目を覚ましたは顔色が悪いながらも赤司や黒子、そして黄瀬とともに3試合目には戻ってきた。



「大丈夫なの?」



 マネージャーの鴻池や三年たちは気絶したことも報告で聞いていたため、驚いての元に駆け寄ったが、は小さく頷いてちゃんとベンチに座った。ただ誰が見ても顔色は良くなく、手も震えていて、すぐに緊張しているし、我慢していることは見て取れた。



?顔真っ青だよ。無理は駄目だよ。休んでた方が・・・」



 桃井はに駆け寄って、の目元に触れる。泣いたことがわかるくらい真っ赤だったが、は自分の弱さを振り払うように、ぎゅっと赤司の手を握った。



「大丈夫だよ。わたしはまだ出来る。」



 栖鳳の部員たちを間近で見れば、その分だけ彼らの動きを記憶できるし、同時にそれは予測という統計を帝光側にもたらすことが出来る。の仕事は見ることだ。だから、怖くても、悲しくても、その場に居続けることに意味がある。



「・・・無理はするんじゃないぞ。」



 コーチの真田が見かねたのか、珍しく優しい声をにかける。



「はい。」



 はぎゅっと震える手を赤司の手を握ることで押さえて、思い詰めた表情ながらも試合を見つめた。

 恐いと言うのは本当だ。それでもは相手を見て、映像を収集しない限り、統計できない。怖くても見ておかなければ相手の弱点や癖は見つけられないのだ。1試合目は3年のみ、2試合目は2年のみだったが、3試合目はその両方が出場している。

 赤司と黒子は戻ってくるとすぐに出る準備をさせられた。理由はスコアとファールだ。



「芳しくないスコアですね。」



 黒子はスコアを見ながら小さく息を吐く。

 虹村がポイントガードをしているが、2,3年生合同の3試合目、疲れと集中力の欠如もあってか、スコアは40対41と均衡しており、まさに僅差の戦いになっていた。荒っぽいプレイもやってくるチームではあるが、いつも通り灰崎と珍しく紫原も苛々しており4ファール、青峰もすでに3ファールという状態だ。

 相手もかなり荒っぽいチームだが、恐らくへの心配と苛立ちで精神状態の悪かったキセキの世代は完全に乗せられていた。



「・・・」



 はスコアとファールの数を確認して、顔色を真っ白にして、拳を握りしめる。



「大丈夫です。すぐ取り返してますよ。ね、赤司君。」



 黒子は柔らかくに言って、リストバンドをしながら赤司を見た。




「あぁ、」



 赤司は大きく頷いて、ベンチに座っているを見下ろすと、心配そうな顔をしているの額を軽く小突いた。



「えっ、い、いた・・・」




 は突然の赤司からの攻撃に防御も出来ず、眉を寄せて自分の額を押さえる。



「よく見ておけ。明日はこんなもんではすませない。」



 栖鳳の部員たちの動きの統計は今、まだほとんどないが、今日がきちんと見ておけば、明日にはある程度予測できるようになっているだろう。そうすれば間違いなく明日にはすべて部員や選手に伝達され、今日とは比べものにならないくらいの大差で勝てるはずだ。




「・・・征ちゃん、頑張って、」

「当たり前だ。」



 が言うと、赤司は実に素っ気ない口調で返したが、目はまっすぐと栖鳳の部員たちを睨んでいた。笛が鳴るとともに赤司と虹村が、黒子と4ファールの灰崎が交替する。青峰たちも試合中にも関わらず、戻ってきたを見て少しほっとしたようで、青峰はに小さく手を振ったので、も手を振り返した。

 相手チームにはをいじめていた山川がいて、じとりとに冷たい目を向けていたが、それでもどうにか乱れていく心を落ち着けようとベンチに座った。



「おいおい、もう出てきて良いのか?」



 赤司と交代で戻ってきたキャプテンの虹村が問う。



「あ、はい。あの、1,2試合目は。」

「まー、悪くないくらいかな。スコアは1試合目が95対63、二試合目は89対81。2年生に背の高いポイントガードがいてな。あっちも粒ぞろいだし。それもあったけど試合内容も正直良くねぇな。」




 虹村は冷静に端的な感想を述べたが、回りの3年たちが苦笑した。それが半分嘘であることを知っていたからだ。

 1試合目の3年生同士の試合は十分満足いく結果だったが、2年生同士の試合は最悪だったと言ってもよい。相手チームが強かったのももちろんあるが、それだけではなく赤司の動きが非常に悪かったのだ。彼はポイントガードであり、彼の不調はチーム全体に影響する。

 しかも苛立ちのせいか、他の二年も浮き足立っていた。



「そ、そうですか。」




 は目尻を下げて、悲しそうな顔をしていたが、視線は試合から外さなかった。は少なくとも努力はしている、我慢もしていると虹村の目から見てもよくわかる。それに応えなければならないのは、きっとこれからを担うキセキの世代だ。

 赤司からのことを初めて聞いた時、すぐにその記憶力はバスケに役立つと思った。

 実際にが部員たちの動きを覚えて統計化してくれるおかげで部員たちは自分の弱点を見つけるのが簡単になったし、逆に敵のチームの動きを統計化することでだいたいの短期予測も出来るようになった。おかげで2,3軍ですらも格上の所に勝利するようになっている。


 しかもマネージャーとしても非常に熱心で、居残り練習につきあったり、食べ物を作ってきたりと自主的なところもしっかりしているし、雑用を嫌がることも、小柄な体躯を言い訳にすることもない。


 対人恐怖症を差し引きしても非常に役立つ人材であることは間違いなかった。

 だからこそ、栖鳳学園の部員たちがのいじめのことを口に出すたびに、帝光中学のバスケ部員たちは不快でたまらなかった。もちろん親しくつきあっている2年生の怒りは大きいようだったが、3年ですらも苛立ちを覚えた。

 いじめは、他人より小さいとか、他人より声が低いとか、人より少し異質なところを見つけて重点的にそこを突っつくと言うのが定番だ。ただは他人より違うところを多く持っている。しかも赤司がいなければそれは非常に目立つだろう。

 才能という物は時に刃になって本人にふりかかる。



「なぁにしけた面してんだよ。」




 虹村はばしっとの背中を叩く。



「ちょっ、虹村、」



 他の3年が少し慌てたような、呆れた顔で虹村を見た。だが虹村はそれには答えず、背中が痛かったのかさすっているの方を見る。




「あのな、俺は部員を部活中、甘やかさねぇの。」

「・・・え?」

「なんか文句あんのか?」

「・・・ないです。」



 は凄まれるとすぐ素直に頷いた。



「だから、1,2試合目気絶しようがマネージャーが出てこねぇのは問題だ。次やったら赤司と一緒に20周体育館走ってもらうぞ。」

「え、死んじゃう・・・」

「そのぐらいで人間死なねぇよ。」




 虹村はを睨んでから、自分の首にあったタオルをそのあたりに放り出して試合に目を戻した。

 2試合目非常に動きの悪かった赤司だが、それが嘘のようにしっかりと仕事をしている。他の2年もそれは同じで、やはりが大丈夫だとわかったことで、プレイに集中できるようになったらしい。

 3試合目のスタメンから赤司を外したのは2試合目の不調が原因だ。恐らく倒れたが気になって仕方がなかったのだろう。彼は冷静なタイプで、きちんとした判断をしてを黒子と黄瀬をつけておいてきていたため大丈夫だろうと思っていたが、甘かった。

 赤司も自覚は多少あったため、気をつけていただろうが、彼の精神には大きく関わっているのだ。自覚があってもどうしようもないなら、彼はこれからを側に置くために、いくつものことを考えなくてはならないし、彼女を守る強さも必要だ。



「すいませんでした。」



 は素直に目尻を下げて謝る。



「次やんねぇなら良い。」



 虹村は素っ気なく言って、タイムアウトを取り、今度は4ファールの紫原と交替で黄瀬を投入する。戻ってきた紫原にがドリンクを渡すと、彼は目をぱちくりさせていたが、じっとを見たまま物言いたげに固まった。




「ど、どうしたの?」

「・・・ちんがいる。」

「え?」





 一言紫原はそう言うと、ベンチに腰を下ろした。



「だってー、もう戻ってこないかと思ったんだもん・・・そしたらむかむかしてさー、気づいたら4ファールだし。もーやだー。」

「やだじゃねぇ!しっかりしやがれ!!」




 虹村がむかつきついでに紫原の頭を思い切りしばく。

 ポイントガードとして相手をしていた虹村からすれば、が倒れたことが気になっていたり、苛々した選手らをまとめるのはさぞかし大変だったことだろう。

 はぼんやりと試合を見ながら、自分は何が出来るだろうと小さな頭で考えた。

できること