黄瀬の言葉に押される形で、コンビニから戻ってきたに栖鳳学園との練習試合のことを言うと、やはりの顔色は一瞬にして真っ青になった。黒子はそんな彼女の隣に座って表情を窺ってから、赤司を見た。彼もまた苦しそうな顔をしていて、栖鳳学園との練習試合がチームにとって必要だとわかっていながらも不本意だと表情が物語っていた。



「えーそれってむかつくー。会ったらひねり潰さないとね。ちんのご飯、おいしいのに。」



 紫原がいつも通り間延びした、ふわっとした声のまま、少し怖い顔で言う。

 それが沈黙と暗い空気を不自然なほどあっさりと打ち壊した。ただ言っていることが、非常の自己中心的なフォローだ。



「おいおい、紫原。なんかが良いのか飯が良いのかわかんねぇことなってんぞ。」

ちんがいなかったらちんのご飯もお菓子もないの。だから一緒―、ってか、そもそもさっちんだけがマネージャーとか俺ら死亡フラグじゃん。」




 青峰が少し眉を寄せて言うが、紫原の意見ははっきりしていた。

 確かに現在の一軍で、二年担当のマネージャーはとさつきだ。さつきの料理はあまりに酷く、全員ノックアウトされるレベル。フォローするのスキルは重要だ。といっても、の本来の仕事はその記憶力を使っての統計なのだが、紫原にとってそちらはどうでも良いのだろう。



「・・・は食糧確保要員じゃないんだが。」



 赤司は少し困ったように紫原に言う。



「そんなのー、赤ちんはいつもちんのご飯食べてるからそんなこと言えるんだよー。」



 いつも大抵購買組のため、紫原はあまり弁当を食べたことがなく、対して赤司は忙しく時間もないため、大抵に弁当を作ってもらっていた。要するに無い物ねだりだ。



「だから、ちんは心配しなくて良いから、いっぱいご飯とかお菓子つくってー」



 紫原は「ね?」と自分も子供じみた口調だというのに、子供に言い聞かせるように言って、よしよしとの頭を撫でる。はまだ青白い顔をしていたが、紫原の方をじっと見て、ぱちぱちとその大きな漆黒の瞳を瞬くと、うんと一つ頷いた。



「うん。・・・じゃあ今度の練習試合は疲労回復にグレープフルーツのゼリーにしようかな。」

「本当・・・!?やったー!」



 紫原が小躍りしそうな勢いで喜ぶ。

 は日頃の練習ではあまりお菓子は作らず、せいぜい酒粕のショートブレッドのみだが、菓子を作らせてもうまく、練習試合の時は一軍全員分しっかり作ってきていたし、二軍同伴の際も同様だ。



「・・・紫原っち、ナイスっすわ。」



 黄瀬はぼそりと呟き、赤司も小さく頷く。

 は性格的に流されやすい。でも存外律儀だ。紫原に作っていくといった限りは必ず練習試合にも出席するだろう。そこで気絶するかどうかはともかく、少なくとも行こうと努力はする。



「ただ、あまり一人にはならないようにしろよ。は俺がいないとすぐ離れるから。」




 赤司もの少し曲がった背中をぽんと叩く。

 昔からはすぐに違う物に気をとられ、集団から離れて迷子になる。それもは気をとられている物に夢中で、ある一定の時間が過ぎるまで、迷子になっていることにすら気づかないのでやっかいだ。それにもし栖鳳学園の生徒に目をつけられ、連れ込まれても大変だ。



「うー、わかってるよ。」

「そうですね。僕もスタメンではないので、一緒にいるようにします。さんも迷子は駄目ですよ。」



 黒子は大きく頷いて、にもちゃんと釘を刺す。



「俺たちも気をつけるから、そんなに心配する必要はない。」 



 緑間は眼鏡をあげて、慰めを口にする。それは彼としては珍しい物で、皆顔を見合わせて笑ってしまった



「じゃあ、まぁ、ゼリーのために、頑張りましょうか。」



 最近暑くなってきたし、バスケットボールは動きの速い競技だ。確かに疲れ切ったところに冷たいグレープフルーツゼリーはさっぱりしているし、さぞかし美味しいことだろう。



「あまり遅くならないうちに帰るのだよ。」



 話も終わったので、緑間の号令で、全員が帰路につこうと立ち上がる。


「そういえばさんと赤司君は、いつも一緒に帰っていますよね。どの辺に住んでいるんですか?」



 ふと家の方向が同じであることに気づいたのか、黒子が尋ねる。黄瀬や紫原、そして青峰も歩を止めて振り返った。


「・・・えっと、」



 は赤司に確認するように彼を見上げる。確かに部員や他の人に話したことはなかったが、別に隠すようなことでもない。特に彼らには言っておいた方が良いだろう。



は今、俺の家に居候しているんだ。」



 赤司はさらりと何の感情も含まぬ声音で簡単に言った。



「え?同棲っスか!?」

「赤司んちって言ってんだろ。」



 ませた黄瀬が驚きとともに尋ねるので、青峰が彼の頭を思い切り叩いた。だが、黄瀬の言うことが一番近い。

 は赤司の家に住んでいるが、二人が住んでいるのは赤司の家の離れで、しかも基本的に赤司の父親は昔からあまり帰ってこない。生活を邪魔されたくないという赤司の意見から、家政婦は三日に一度掃除や洗濯に来る程度だ。

 要するにほぼ二人暮らし状態。朝ご飯や弁当に関してはだいたいが作っており、夕食は週4が、週3が赤司の当番にしている。



「小学生の頃は俺がの家に居候状態だったんだがな。」



 赤司は歩きながら苦笑する。

 幼い頃、の家は両親こそいないが兄がいたため、と赤司の二人はいつもの家で一緒に時間を過ごしていた。とはいえ、の兄たちも年が離れており、部活やなにやと夜遅くまで帰ってこない。そのためいつもふたりでご飯を食べ、眠っていたので、今とあまり変わらない。



っちの小さい頃って絶対面白かったっスよね。」

「面白いとは失礼なのだよ。」

「でもっていらないことしそうじゃね?」



 黄瀬の言葉に緑間が注意をするが、それを打ち破って青峰は日頃の印象を語る。だが青峰自身も大概いらないことをしそうなのに、完全に自分のことは棚に上げていた。



「そうだな。いろいろあったな。」




 赤司は思いだして口元に手を当てて笑う。



「征ちゃん、あんまり言わないでよ。」



 は赤司の服の袖を引っ張って言った。

 黒歴史などと言うが、正直赤司には華麗なる歴史しかないが、は完全無欠の黒歴史が大量にある。間抜けな話から鈍くさい話、前項で問題になったことまでよりどりみどりだ。小学生、幼稚園だけでも両手では足りないレベルだ。



「言われたくないようなことしてたんっスか?」




 黄瀬がにやにや笑って、鋭く突っ込んでくる。



「う、」



 は赤司に隠れるようにして、黄瀬の視線から逃れた。



「赤ちん、気になるよー。それは気になって帰れない。一つぐらい話してよ。」



 紫原もどうしても気になったのか、赤司に頼む。



「たくさんあるぞ?」



 赤司は笑いをこらえて、の頭をなでつける。そうやって泣きじゃくるを慰めたことは一度や二度ではない。そして彼女が起こした問題を処理したことも、初めてではない。



「林間学校で遭難したりとか。」

「遭難っスか?」

「遭難?なんだよそれ?」

「青峰君、日本語は勉強した方が良いと思います。要するに山の中でいなくなったってことですよ。」

「迷子じゃねぇか。だっせー」




 青峰はを指さしてゲラゲラと笑う。



「ま、迷子じゃないよ!寝てただけだもん!」




 としては、迷子になったという気分はなかった。ただ蝶や動物を追いかけていて疲れ、眠っていたら、いつの間にか捜索されていただけだ。本人としては迷子になった気分はない。



「それを迷子と言うんだけどな。」 



 自覚がなくても、一人でどこかに行けばそれは遭難だ。ただそれが、赤司との始まりでもあった。


昔からつないだもの