試合を始めて見ると、は少なくとも一般の男子選手と遜色ない程度の動きはして見せた上、背が低いためボールを低い位置で扱うので、非常に背の高い選手にはボールをとりにくい存在だった。黄瀬の成長は確かに早いが、彼女の成長は女子だと言うことを考えればそれよりまだ一段早い。
しかも教えている青峰のプレイスタイルはがマネするにぴったりくるものだったらしく、驚くほどあっさりとタイミングを合わせてくる。しかも小さいためファールをとるのとスティールがうまく、赤司の指示を守り、手足のように動いて見せた。
「おいおいおい、本格的にやばいんじゃねぇの」
青峰はちらりと黒子を見る。
「やばいなんてものじゃないでしょう。」
黒子は相棒からの言葉に同意した。
相手チームは大方、黒子をだいたい赤司が押さえ、青峰にをぶつけ、交わしたとしても赤司がフォローするという形で完全に青峰を止めてきている。残りの二人である灰崎と黄瀬はお互いに反目しあい、全くパスも出さないので、あっさり紫原と緑間にボールをとられていた。
おかげでスコアはすでに38対10という酷い物だ。
「勝負にならないな。」
赤司は小さく呟く。
「あぁ、やるだけ無駄なのだよ。」
緑間は赤司に同意してため息をついた。
先ほどからお互いの足を引っ張り合うことしかしていない。10点もあくまでどちらも黒子、青峰のコンビが入れた物であり、問題の二人はまったくシュートをしていなかった。
「ちんですら、単独で2本入れたのにねー」
紫原も灰崎と黄瀬に呆れたような視線を向ける。
は赤司のアシストで一本、単独で2本入れたため、本日三本のシュートを上げて少し興奮気味だ。青峰との1on1や黄瀬、黒子を含めての2on2はやったことがあったが、4on4のように人数が多いのは初めてなのか、小躍りしそうなくらい嬉しそうだ。
「楽しいね、すっごく楽しい。征ちゃん、バスケ楽しいね。」
は無邪気な笑顔を見せて、肩までの黒髪を揺らす。
「が幸せそうなのだよ。」
「まぁ、のためだったと思うか。」
緑間と赤司はふがいないチームメイトに苛立ちすら覚えたが、が幸せそうに笑っているし、スコアの分だけショートブレッドという景品があると思えば、十分こちらにはメリットがある。
「ただそろそろが限界だな。」
赤司は彼女の動きを見ながら、限界が見えていた。
運動部所属ではない彼女は体力に大きな問題がある。なのに、運動量は赤司たちと変わらないくらいのため、このペースでもつはずがない。しかも本人は楽しくて気づいていないらしく、そういう感情と身体の乖離は一番危険だった。
「おい、こっちが一本入れたら終わるぞ。」
今は赤司側がディフェンスだ。すでに結果は見えているし、赤司たちがボールをとったら、終了である。
「えー、どうすんのさ。ちんのショートぶれっどぉー」
「割合で計算する。」
紫原の不満に赤司は端的に答えて、息を吐く。赤司が告げた途端、紫原が灰崎からボールをとり、結局あっさりとシュートを入れて終了と言うことになった。
一番多い数のショートブレッドを確保した紫原はご満悦でタッパーを抱えてそれを貪る。
「てめぇのせいだ!」
「ショウゴくんのせいっスよ!!」
灰崎と黄瀬は一つのショートブレッドももらえないまま、大げんかを始める。それを見ながら、緑間はもう呆れを通り越して哀れみすら覚えたが、赤司はすぐにへと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「う、うん。長距離走った時みたいだね。」
ベンチに座っているは汗だくで、タオルで汗を拭いていたがまだ収まっていなかった。息も整っていない。ただ喉だけは渇くのか、赤司のドリンクをすごい勢いで飲んでいた。やはり疲労は並大抵ではないらしい。
それでもキセキの世代と言われつつある自分たちのペースについてくるだけ感心だ。
幼い頃からわかっていたことだ。は背は低いが、運動に関してたぐいまれなる才能がある。兄二人が天才と言われるほどのプレイヤーだっただけはあるのだ。
その才能を使う方法を、はまだ知らないだけ。
「おまえ、女バス入れば良いのに、」
青峰はの頭をタオルの上から撫でて、笑う。
「でもわたし、ちっちゃいよ。」
「ちっちゃくても十分レギュラーでやってけるって!俺が保証してやるよ。」
にバスケを教えているのは青峰だ。別に青峰は赤司ほど他人の才能を見抜くのはうまくないが、の中の才能は明確にわかった。多分自分とよく似ていたからだろう。だから、努力すればきっと彼女は驚く程強いプレイヤーになるだろう。
背の高さだけではないのだ。才能が物を言う世界だ。少なくともはそれを持っている。
「んー、でも、女バスに入ったら、征ちゃんいないよ?」
「・・・当たり前だろう。赤司は男なのだよ。」
の言いたいことがよくわからず、緑間は首を傾げる。
「え、えっと、だって、征ちゃんいると安心できるし、いじめられないし、」
「なんだよそれ〜、もったいねぇ奴。」
青峰が肩をすくめてぽんぽんとの頭を叩く。
は赤司と別の中学に入っていたが、いじめられて対人恐怖症となり、一年の3学期に転校してきた。結局のところ、多分、が赤司から離れる決心がつかないのだ。それはある意味で、彼女がいじめの痛手を克服していないことと、自分の能力への自信のなさも示していた。
自分を信じられない人間は、成功しない。それを痛いほど理解している青峰は、心からを残念な教え子だと思った。
才能は一級品だというのに、一番肝心な所がないのだ。
「それに、今が楽しいから、いいや。」
はタオルで汗を拭いて、無邪気に笑う。彼女は何も、これ以上を求めていない。現状で満足している。なら青峰が言うべきことはない。
「まだまだだけど、結構出来るようになったな。2本単独で入れるなんて、そこの馬鹿ども以上じゃん。」
青峰はこれ見よがしにを褒め、ちらりと“馬鹿ども”に目を向ける。
「誰のこと言ってんだよ!喧嘩売ってんのかぁ!?」
「馬鹿ってなんっスか!!」
灰崎と黄瀬がほぼ同時に言葉を重ねて叫ぶ。
「でもさぁ、最悪だよねー。ちんですらもちゃんとシュートしたのに、現役の部員が、ねぇ。」
「あり得ん。部の恥なのだよ。」
紫原は物言いたげに緑間に視線を送り、緑間が容赦のない一言を吐き捨てる。
「黄瀬、灰崎。おまえら、体育館20周してこい。」
最後に、赤司が容赦のないペナルティを科す。
黄瀬と灰崎は日頃ならば文句を言うが、今回は流石に自分たちのせいだと心得ていたらしく、渋々といった様子ながらも二人そろって立ち上がった。
「ふたりとも、仲が悪いんだね。知らなかったよ。」
「・・・には仲良く見えていたのか?」
「征ちゃんは知ってたの?」
黄瀬が一軍に入部してきてから、灰崎と黄瀬は喧嘩が絶えない。ポジションやプレイスタイルが似ていることもあるのだろう。
「・・・まぁそれも、すぐに解決されるだろう。」
赤司が冷ややかに言うと、がぴくりと反応して、漆黒の瞳を瞬いた。
「征くん?」
「は?」
日頃とは違う呼び方に、赤司はの方を振り返る。
の呼び名は“ちゃん”づけが一番親しい間柄をしめす。だから幼い頃から、赤司のことをは“征ちゃん”と呼んでいた。何人かの小学生時代の親しい親友もまた、ちゃん付けで呼ばれていた。だがたまに、は赤司のことを“征くん”と呼ぶことがあった。
それは年に数回、ごくごくたまにだ。赤司は明確に口にしたことはないが、それは正解だった。
「うぅん。なんでもない。それより征ちゃんお腹すいた。」
は何でもないことのように言って、服をくいっと引っ張る。幼い頃から変わらないその仕草に笑いながら、彼女の笑顔を守るためなら、自分は何でも出来る、それはどちらであったとしても変わっていなかった。
大切なもの