黄瀬はの記憶力の意味を知ると、あっさりとを認めたし、が青峰とやる1on1を見るとますます感動し、いつの間にか青峰と同じく、追い回されるようになっていた。



っち〜、遊びましょー。」



 放課後に明るい声とともにやってきた彼は、にむけてぶんぶんと大きく手を振る。



さん、なんか呼ばれてるわよー。」




 クラスメートがに言うが、イヤホン付きで本を読んでいたは、何も聞いていない。気づいていない。赤司が後ろの席のを振り返り、イヤホンを無理矢理外す。




「え、あ?何?征ちゃ・・・赤司くん。」

「黄瀬が呼んでいる。」

「え?黄瀬くん?どうして?」

「本人に聞け。」



 赤司はそう言って、教室の入り口から入ってくる黄瀬を指で示した。




「え?」

っちー無視なんて酷いっすよー。」



 黄瀬はわざとらしく目尻を下げて、嘆いてみせる。




「・・・ごめん、聞こえなかったの・・・。」





 ところがが真に受けたのか、大きな瞳をチワワ並みに潤ませ、目尻を下げて、真剣に謝る。黄瀬は冗談のつもりだったため、思わず怯んだ。




「いや、そんな真顔で謝られても・・・困るんっスけど。」

にそういう冗談は通じないから、やめた方が良い。」




 赤司は黄瀬に注意を促して、「何の用事なんだ、に。」と話の続きを促した。






「あ、そうっス。今日部活休みじゃないっスか。だからっちも一緒にバスケしようって話。黒子っちも、青峰っちも来るっスよ。」

「あぁ、もう放課後か。気づかなかったよ。」




 はそもそもそのことにすら気づいていなかったのか、教室の時計を確認して驚いた顔をした。

 どうやら休み時間にイヤホンをつけたまま本を読み始め、授業が始まったことすらも気づかぬままに授業を終え、ホームルームを終え、今に至ったらしい。は背が低いので、それほど背が高くない赤司の後ろと言うこともあり完全には教師の死角だ。

 しかも大抵赤司のところで教師は止まって、の所まで来ない。おかげでがノートを写していなかろうが、眠っていようが、教師が気づくことはなかった。




、イヤホンを外しておかないと、話が記憶できていないだろう?まさか板書も見ていなかったのか?」

「でもあの先生、教科書と同じような授業しかしないもん。後で赤司くんがノート貸してくれればどうにかなるよー。」

「貸すなんて言ってないんだが。」

「じゃあ提出物はもういいや。わたし字が汚いし。」




 はあっさりと諦める。

 元々お世辞にもは真面目ではない。実際に一年の3学期の末に真面目に教室に通うようになってから、青峰と同じクラスだったため、二人でサボっていた前科もある。は人にも流されやすいため、良くも悪くも一緒にいる人間につられるのだ。

 ただそれは悪い点だけではない。ともにいる人間が真面目ならそれに合わせる。



「だめだ。ノートを写すだけで点数をもらえるんだ。テストの点数よりも効率的だろう。そういうことはきちんとやれ。ノートは見せるから。」

「はぁい。」




 赤司が言ってノートを差し出せば、は少し不満そうな顔をしたが、素直に頷いてノートを受け取った。

 成績の方も恐らく記憶力もあるので提出物を出さなくても上位に組み込むことが出来るだろう。だが、赤司としてはそれでは張り合いがないし、どちらかというと赤司はきちんと物事はしたい方だ。彼女の兄や親からも頼まれているので、気づく限りの部分はきちんとさせるようにしていた。

 も一応、赤司が言えば素直に聞く。




っち、あんまり真面目じゃないんっスね。ノート写してないなんて。」




 黄瀬は肩をすくめて笑う。





「だって、覚えるんだからノートをとる必要がないよ。それにどうして真面目だと思ったの?」

「えー、だってっち、成績一位だったじゃないっスか。赤司っちと一緒で。」

「でも、真面目かどうかは話は別だよ。」





 は首を傾げるが、赤司は黄瀬の見解は当然のものだと思っていた。

 普通成績の良い人間は大方真面目だ。提出物をきちんとだし、ノートも写し、授業中に寝るなんてもってのほかだろう。実際に赤司もどんなにつまらなくても真面目に授業は受けている。

 対しては記憶力があるため、ノートを写す必要性が元々ない。答えも授業中に先生が書いている黒板の板書を見てさえいれば、一字一句違わず覚えているため何も書く必要がない。幼い頃からそうであったため、は字を書く必要性がなく、習字をやっていたにもかかわらず、驚くほどに字が下手だった。




「ま、それは良いっスわ。今日、青峰っちも一緒に第一公園で自主練するっス。だから青峰っちがっち呼んで来いって。」

「あ、そっか。今日練習ないもんね。」




 昼から職員会議やらの関係で、本日は部活が休みだ。体育館も何かあるのか、今日使うことは出来ない。学校近くの第一公園はバスケットボールのコートがあるため、そこで自主練をしようという話になったのだ。




「第一公園か。俺は生徒会の仕事があるから、後で迎えに行く。」

「え?一人で帰るよ?」




 は赤司の申し出に返す。

 確かに第一公園は学校から近いが、帰り道の反対側になるし、わざわざ迎えに来させるのは気が引ける。家から別に遠いわけでもないし、一人で帰っても大丈夫だろう。そう思っていたが、赤司は心底呆れたようにため息をつき、の机に頬杖をつく。




「お菓子につられて何度さらわれそうになったんだったか。」

「えー、そんなこと一度もないよ。」





 は意味がわからないとでも言うようにきょとんとする。

 ちなみに小学生時代、お菓子をくれるという男の人に攫われそうになったのは本当の話だ。3度ほどあり、もちろんその人が変質者で、赤司が慌ててを男から離し、逃げたので助かったという訳なのだが、は未だにそれを親切な男の人がお菓子をくれただけだと思っている。




「赤司くん、いつもわたしがお礼を言う前にひっぱっていくんだよ。ものをもらったらお礼を言わなくちゃいけないのに。」





 話の正否は当事者たちにしかわからない。ただ、赤司の心底呆れた目を見ていると、黄瀬はどうしてもの言う性善説が本当とは思えなかった。




「全然大丈夫に聞こえないっス。先に終わるようなら、赤司っちに電話するんで、電話番号教えてくださいよ。俺送っていくっス。」

「ありがとう。助かる。」

「ふたりとも酷いよ、傷つく。」




 は口ではそう言ったが別に傷ついている様子は全くない。は赤司の言葉が別に感情を伴っていないことをよく知っているのだ。





「それにしてもっちと赤司っちって仲良いんっすね。」

「幼馴染みだからね。まぁ昔からの保護者みたいなものだよ。」




 放課後とはいえ、クラスメートの何人かは帰っていない。それがわかっていて、彼らにも聞こえるように赤司はそれを口にした。嘘ではない。彼女は小さい頃から一緒にいる、幼馴染みだ。




「そうなんだよ。にいさまもいつも征十郎の言うことをよく聞きなさいしか言わないんだよ。酷いでしょ。」





 は楽しそうに笑いながら、赤司の言葉に賛同する。それは無意識のものだったが、は赤司の意図を理解せずに、赤司の意図をフォローするのが何故かうまかった。




「なんかわかるっすわ〜、っちってなんか頼りないし、ちっこいし、変な人について行っちゃだめっスよ。」

「わたし、黄瀬くんと同い年だよ。」





 はむっとした顔をするが、黄瀬はぽんぽんとの頭を叩いて笑った。




「さて、じゃ、っち借りていくっスよ。」

「あぁ、電話はここに頼む。」





 いつの間に書いたのか、赤司が紙切れに自分の携帯番号を書いて黄瀬に渡すと、自分の荷物を持って立ち上がった。どうやら生徒会に行くらしい。




は後で返してもらいに行くよ。」

「いってらっしゃーい。」





 はにこにこ笑って無邪気に手を振る。何もわかっていないだろう。だが黄瀬は赤司の言葉の真意がわかったのか、少し困ったような顔をしながら頷いた。


正当性