の対人恐怖症はほぼなくなりつつあったが、初対面の人は苦手で、新しく一軍に人が補充されると、やはりその人たちにはあまり近づかなかった。とはいえどちらにしても、ほぼこれからの中心となるキセキの世代につくことを求められているため、目立った問題ない。
「ちん、お菓子。おかしー。」
練習が終わった途端、片付けをしているの後ろを紫原がついて回る。
「・・・なにっスか、あれ。」
バスケットボールを持って、まだシュートの練習をしていた黄瀬は、不思議そうに二人を見る。
確かに130センチの少女を180センチの少年が追い回している姿はなかなか変だ。ただ知っている人間からすると、紫原が狙っているものは明確だった。
「あれはですね。さんのもっている予備分のショートブレッドを狙っているんです。」
黒子は黄瀬に言う。
は週に何度か、部員たちに酒粕のショートブレッドを作ってくる。一軍や二軍、三軍にも配るため、大量に焼いてくる。練習や席を外していた部員のために、食いっぱぐれた人のために常にはストックを持っている。そのあまりを狙っているのだ。
「ねー、頂戴、頂戴ってばー。」
紫原はの服をくいくいと引っ張る。
「待って、わたしはお片付けをしないといけないの。」
はそんな紫原にむっとした顔して振り返ってから、がらがらとスコア表を押していく。
「んー、片付け終わったらくれる?」
「うん。残ってるからあげる。」
「やったーじゃあ、がんばるー。」
のんびりした様子ながら、紫原はが持っていたスコア表をがらがらと体育館倉庫に持って行く。
「え、良いの?」
「他のはやくしてよー。」
どうやらを手伝って早くショートブレッドをもらおうという魂胆らしい。せっせとマネージャーとしてがするべき仕事を手伝う紫原を遠くから見ていた黄瀬、黒子、そして青峰は感心したように大きく頷く。
「あの紫原を手なずけてんぞ。」
「手なずけているというよりも、餌付けしているに近いんじゃないですか。」
「・・・否定の言葉が出てこないっス。」
三人はふっと息を吐いて、小柄なと、それについて歩く紫原を見守る。ところがに、意外な人物が声をかけた。
「なぁ、ショートブレッド余ってねぇの?」
灰崎は先ほどの紫原と同じ質問をに投げかける。
「あまってるけど、片付けが先だよ。」
は自分の身体にあまりに不釣り合いなポールを持ったまま答えたため、顔が見えていない。灰崎はあからさまに面倒くさそうに眉を寄せて舌打ちをしたが、ポールを取り上げて体育館倉庫に持って行く。
「えー、なに?ちんのショートブレッド狙ってんのー?」
紫原があからさまにむぅっとした顔をして灰崎を睨む。
「うるせぇ。おまえのもんじゃねぇし。」
「俺が先に言ったんだよ−。だめー。」
「部員のために作ってきてんなら、公平だろうが。」
「喧嘩は駄目ですよ」
言い争いをしている灰崎と紫原の間に、黒子がひょこっと入る。
「部員のためって言うなら、俺も欲しいっスよ。あれ美味しいし。」
黄瀬も片手でバスケットボールを持ったまま手を上げて言った。
「この際バスケ部らしく、公平にシュートの数と行こうぜ。」
青峰がにやっと笑う。それは彼がシュートに関してかなりの才能を持っていると自負しているからだ。とはいえ、それは非常に不公平である。
「えー、紫原君はお手伝いしてくれたから5枚プラスね。あと、灰崎君はポーン運んでくれたから、プラス2枚。残りは63枚、かなぁ。」
はざっと自分の持っているタッパーの中身を確認して、冷静に5人に返事をする。
「でも、五人じゃできねぇな。」
端数では3on3などが出来ない。うーん、と青峰が悩んでいると、キャプテンとともに話していた赤司と緑間が戻ってきた。
「おまえら何やっているのだよ。」
「あ、丁度良いっスね。赤司っちか緑間っち、どっちかっちのショートブレッド争奪戦に加わらないっスか?」
眉を寄せる緑間に、黄瀬が軽い調子で尋ねる。
これで緑間か赤司のどちらかが混ざれば、一挙解決の4on4ということになる。事態を潔く理解した緑間は心底食い意地の張った5人に呆れた目を向けたが、赤司は軽く首を傾げてから、肩をすくめての方を見た。
はどうやら喧嘩はしたくないらしく、不安そうに背の高い少年たちの成り行きを見ている。
「俺もやろうかな。緑間もやらないか。」
赤司は口を開いて、隣の緑間に視線を向けた。
「だが、俺が入れば合計7人になるのだよ。」
「も入れば良い。と黒子は別チームにすれば、戦力はだいたいそんなもんだろう。ついでに黒子はシュートが入らないから別枠で、そうだな。チームの全体のスコアの3割をもらうということにしよう。」
戦力の公平さはゲームにおいては重要だ。
適当にぐっぱーで別れて見ると、黒子、青峰、黄瀬、そして灰崎、もう片方のチームが赤司、、緑間、紫原という振り分けになった。
「わ、わたし、青峰君に教えてもらってるけど、あんまり出来ないよ。」
は不安そうにポイントガードをするはずの赤司に言う。
一年の終わりくらいから、毎日青峰たちの自主練につきあって、彼にバスケを教えてもらっている。は彼曰くかなり筋の良い方らしく、感動するほどにうまくなっていたし、フォームレスでのシュートも入るようになっていたが、それでもあまり大人数でしたことはない。
「どうにかなるのだよ。」
「それにー、あっちよりましだよー。あの二人がうまくいくわけないじゃん。ねー、」
紫原は言って、を慰めるように頭をぐしゃぐしゃと撫でる。言われてが相手チームを見ると、何やらもめていた。
「俺がジャンプボール飛ぶっス!」
「ふざけんじゃねぇ、俺より弱いのにほざけ」
黄瀬と灰崎がお互いににらみ合い、今にも掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り合っている。はぽかんと口を開けて、始まる前から仲間内で火花を散らしている二人に驚きを隠せない。
わかってはいたが、こんな遊びまで喧嘩をするとは思わなかったのだ。不安げにしていると、赤司がぽんとの背中を叩いた。
「まあ、は俺の指示をよく見ていれば良い。のプレイスタイルは何となくわかるしな。」
「うん。わかった。」
赤司を自分の視界にいつも留まらせるように動くのは、の十八番だ。幼い頃からそうやって生きてきたわけで、多分出来ると思う。
怒鳴りあいをしている相手チームを見ながら、少なくともあれよりはましかもしれないと思った。
楽しい遊び