お昼ご飯にみんなそろうと、いつの間にか大人数になっていた。
ベンチに黒子、、赤司が並び、黄瀬と緑間、青峰は近くの花壇の所に座っている。芝生の上では灰崎と紫原がそれぞれ購買のパンや弁当を食べていた。桃井は先ほど他のマネージャーに呼ばれて行ってしまい、も行こうとしたが、食事が終わっていないことから残された。
灰崎はの弁当を見て、目をぱちくりさせる。
「すっげぇ、おまえの弁当うまそう。」
「そうかな?」
は首を傾げるが、まさにその通りだった。
まさに純和風といった感じの弁当で、きんぴらゴボウにほうれん草のおひたし、ご飯はそぼろと錦糸卵、大根の葉で三色だ。
「母ちゃんが作ってんの?」
「うぅん、自分で作ってるの。余ったぶん持ってきたけど、食べる?」
はにっこりと笑って灰崎に問うた。
自分の弁当と赤司の弁当を作ったあまり分は夕飯に回しても良いのだが、夕飯は夕飯でちゃんと作ることが多いので、今日は誰かが食べてくれるだろうとあまり分を持ってきた。それは良い判断だったようだ。
「食う!」
「えー、崎ちんずるいー」
灰崎が即答し、それを紫原と奪い合う。浅ましい争いをぼんやりと眺めながら、は昼からもまた栖鳳学園の部員たちと会うと思うと気が重かった。
キャプテンの虹村が気にしてくれて、は二階から見ていたので会話が聞こえていたわけではない。だが、栖鳳学園のかつてのクラスメイトたちが自分に向けてくる視線はやはり震えるほどに怖かったし、また叩かれたらどうしようとか、そう思うと足がすくむ。
―――――――――――――――おまえのせいだ、見てた癖に、覚えてないわけねぇだろ、なあ・・・
は低い声を思い出す。彼もいた。変わらず冷たい目をこちらに向けていた。思い出すだけで勝手に手が震えて、お箸が弁当箱の箸に当たってかちりと鳴った。
「ねーねー、お弁当食べないの?」
紫原がに尋ねる。
「え?」
は一瞬何を言われているかがわからず顔を上げてぽかんとしたままで紫原の顔を見た。
「わー、ちんおへちゃー。まあいいや。食べないの?」
の箸はほとんど進んでいない。ふと見れば、紫原はどうやらあまり分の争奪戦に負けたのか、灰崎がの持ってきたあまりの方のお弁当を食べていた。
「うん。あんまり食欲なくて、」
「食べないならちょーだい。」
「紫原、」
赤司が困ったような顔で紫原を諫める。
「赤ちんは良いよー。ちんのご飯いつも食べれるんだから。」
紫原はむぅっとすねたように唇をとがらせてぶつくさ文句を言った。実際に今日も赤司はの作った、の弁当よりも一回り大きな弁当を食べていた。
「・・・良いよ。あんまり食べたくないかも。」
は自分のお弁当を紫原に渡す。
「良いのーーー!?やったぁ!」
「えー、良いのかよ。」
喜ぶ紫原と裏腹にあきれ顔で青峰が流石にに問うが、は首を横に振った。
「うん。どうせ食べないんだったらもったいないし。」
「ありがとー、ちん、代わりにこれ上げる。」
紫原はの手に、ぽんっとヨーグルトをのせる。
「また何故そんなおまえらしくない物を持っているのだよ。」
緑間は眉を寄せた。
紫原は常にお菓子を持ち歩いているし、ヨーグルトなどと言う健康的なものを食べるようなタイプには見えない。
「兄ちゃんにもらったのー、俺いらないけど、ちんにあげる。」
「・・・それちょっと失礼ですよ。」
黒子の突っ込みに、紫原は「そーお?」と首を傾げるだけだった。とはいえ、食欲がないならばヨーグルトぐらいがベターなのかも知れない。
は大きめのヨーグルトをすくって食べる。少し酸味のある滑らかな舌触りは悪くなかった。
「あれ?と赤司じゃん。」
ふと中庭を突っ切っている廊下の方から声が聞こえて、全員が顔を上げる。は呆然としてその男を見つめた。
そこにいたのは薄茶色の髪をした少年だった。そつなく整った精悍な顔立ちに、180を超えた長身。細身で鍛えられた身体に栖鳳学園のユニフォームが酷く似合っている。軽い足取りで近づいてくるその男を見た途端、自分の手が震えていることには気づいた。
「挨拶もなしかよ。おっかねー、」
赤司が無言であることに彼は小さな笑みを漏らして、足音が近づく。
「何の用だ?」
誰もが底冷えするほど威圧感のある、冷たい声だった。赤司は立ち上がり、一歩前に出る。そのせいで彼は歩を止めた。
「いや?童ちゃん元気かなって、」
ころりと彼はわかっているだろうに笑って見せる。
「・・・さん?」
黒子は隣に座っているの肩に手をかける。だが小刻みに躰すらも震えだしていて、これは良くない状況だとすぐにわかった。赤司がベンチから立っため、空いた場所に花壇にいた青峰が座り、の背中をその大きな手でぽんぽんと強く叩く。
それでは顔を上げ、やっと赤司の背中を見た。
「征、・・・」
だがそれは言葉にならない。
「本当に化け物みたいに気持ち悪いのに、そいつ庇うなんてよくやるわ。」
冷たい言葉。ほんの数ヶ月前まで馴染んでいたそれは、の意識を攫うには十分で、の身体が前のめりになったのを黒子が慌てて受け止める。
「さん!」
「!」
青峰もベンチから落ちそうになるの身体を支えた。赤司は驚いて後ろ振り向いたが、すぐに男をにらみ返した。
「山川、おまえ、に何をしたんだ。」
「こいつとろいから無視しても気づかなくてさ−。あ、殴ったりもしたかなぁ。他の奴らもみんな化け物だって言ってたぜ。そりゃ全部記憶できるなんてきもいじゃん。」
実に軽い、本当に羽のように軽い言い方だった。だがそこには恐ろしい程に深い悪意と、憎しみが込められていて、赤司はその理由に歯がみする。
「おまえがそう言ったんだろう。」
はいつも赤司について回っていたため、元々自分での人付き合いが得意な方ではない。素直な性格も相まって誤解を生むことはよくあった。ただ性格が悪いわけではないので、特別いじめの対象になるほどではなかったはずだ。
彼がの能力を悪い方に流布し、周りからがいじめられるようにしむけなければ。
「ねー、君うざいんだけど。どっかいってくんない?」
紫原が珍しく目尻を上げて、腰を上げた。
「ふーん、人殺しのおまえも、その化けもんも、随分とうまくやってんじゃん。」
山川は敵意むき出しの青峰や黒子を見て、肩をすくめる。
「まさかこうやって練習試合やることになるとは思わなかったけど、おまえと違って、座敷童ちゃん、よわっちいもんなぁ。つぶれちゃえば良いのに」
そう言って、彼は手をひらひらさせて踵返した。赤司は彼がいなくなるのを確認してから、を振り返る。
「、」
名前を呼んだところで、答えは返らない。それでも、彼女がいじめられた理由を思えば、赤司はこの状況に罪悪感を覚えずにはいられなかった。
誰のせいでもない、彼女がいじめられたのは本質的には彼女の能力でも何でもない、赤司のせいだった。
責任論