赤司ですらもよく特徴を揶揄したあだ名だと思っていた。

 人の噂というのはいろいろとやっかいだ。これから気をつけていかなければならないと、赤司は再確認して口を開いた。




は今日いなかったから紹介していなかったな。」




 赤司は納得して、が寝ているベンチに腰を下ろす。彼女は未だに寝息を立てていて、起きる気配はない。

 黄瀬は今日から一軍で練習だったが、は放課後すぐに部室でひたすら全中のDVDを見るという作業をしていたため、一度も体育館に顔を出していない。黄瀬に彼女を紹介する時間はなかったし、二軍には知らない人間もたくさんいるだろう。

 が二軍への帯同マネージャーとして試合に行くことは珍しいからだ。




。マネージャーだが、基本的に記憶力が良く、それを使って統計をするのが得意だから、見ていることが仕事だ。」

「え?」




 黄瀬は赤司の説明ではよくわからなかったらしい。



「こいつさぁ、すげーんだよ。文字でも映像とかでもなんでも、一度見たら覚えるから、おまえが何回右に動いたかとか、左に動いたかとか、全部わかるってことさ。」

「何それ、そんなことあるわけないじゃないっスか。」

「だからあるんだって。」




 青峰がかみ砕いて黄瀬に説明する。それで黄瀬は意味がわかったらしいが、軽く首を傾げて肩をすくめた。




「そんなの、俺だって記憶力の良い方っスよ。」

「ばーか。そんなもんじゃねぇよ。」




 青峰はの記憶力の良さが、まさに天賦の才と言うにふさわしく、恐ろしいことをよく知っている。だから黄瀬にボールをぶつけて、笑うが、黄瀬の方は疑っているらしい。




「なんなんっすか・・・だってそんな記憶力が良い奴なんているわけないっスよ!!」

「まぁ、起きたらすぐにわかると思うよ。」




 赤司はにっこりと笑って黄瀬に返す。





「またまた〜、赤司っちまで〜。」




 黄瀬は赤司の言葉を適当にいなして、を見おろす。

 一年の三学期で転校してきた彼女は小さくて可愛い容姿故に座敷童と言われ、二年のクラス替えで赤司と一緒になってからは彼とともに常にいるため、いろいろな噂になっている。とはいえ近くで見れば見るほど、は小さくて可愛いだけの普通の少女に見えた。




「あ、でも関係は気になる。赤司っち、もしかしてつきあってるとかっスか?」

「違うよ。ただ面倒ごとによく巻き込まれる子だから。」




 赤司は即座に否定した。多分、そういう噂が広がりつつあるのだろう。

 もうそろそろ幼馴染みだと学校内にも広げておくべきかもしれない。そうすればそれで納得する人間もいる。もちろんすべてではないだろうが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。だがただの幼馴染みというその響きは、赤司が考えるよりもずっと、不本意だという感情を心の中に生んだ。

 小さな違和感が広がっていく。赤司はそれに気づきたくないので黙殺した。




「あーなるほど!結構とろそうっスよね。この子。」




 黄瀬は納得するようにぽんっと拳で手のひらを叩いて、を見下ろす。




「今日は疲れているみたいだから、の記憶力は明日見せるよ。」

「そういやこいつ、部活出てきてなかったけど、何してたんだよ。」

「去年の全中のDVDノンストップ4時間再生してたんだ。」

「うげっ、たりー。すげぇ集中力だな、おい。」

「だからこうなってるんだけどね。」




 幼い頃からは集中すると何時間も一つのものをやる。そういう時、赤司が声をかけてもちっとも振り向かないし、違うことをやろうと言っても全然駄目だった。赤司は幼馴染みなので、どうやったら集中状態のをやめさせられるかも知っているが、どうしても急を要するときはこのの習性は役に立つ。

 ただ自身にも負担がかかるので、1時間ずつで休憩は挟んだ方が良いだろう。今日は虹村にばさっとDVDを渡され、それをが今日中に全部見ようとしていたので、赤司が気づいたときにはもう練習が終わっているような時間だったのだ。

 虹村もまさかがぶっ続けで見ているとは思わなかったらしく、驚いていた。

 は時間配分など、指示されたことを効率化したりするのが苦手だ。言われたにそのままできる限り無理をしてでもやるのが、の融通の利かないところで、効率的なやり方を考えるのは赤司の仕事だ。



「次からは気をつけるよ。」




 彼女が出来ないところは、自分がすれば良い。それがの選択肢を奪っているのだとまだ赤司は知らなかった。

先回りの選択回避