帰り道にアイスを買って、珍しく公園で灰崎以外の全員で食べることになった。
「さん、スイカバーが好きですね。」
「うん。つぶつぶ入ってて美味しいよね。」
黒子が言うと、は楽しそうに笑って答える。
結局黒子と、そして青峰はベンチに座り、赤司、緑間、黄瀬、そして紫原はたったままアイスやうまい棒を食べていた。
「黄瀬くん、アイス垂らしたら怒るよー。」
はいつもののんびりした様子で黄瀬を見上げた。ベンチに座るの真後ろにいる黄瀬が、もしもこのままアイスを落としたらの頭に直撃である。
「垂らさないっスよー。」
「のアイスの方が危ないぞ。」
赤司は完全に自分のアイスから目を離しているに注意を促す。
「あ、やば。ひぅ、冷たい。」
「食べられるのか?」
「征ちゃん食べる?」
は満面の笑みで赤司に尋ねる。それに赤司も満面の笑みで返す。
「食べてくださいだろう?手がべたべたになるぞ。」
「たべてください。」
「素直でよろしい。」
の懇願を聞いて、赤司は彼女の食べていたスイカバーを受け取る。
昔から彼女は冷たいものが好きだが、食べるのは遅いし、食べたいとねだってもあまり大きなものは食べられない。結局あまりを食べるのは赤司だった。放って置いて、ぼたぼた落としたり、とけて手をべたべたにした場合、ふいたりする作業の方が面倒だ。
「そういや、連休に強豪と練習試合するって本当っスか?」
ベンチの後ろからの頭を撫でながら、黄瀬が軽い調子で尋ねる。
「そういえば俺もまだどこかは聞いていないのだよ。」
緑間も興味があるのか、赤司の方を見たが、赤司は少し考えるそぶりを見せ、を見る。視線を感じては大きな目をぱちぱちと瞬いた。
「さん、お菓子買いに行きません?」
何かを察したのか、黒子が隣に座るに尋ねる。
「えー、黒ちん、俺も行くー。ちんいこー。」
紫原もそれにまいう棒を咥えたまま頷き、の手を引っ張って促す。は訳がわからないが、元々流されやすい性格であるため、黒子と紫原に促されるままにつれて行かれた。
その小さな背を見送って、赤司は一息をついてから口を開いた。
「京都の、前年度三位だった栖鳳学園だ。」
「へー結構強そうなとこじゃん。去年やってねぇしさ。」
青峰は楽しそうに笑う。だが、赤司は実に浮かない顔だ。
緑間と黄瀬はちらりとの去って行った方向に目をやってから、赤司に目を戻す。赤司もまたと紫原、黒子が消えていった方を見ていた。
「なんだよ。なんかあんのか。」
変な雰囲気に、青峰は眉を寄せて赤司に問うた。
「こういうことは先に話して置いた方が良いんだろうが、」
「なんかっちに関係あるんっスか?」
「は確か、京都の中学に通っていたのだよ。」
緑間は言いにくそうな赤司の代わりに酷く困った顔で目を伏せた。
元々家の末っ子が京都の学校に通っていたということは知っている。察しもそこそこ良いため、緑間は気づいたらしい。
当初、は中学に関しては本家のある京都の名門中学を受験し、赤司から離れて通っていた。幼稚園、小学校とすべて同じで、隣り合って生きてきた二人が初めて離れた瞬間であり、同時にそれがの受難の始まりになった。
「あれ?そういえばっち転校してきたって・・・」
黄瀬も先輩や自身からちらりと聞いたことがあった。が一年の3学期に転校して帝光に来ており、黄瀬が来る数ヶ月前に入部した新米であることと、その時は赤司以外の部員全員に対面すると気絶するような程酷い対人恐怖症だったことを。
ただ今のは明るく笑う、ちょっとずれただけのただの小柄な少女で、黄瀬がそのことを意識したことはなかった。
「・・・黄瀬以外には話してあるが、転校の原因は、いじめだ。」
赤司はベンチに腰を下ろし、組んだ自分の手を見つめる。
あまりに傷ついた彼女を見ているため、赤司は彼女に直接事の次第を聞くことは恐ろしくて出来なかったが、彼女の長兄の話では暴力などもあったらしい。彼女の才能である驚異的な記憶力を知ろうともせず、讒言を信じ、彼女がカンニングしていると思って、いじめを見て見ぬふりをした教師もいたそうだ。
生徒たちもの言葉を何も聞こうとせず、も今まで自分の能力を説明したこともなかったため、誇示の方法もなにもわからず、ただ冷たくされていることのみを感じていた。
そして、いじめの音頭をとったのは、赤司たちと小学校とミニバスが同じだった少年。
口に出すことも出来なかったが、いじめの根本的な原因はではなく赤司であったことを、赤司自身は痛いほどに理解している。
「は、栖鳳学園だったのかよ。」
「あぁ。」
青峰の確認に、赤司は深く頷く。
確かに栖鳳学園は昔からバスケの強豪ではあるが、まさかこうして相対することになるとは思いもしなかった。
「虹村さんとも話し合ったんだが、良い案は出せなかった。」
赤司は栖鳳学園が対戦相手だとわかった時、虹村にのいじめの件も話した。だが今更栖鳳学園との練習試合を取り消すことは不可能だし、今回は二年生だけで戦うことになっているため、に映像を見て統計を取ってもらう良い機会だ。
最悪を部活に出席させないという手もあるが、そうなるとこれからあたるであろう栖鳳学園のデータをとる機会がなくなるし、バスケ部として過ごしていく限りこれからも全中で顔を合わせることになるだろう。
荒療治で気絶してでも対面させるか、あらかじめ欠席させるか。どちらが良いのか虹村にも赤司にもわからず、の精神面もあるため、無理も言えず、答えが出なかった。
「には話したのかよ。」
「まだ話していない。なかなか言い出せなくてな。」
に言うかどうかと言う判断も、赤司はまだ下せていない。知らせておいた方が良いのかもしれないが、全力で逃げ出すかもしれない。
「・・・難しい問題っスね。」
の傷がどの程度癒えていて、どれだけ踏み出せるのかによる。それを見極めるのは非常に難しいし、無理をさせればまた対人恐怖症が戻ってくるだろう。いつまでも真綿に包むのが良くないときもある。どちらにしても荒療治、難しい決断になるはずだ。
「いじめた奴は、バスケ部にもいるのかよ。」
「必ずいる。同じ小学校だった男だった。多分、恨みがあったのはにじゃなくて、俺にだ。」
青峰の確認に、赤司は目を伏せた。
のいじめの音頭をとったのが誰か、赤司はよく知っていた。ミニバスで一緒だった男で、赤司のことを心底嫌っていた。憎んでいたと言ってもよいかもしれない。赤司は多少の抵抗など気にしなかったし、小学校の頃はに被害が及ばないように気を遣って、近くから離さないようにしていた。
まさか、彼がと同じ名門の栖鳳学園を受験するとは思いもしなかった。
の長兄や両親がもし日本にいればもっと早く対応していたかもしれないが、運悪く両者ともに海外赴任で彼女の傍にいなかったことも、事態を助長した。
「か弱い女の子に逆恨み、っスか?しかも弱い物いじめ。今時はやらないっスよ。」
黄瀬はひらひらと手を振る。
「ひとまず、俺はまだベンチってことも多いんで、っちから目を離さないように頑張るっス。」
灰崎がいるため、黄瀬はまだベンチであることが多い。時間も他のレギュラーよりはとれるはずだ。幸い、は一軍付きのマネージャーである上、能力の性質上スタメンと必ずともに動くことを求められている。
気をつければある程度のフォローは可能のはずだ。
「俺もを一人にしねぇように気ぃつけるわ、あ、さつきにも言っとく。」
「すまないな。一応鴻池先輩には話してあるんだが。」
マネージャーのまとめ役である鴻池にはの事情をある程度話してある。それに青峰やさつきも加われば、何とか出来るかもしれない。
「なーんでそんなしけた面してるんっスか。あっちに嫌われてても、俺らはっちを大好きだし、それをわかってもらえれば別にっちも気にならなくなるっスよ!!」
黄瀬がにっと明るく、屈託なく笑って見せる。
「・・・おまえは単純でびっくりするのだよ。」
緑間は呆れて、眼鏡をあげてふんとそっぽを向く。赤司もそんな単純な問題でないことは理解していたが、少しだけ勇気づけられた気がして、思わず小さく笑った。
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